⑩再開~そして新たな決意
数日後、私は引っ越しを終え、新しい部屋で新たな生活を始めた。
窓辺には小さな花瓶を置き、季節の花を飾ることにした。
色とりどりの花が、少しずつ私の心に明るさを取り戻してくれる。
涼太との辛い記憶が薄れていくのを感じながら、前を向いて歩き始めた。
ある日、行きつけのカフェでコーヒーを飲んでいると、偶然、涼太を見かけた。
彼は、あの女性と楽しそうに談笑していた。
二人は、まるで恋人同士のように親密に見えた。
私は、彼に気づかれないように、そっと席を立ち、カフェを後にした。
もう、彼を振り返ることはない。
そう自分に言い聞かせ、新たな人生を歩み始めた。
しかし、心のどこかで、まだ彼を忘れられない自分がいることも、知っていた。
カフェの窓から見える二人の姿を見つめながら、涙が自然にこぼれた。
心の中で、ふと彼の存在を受け入れたくなった。
「さようなら、涼太さん」
カフェを出て、暖かい日差しを浴びながら、私はゆっくりと歩き始めた。
雲一つない青空が広がっている。
あの日、涼太と見たのと同じ空。
あの空のように、私の心もいつか晴れ渡るのだろうか。
「涼太さん、あなたは一体、私にとって何だったんだろう…」
心の中で問いかける。
答えは、まだ見つからない。
けれど、いつかきっと、この空のように私の心も晴れる日が来ると信じている。
そう自分に言い聞かせ、新たな人生を歩み始めた。
私は、一人、黄昏時の渋谷の街を彷徨っていた。
スクランブル交差点の喧騒から逃れるように、路地裏へと足を踏み入れる。
オレンジ色に染まった空が、無機質なビルの谷間にゆっくりと沈んでいく。
行き交う人々の喧騒が遠のき、私の耳には、自分の心臓の音だけが響いていた。
涼太、いや、立花翔。
あるいは、桐谷蓮。
彼の本名は何なのだろう。
そして、なぜ彼は私に近づいてきたのか。
混乱と悲しみ、そして裏切られたことへの怒りが、私の心を締め付ける。
人気のない公園のベンチに腰を下ろし、私はそっと目を閉じた。
楽しかった日々が、走馬灯のように脳裏をよぎる。
涼太の優しい笑顔、包み込むような温かい言葉、二人で過ごした江ノ島の海辺のカフェ。
潮風を感じながら語り合った未来。
それでも、あの笑顔は、あの言葉は、全て偽りだったのか。
彼の本心が分からず、もどかしさと寂しさに押しつぶされそうになった。
私の心の中には、彼に対する思いがまだ根強く残っているのだと、改めて思い知らされた。
「…まだ、彼のことを想っている自分がいる」
「もしもし、理沙?」
…うん、今、ちょっと話したいことがあるんだけど。
彩花は親友の理沙に電話をかけた。
最近のことが気になって仕方なくて、心の中で整理しきれない感情が溢れてきていた。
涼太とのこと、そして、どうしても言葉にする勇気がなかなか出なかった事を伝えるために。
「理沙、実は…最近、ちょっとおかしいなと思っていて」
電話の向こう側で、少し驚いた様子の理沙が返事をする。
「え、どうしたの? なんかあった?」
「うん、ちょっとしたことなんだけど…あのね、涼太さんが浮気してたってことが分かって、どうしても 気持ちが整理できなくて」
理沙の反応は、少しの間沈黙した後、驚きと心配が入り混じった声で返ってきた。
「えっ、マジで!? そんなの、ありえないんだけど! ほんとに?」
「うん。私、信じたくなかったけど、確かに証拠があって、どうしても気持ちが揺れちゃって」
彩花の心には、涼太への裏切りと、それに対する怒りや悲しみが入り混じっていた。
「そっか…。でも、もしそれが本当ならさ、しっかり自分の気持ちと向き合わないとダメだよ!
