表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/64

⑰灯台に導かれし二人の運命~愛と陰謀の交錯

 彩花は、古びた便箋をテーブルの上にそっと広げた。


 その仕草は、まるで神聖な儀式を執り行う巫女のように、どこか厳かで、それでいて儚げだった。


 朝の光が彼女の横顔を照らし、その表情には、亡き父への深い愛情と、真実への渇望が滲んでいた。


 便箋は、長い年月を耐え忍んできた証のように、縁が茶色く変色し、紙質も脆くなっていた。


 見慣れた父の文字が並ぶも、それはまるで別人の筆跡のように歪で、解読不能な暗号のようだった。



 蓮は、その便箋を彩花から受け取ると、まるで壊れやすい宝物に触れるかのように、慎重に指先でそれを広げた。


 彼の眉間には深い皺が刻まれ、瞳には緊張の色が浮かんでいた。


 それは、尊敬する恩師からの最後のメッセージに触れることへの畏敬の念と、失われた記憶のかけらに触れることへの期待が入り混じった、複雑な感情の表れだった。



 数分後、沈黙を破ったのは蓮だった。


「これは…もしかして、映画の台詞の一部では?」


 彼の声は、かすかながらも、確信に満ちていた。


 それは、深い霧の中に閉ざされていた記憶の底から、一筋の光が差し込んだ瞬間だった。



「映画の台詞…?」


 彩花は、蓮の言葉に驚きを隠せない様子で聞き返した。


「はい。父と蓮さんが出演していた『夏の終わりに…』という映画の…」


 蓮の声は、遠い記憶を呼び起こすかのように、かすれてはいたが、その瞳には、確かな光が宿っていた。



 彩花は、風見から父が桐谷蓮と『夏の終わりに…』で共演していたと聞いていた。


 蓮がその映画の撮影後に失踪したことも。


 しかし、彩花自身、何度も繰り返し見ていた映画なのに、父の記憶はなかった。


 父の仕事は研究員だとばかり思っていた彩花は、混乱した表情を浮かべ、首を傾げた。



「でも、父は俳優ではなかったはず…」


 彼女の心の奥底には、父への想いと、解けない謎への焦りが渦巻いていた。



 彩花は、いてもたってもいられず、実家へと急いだ。


 父の書斎へと飛び込むと、彼女はまるで宝探しをする子供のように、父の遺品が入った古い木箱を一つ一つ丁寧に開けていった。


 アルバム、手紙、研究資料…そして、その中で、彼女は一冊の古い台本を見つけた。


 埃をかぶったその表紙には、『夏の終わりに…』というタイトルが、まるで過去の記憶を呼び起こすかのように、静かに刻まれていた。



 彩花は、息を呑んだ。ページをめくると、出演者の欄に父の名前はなかった。


 しかし、プロデューサーの欄に、確かに父の名前があった。



 彩花は、驚きと混乱の中で、蓮にその事実を伝えた。


 二人は、急いでホテルのライブラリーへと向かった。


 静まり返った空間には、パソコンのキーボードを叩く音だけが響く。



 彩花は、蓮の横顔を見つめた。


 彼の表情は、真剣そのものだった。蓮は、慣れた手つきで検索エンジンに「夏の終わりに…」と打ち込んだ。


 パソコンの画面には、古い映画のポスターや関連情報が次々と表示されていく。



「これだ!」


 蓮は、ポスターをクリックし、映画のあらすじと出演者情報を確認した。



 彩花は、画面を覗き込みながら、心の中で呟いた。


「お父様は、一体なぜ、この映画に携わっていたのかしら…」


 彼女の胸には、父への想いと、解き明かされるべき真実への期待が、静かに、しかし確かに燃え上がっていた。



 蓮は、映画の中の台詞に注目しながら、検索を続けた。


 そして、ついに彼は、「これかもしれない…」と呟き、映画の台詞の一部を彩花に示した。



 その瞬間、彩花の目が輝いた。


「これだわ! お父様が遺した手紙の暗号と一致している!」



 二人は、まるでパズルのピースを組み合わせるように、手紙と映画の台詞を照らし合わせ、解読を進めた。


「お父様…?」


 彩花の呟きは、驚きと戸惑いに満ちていた。



 蓮は静かに頷き、説明を始めた。


「特殊メイクで、歳を重ねた設定だったんだ。


 君のお父様は、この映画で重要な役を担っていた。


 そして、このシーンの台詞は、君へのメッセージでもある」



 蓮は、再び映像を再生した。


 老教授の口から紡がれる言葉は、まるで時を超えて彩花へと語りかけているようだった。


