第9話 ショッピングモールに突撃訪問
「うっ、な、何だこ……」
「ううぅう……」
私の前で、2人の自衛官がどさりと倒れた。
これは私が武力行使したから……ではない。
精神に作用する光を放って、強引に睡眠状態にする光属性魔法を使っただけである。
その効果はかなりのもので、数時間は起きれない仕様だ。
「相変わらず変な魔法をお持ちですね」
「日本のことわざにもあるでしょう? 『備えあれば患いなし』。こういう時の為に習得したようなもんだから」
元の世界は危険な魔獣や盗賊が多く、私のような身寄りのいない孤児がそうそう生きていける環境ではなかった。
幸い、私は修行なしで魔法を放てる体質だったので、自分に襲いかかる魔獣とかを撃退できた。
もっとも自分より大きい程度の奴限定で、怪獣のように巨大なら逃げるしかなかったが。
とにかくそんな力があったので、それを元になんやかんやしながら全属性魔法を習得したのだ。
炎は水はもちろんの事、光や雷など。
使えない属性魔法はほとんどないと言っていいくらいだ。
「さっ、他の連中が気付く前に済ますとしますか」
いびきかいて寝ている自衛官達を置いて、ショッピングモールへと突入する私達。
途中、チラリと背後を見やりながら。
まず迎えてくるのは、照明が全て落ちた薄暗い空間。
全く見えない訳ではないので辺りを見渡せば、商品らしきものが散乱していたり血のようなものがベッタリしていたりと酷い有様だ。
それに獣臭い。
ネズミ怪獣が巣食っているのだから、奴らの気配がなくとも充満してしまったのだろう。
それに構わず先に進んでいくと、数々の服売り場が見えてきた。
オシャレな服装を着こなしたマネキンが、私や帽子から出てきたギルを迎えてくれる。
「どうせならご主人様、ここから適当な服を失敬しては? さっきもそうですけど、その服装は目立ち過ぎます」
「嫌よ。このオーダーメイドの服装気に入っているし、何より着慣れないものを身に付けてダサいって思われたくないもの」
「それはそうでしょうが、でもやっぱりその痴女めいた服装……」
「シッ……」
余計な事を言おうとしていたギルを黙らせる。
気配が感じるのだ。それも多く。
そうして次第に聞こえてくるカカカ……という音。
さらに暗闇から1対の赤い光が見えてきて、それが次第に増えてくる。
「いよいよ姿を現したわね。……もっとも、手を下すまでもないけど」
――キィイイイイイイイ!!!
私に対して一斉に飛びかかる異形の影。
このショッピングモールに巣食うネズミ怪獣であり、人間ほどの大きさと湾曲した牙を持つ顔が特徴的だ。
非戦力の人間なら十分脅威だが、私が相手なのが不幸だったわね。
「ほとばしれ……」
仁王立ちをしたまま、足元に雷属性魔法を発生。
広範囲に渡って電撃がほとばしり、襲いかかってきたネズミ怪獣へと浴びせられる。
――ギイギギギッギギギギギイッギ!!
――ギギギギアアアアア!!!
またたく間に地面へと倒れ込むネズミ怪獣。
一応生きてはいるものの、私の雷属性魔法によって小刻みに痙攣していた。
「さぁソドム、食事の時間よ。こいつらを遠慮なく食べていいからね」
すぐさま《亜空間》を開かせ、ソドムの上半身を出していく。
彼は倒れ込むネズミ怪獣を認識してすぐ、腕で鷲掴みにして口へと放り込んだ。
ガリッ、ガリッ!! ゴリゴリゴギッ!! グギャッ!!