今、どうしていいか分からないって感じだと思うけど…あたしは絶対に味方だから、何でも言ってね!」
理沙の声は、いつもの元気な調子に戻ったが、どこか心配そうな響きも感じられた。
「うん、ありがとう、理沙。なんだか少しだけ、心が軽くなった気がする」
「それなら良かった! でも、彩花がひとりで悩んでるの見るのはマジで辛いからさ、もっと頼ってね! あたしがついてるから!」
理沙の言葉には、いつも以上に力強さが感じられた。
それでも、彩花はその安心感を受け入れた。
「必要なら、あたしが全力でサポートするし、迷ったときは一緒に考えよう!
あたし、絶対に彩花の気持ち分かるから」
理沙は優しさを込めて言うが、少しだけ強調するように聞こえた。
その言葉に少し違和感を感じつつも、彩花は感謝の気持ちを伝えた。
「うん、分かった。ありがとう、理沙」
二人は互いに支え合うように電話を切った。
理沙の言葉が彩花の中に希望を灯してくれたが、何となくその後ろにひっかかるものが残った。
数日後、彩花は再び探偵事務所を訪れた。
「先生、もう一度、涼太さんのことを調べてほしいんです。
彼の過去、何者なのか、そして、なぜ私に近づいてきたのか、全てを知りたいんです」
彩花は、決意を固めた目で風見を見つめた。
彼女の瞳には、真実を追い求める強い意志が宿っていた。
「わかりました。奥野様のお気持ち、よくわかります」
風見は静かに頷いた。
「必ずや、真実を明らかにいたします」
彼の表情にはどこか影が見え隠れしていた。
過去の経験から来るものなのか、あるいは今回の事件の複雑さを物語っているのか、彩花には分からなかった。
「奥野様、今回の件は、ただの恋愛トラブルではないかもしれません。
あなたは、もしかしたらとても危険な状況に巻き込まれている可能性があります」
風見は、彩花の目をじっと見つめながら、ゆっくりと語り始めた。
「私は、かつて警察にいましたが、ある事件の捜査中に取り返しのつかない過ちを犯してしまったんです。
それ以来、私は警察を辞め、探偵として生きてきました。
真実を明らかにすることだけが、私の償いの道だと信じて」
彩花は、風見の言葉に驚きながらも、彼の真剣な眼差しに心を打たれた。
「先生も、辛い過去があったのですね…」
「ええ。だからこそ、私は、あなたのような人をこれ以上傷つけたくない。
涼太、いや、立花翔の正体を暴き、彼の目的を明らかにすることで、あなたを守りたいんです」
風見の声には、強い決意が込められていた。
彩花は、彼の言葉にわずかな希望の光を見た気がした。
「先生、ありがとうございます。
私も、もう逃げません。
真実を知り、自分の力でこの状況を乗り越えたいんです」
彩花は、風見の手をしっかりと握りしめ、感謝の気持ちを伝えた。
二人の間には、固い信頼の絆が生まれた瞬間だった。
風見は、過去の経験から、人間の闇の部分を深く知っていた。
風見は、かつて警視庁捜査一課で辣腕を振るった刑事だった。
若い頃は特殊部隊に所属し、その後傭兵として世界各地で活動していた。
彼はこの時期に卓越した運転技術と戦闘能力を身につけ、数々の危険な任務を遂行してきた。
傭兵としてのキャリアを終えた後、風見龍之介は日本に戻り、警視庁捜査一課の刑事としてキャリアをスタートさせた。
正義感が強く、犯罪に対する憤りを抱いており、その情熱から多くの難解な事件を解決してきた。
しかし、ある未解決事件の捜査中に容疑者の自殺という痛ましい出来事が起きた。
風見は、自らの捜査が容疑者を追い詰めたのではないかと自責の念に駆られ、警察を去ることを決意した。
その後、彼は探偵事務所を開き、真実を追い求める人々のために力を尽くしてきた。
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