「もし、君が全てを忘れてしまっても、必ず君を迎えに行く。


 江の島の洞窟で、あの日のように。君の友より」



 彩花の目には、熱いものが込み上げてきた。


 それは、父への深い愛情と、そして、父が自分に託した想いの重さを改めて実感したからだった。


 それは、手紙に書かれていた暗号文と全く同じ言葉だった。



「この言葉が、鍵になるはずです」


 蓮は、確信に満ちた声で言った。蓮は眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げ、詩集の頁を彩花へと差し出した。その瞳は、獲物を追う鷹のように鋭く光っていた。



「これは単なる詩ではない。暗号だ」


 蓮の声は静かだったが、その言葉には確信が満ちていた。



 彩花は、蓮の指差す頁に視線を落とした。


 そこに記された言葉は、確かに詩的な美しさを湛えていたが、同時に不可解な謎めいた響きも持っていた。



「深紅の海に沈む太陽よ、我が魂を照らしたまえ」


 彩花は、その言葉を繰り返し呟いた。



 すると、蓮が口を開いた。


「これは場所を示している。深紅の海に沈む太陽が見える場所…つまり、西向きの海岸だ。


 そして、『我が魂を照らす』とは…灯台のことではないか?」



 蓮の推理は、まるでパズルのピースがはまるように、鮮やかに繋がっていく。



 彩花は、蓮の言葉に息を呑んだ。


「灯台…? この町のどこかに、西向きの海岸に建つ灯台があるということ?」



「ああ。そして、その灯台には、きっと何か手がかりが残されているはずだ」


 蓮は、窓の外に広がる夕暮れの港町を見つめながら、そう言った。



 二人の目は、同じ場所を見つめていた。


 それは、真実へと続く道しるべを、共に探し求める者の、固い決意に満ちた視線だった。



「灯台…西向きの海岸…それが次の手がかりだとすれば、町の歴史を調べれば、何かわかるかもしれませんね」


 彩花は、そう言いながら、蓮と並んで歩き続けた。



 蓮は、頷きながらも、考え込むように眉間に皺を寄せていた。


「そうだな。だが、時間が限られている。できるだけ早く調べ上げなければならない」


「ええ、きっと父が残した手がかりは、灯台の場所を指し示しているはずです」


 彩花の声には、決意が込められていた。



 彩花は、自宅の書斎で見つけた父の日記を手に取り、ページをめくり始めた。


 日記には、父がかつて訪れた場所や、研究の記録が詳細に記されていた。


 しかし、その中には、灯台に関する記述は一切なかった。



 蓮は、日記の内容に目を通しながらも、何かが引っかかるように首を傾げていた。


「この町には、灯台がいくつかあるが…」


 蓮の言葉が途切れた。



 彩花は、蓮の様子に気づき、問いかけた。


「何か気になることが?」



 蓮は、日記の最後のページを指差しながら答えた。


「ここだ。この町には、かつて存在したが、今はもう使われていない灯台があると記されている。


 しかし、その場所は詳しく書かれていない」



 彩花は、そのページを覗き込み、父の筆跡を辿るように指でなぞった。


「『失われた灯台』…」


 彼女は呟いた。



「失われた灯台…それが、手がかりだとすれば?」


 蓮は、考え込むように目を細めた。



「どうやってその場所を見つけ出せば…?」


 彩花は、不安げに問いかけた。



 蓮は、自信に満ちた笑みを浮かべた。


「この町の古地図を調べれば、かつての灯台の場所がわかるかもしれない。


 それに、町の歴史に詳しい人物に聞けば、手がかりが得られるだろう。


 蓮は、彩花の瞳を優しく見つめ、そう言った。



 彩花は、力強く頷いた。


 彼女の瞳には、蓮への深い愛情と、共に困難を乗り越える覚悟が宿っていた。



 しかし、その裏では、クロノス・コーポレーションの幹部たちが、二人の動きを監視し、新たな策略を練っていた。


 黒崎剛一郎は、不敵な笑みを浮かべながら、部下に指示を出した。


「奴らの動きを封じろ。邪魔者は、排除する」


 クロノスの闇は、深く、そして広かった。

最後まで読んでいただきましてありがとうございます!


ぜひ『ブックマーク』を登録して、お読みいただけたら幸いです。


感想、レビューの高評価、いいね! など、あなたのフィードバックが私の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