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⑪過去から来た探偵と消えた記憶の謎

 数週間後、風見から彩花に連絡があった。


「奥野様、調査の結果が出ました。


 涼太様、つまり立花翔様について、新たな事実が判明いたしました」


 彼の声は、いつもより緊張感が漂っていた。


 彩花を事務所の奥にある薄暗い個室へと案内し、風見は調査結果を説明し始めた。


「立花翔様は、確かに桐谷蓮氏と同一人物である可能性が高いです。


 しかし、彼は桐谷蓮として活動していた時期に、ある事件に巻き込まれ、精神的なショックから記憶の一部を失ってしまったようです」


「記憶を…失った?」


 彩花は驚きの中にも、少しだけ安堵したような表情を浮かべた。


「はい。そして、その後、別人として生きることを選び、名前を変え、姿を消したようです。


 ただ、記憶を失う前の自分を取り戻したいという強い願望があったようです」


 風見は一枚の写真を取り出し、彩花に手渡した。


「この写真、奥野様に見覚えはありませんか?」


 彩花は写真を見つめたが、記憶の中にはこの場面はなかった。


 風見の説明が続く。


「これは桐谷蓮氏が駆け出しの俳優だった頃、ある映画の撮影現場で撮られたものです。


 その映画には、奥野様のお父様も出演されていました」


「父が…?」


 彩花は驚きを隠せず、写真を見つめる手が震えた。


 まさか自分の父と桐谷蓮に繋がりがあるとは思ってもみなかった。


「そうです。そして、この映画の撮影が終わった直後、桐谷蓮氏は突如として姿を消しました。


 彼の失踪は謎のままで、当時の関係者たちもその理由を知りません」


「それじゃあ、涼太さんは…いや、桐谷蓮は、私の父と何か関係があったの?」


 彩花の心には混乱と興味が入り混じり、彼女の目には複雑な感情が浮かんでいた。


「はい、そう考えられます。


 そして、彼が再び姿を現したのは、奥野様と出会った時でした。


 失われた記憶を取り戻すために、奥野様に近づいた可能性があります。」


 風見の言葉に、彩花の心は大きく揺れた。


 涼太の行動の裏には、彼なりの葛藤があったのかもしれない。


 だが、それでも彼が自分に嘘をつき続けていたという現実は、簡単には許せそうにない。



「探偵さん、もう一つ質問があります」


 彩花は少し間を置いて、ふと浮かんだ疑問を口にした。


「桐谷蓮の家族や友人について、何か分かったことはありますか?」


 彼の過去をもっと知りたい。


 そんな思いが強く心に広がっていた。


「はい、桐谷蓮氏には一人の妹がいることが判明しました。


 現在、地方都市で静かな生活を送っており、兄の失踪について何か情報を持っている可能性があります」


「彼の妹…」


 彩花は低くつぶやいた。


 その人なら、彼の過去や苦しみをもっと理解できるかもしれないと思った。


「探偵さん、涼太さんの妹に会いに行きます。


 彼女と話をして、彼の本当の気持ちを知りたいです」


 彩花の表情には、いつになく固い決意が見て取れた。


 風見は少し微笑みながら頷き、冷静な声で答えた。


「承知いたしました。


 妹様の住所をお知らせします。


 奥野様がご希望されるなら、私も同行いたします」


 その提案に、彩花は感謝の意を示して静かに頷いた。


 少しだけ震えた声で、それでも彼女は決意に満ちた言葉を口にした。


「ありがとうございます。心強いです」


 風見は黙って手帳を取り出し、涼太の妹の住所を書き写したメモを彩花に手渡した。


 彩花はそのメモをしっかりと握りしめた。


 この小さな紙片が、彼の真実へと続く道標となることを信じて。


「奥野様、ご準備はよろしいでしょうか。


 いつでも出発できます」


 彩花は頷き、二人は探偵事務所を後にして駅へと向かった。


 ホームで電車を待ちながら、彩花は遠い昔に感じたあの温かくて曖昧な記憶を思い出していた。


「もうすぐ電車が到着します」


 風見の声に彩花は我に返り、電車がホームに滑り込むと二人は乗り込んだ。


 都会の喧騒から離れ、涼太の真実を探る旅が、今、始まったのだ。


 電車の窓から流れる景色が次第に緑豊かな風景へと変わっていく。


 彩花の心は、彼に再び会いたい気持ちと過去の彼を知る不安が入り混じり、まるで嵐の中の小舟のように揺れていた。


「妹さんは、どんな方ですか?」


 ふと、彩花が尋ねた。


 風見は少し眉を上げ、考え込むように短く間を取った。


「しっかり者で、優しい人です。


 けれど、少し寂しげな面があって…」


 その言葉に彩花は頷きながら、どこか自分の心と重ね合わせるようにその人物像を思い描いた。


「必ず、涼太さんを見つけ出す」


 車窓を流れる景色に目を落とし、彩花は再び決意を新たにした。



 …数時間後、二人は目的の駅に到着した。


 駅を出ると、風見は一瞬、周囲を鋭く見渡してから、自然な仕草で彩花を誘導した。


 その眼差しは冷静で、一つ一つの動きに無駄がない。


 かつて警察官だった経歴から培われた観察眼で、周囲の様子を確かめながらも、彩花の不安を察し、彼女にそっと寄り添うように歩いていた。


「妹さんの家は、ここから歩いてすぐです」


 彩花は期待と不安が入り混じる気持ちで、風見の後に続いた。


 風見の存在がどこか安心感をもたらしてくれるが、それでも心臓が早鐘を打つように緊張しているのを感じる。


 細い路地を抜けて住宅街に入り、風見が一軒の家の前で立ち止まった。


「ここです」


 彩花は小さく息を吸い込み、目の前の白い壁と赤い屋根の可愛らしい家を見つめた。


 庭には色とりどりの花が咲き、どこか温かい雰囲気を醸し出している。


「奥野様、ご自分で呼び鈴を押されますか?


 それとも、私が…」


「私が押します」


 彩花は決意を込めて答え、震える指先を伸ばしてゆっくりと呼び鈴を押した。


 指先の震えが自分の不安を物語っているようで、彼の過去に繋がる瞬間が近づいていることを実感する。


 裏切られた恐怖と、彼と再び繋がりたいという期待が、胸を締め付ける。


 しばらくすると、ドアが開いた。そこには、澪が立っていた。


 涼太の妹、桐谷澪は、蜂蜜色の瞳を持つ、儚げな女性だ。白いセーターにジーンズといったラフな服装で、長い黒髪を一つに束ねた姿には、どこか守ってあげたくなるような印象が漂っている。


 彼女の表情には、うっすらと憂いが宿っていた。


 澪は二人の姿を見て、一瞬、驚いたように目を見開き、ためらいがちな声で尋ねた。


「一体、何の用で…?」


 その戸惑いの表情に気づきながらも、風見は穏やかに微笑んで、「失礼します」と丁寧に頭を下げた。


 澪はためらいがちに二人をリビングへと招き入れ、彩花を見て再び少し驚いた様子だったが、すぐに「どうぞ、中へ」と促した。


 リビングに通されると、澪はお茶を淹れてくれ、「あなたが、お兄ちゃんの…」と切り出した。


 その言葉に彩花は少し緊張しながらも、はっきりと自分の名前とここに来た目的を伝えることにした。


「初めまして、桐谷澪さん。


 私は、奥野彩花と申します。


 蓮…、涼太さんのことを…」

最後まで読んでいただきましてありがとうございます!


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