「……凄い食べっぷりですね……」
ショッピングモール内に響き渡る、骨と血肉を噛み砕くえげつない音。
ソドムの牙から血が垂れていて、それはもうギルがドン引きするくらいだ。
まぁ、私としてはご満悦なのだが。
「私は好きよ、こういうの。まさに怪獣って感じじゃない。牙から血が滴り落ちる辺りが特にさ」
「ほんとご主人様って病気ですね。今に始まった事じゃないんですけど」
「どうもありがと。……それよりも、そろそろ出てきてもいいんじゃないかしら? いるのは分かっているわよ」
私は背後へと振り返って、服屋のマネキンへと声をかけた。
正確には、マネキンの陰に潜む者に対してと言った方が正しいか。
私の一言で、それが恐る恐るマネキンから姿を現した。
「……どうして気付いたの……?」
その正体は、私よりも小柄な女の子。
そう、普通の人間だ。
「気付くも何も、私の後ろをずっと付いて来たんだから嫌でも分かるわ。気配がバレバレ」
「実を言うとボクも分かりましたよ。匂いがプンプンしましたんで」
相手に適正な言語を話せる《言語理解》を与えているので、女の子にギルの言葉が伝わっているはず。
女の子が付いて来たのは、さっきの世捨て人が集まる瓦礫の山からだ。
あそこからこの子が私達の様子を見ていて、好奇心からずっと尾行していたのだ。
もちろん、ソドムと会話しているところもバッチリと。
私はというと途中で飽きるだろうと無視していたのだが、さすがにここまで来てしまった以上は放ってはおけない。
「そんなに怪獣と話したりする私が気になる? 怪獣ってこの世界にとっての災厄でしょう? 普通は恐れるんじゃないの?」
「…………」
尋ねても女の子は答えない。
少し高圧的だったのがまずかったかしら……まぁ状況が状況だから致し方ないのだが。
とりあえず、女の子の身なりを確認してみる。
長い黒髪は手入れしていないのかパサパサで、前髪によって目元が隠れてしまっている。
肌も色白というより不健康的な白さで、身体つきも栄養が届いていないのが分かるくらいやせ細っていた。
衣服も土でまみれていて、先ほどの世捨て人と同じかそれ以上に酷い。
さしずめ、かつての私みたいな孤児だろうか。
怪獣黙示録によって親を失った子供は多く、そういうのを専用の施設で保護されたりするらしい。
この子は親を失ったばかりで保護されていないのかもしれない。
「とりあえず、ここが危険な場所なのは分かっているでしょう? まだネズミ怪獣がいるかもしれないんだし、早い事立ち去った方が身の為よ」
私はそう言い放ってから、改めてソドムへと振り向いた。
ソドムは未だにネズミ怪獣を鷲掴んで、鋭い牙で噛み砕いている様子。
「…………」
一方で、女の子は何故か立ち去らない。
エグい咀嚼音と鮮血を垂らしているソドムに対して、好奇心があるようにじっと見続けている。
……この子、怪獣が怖くないの?
そもそも「上半身を出している怪獣とそれと随伴している魔女」という構図に、奇妙感を持っていないとでも言うの?
「……ねぇ、いい加減に……」
ヤケに得体の知れなさを感じて振り返ったその時。
――カカカカカカカッカ!!!
物陰からネズミ怪獣が出現して、前歯を打ち鳴らしながら飛びかかってきた。
あろう事か棒立ちしている女の子へと。
私は即座に魔法で迎撃しようとしたのだが、すぐにその手を降ろした。
それよりも早くソドムが腕を伸ばし、ネズミ怪獣を捉えたからだ。
――ギイィイアア!!!?
ソドムの握力によって、ネズミ怪獣の口や皮膚から血が飛び散る。
ついでに床ごと掴んだので、その独特の削り跡が床自体に残ってしまっているようだ。
ネズミ怪獣の方はしばらくもがいていたが、やがてソドムの口の中へと運ばれてひき肉と化していく。
相変わらずの骨を砕く音を上げながら。
「大丈夫?」
「…………」
女の子の方は尻もちを付きながら頷いてくる。怪我はないようだった。
これでやっとこの場から出て行くかな……と思いきや。
「………もしかして……あたしを助けてくれたの?」
「ん?」
女の子がそう言って、食事を味わっているソドムに近付いて行った。
ソドムは食事に夢中で目もくれなかったものの、それでも彼女は臆する事はしない。
それどころか恐れられる存在である怪獣に対して、愛おしそうに微笑みを浮かばせたのだ。
「ありがとう……やっぱり……怪獣さんは優しいんだね……」
「……やっぱり?」
怪獣を怖がるどころかお礼を言うなんて……まるで意味が分からない。
この子は何者なんだろうか……そもそも他の人と何と違うのだろうか。
今の私とギルにはよく分からなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
ちょくちょく言及する予定ですが、この作品にはゴジラなどの怪獣もののオマージュがかなり盛り込まれています。そこも楽しんで下さると幸いです!
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