第8話 ソドムのご飯を求めて
「魔獣を使役して災いをもたらす魔女」として、刺客に襲われる毎日を送っていた私――エドナ・デューテリオス。
襲われるのはまだいいとして、奴らは事前に私好みの魔獣を始末したりと妨害行為を繰り返していた。
そうして魔獣を下僕に出来ない事に、私は苛立ちと憤りを感じていた。
でもそんな私が、突如として別世界へと転移してしまったのだ。
しかも、無数の怪獣によって蹂躙されているという怪獣黙示録の真っ只中。
ある意味、元の世界よりも過酷な現状であるがそれはそれとして。
この世界には魔獣に匹敵……いや、それ以上の魅力を誇る怪獣が存在する。
私がそれを気に入るのにそう時間は掛からず、手始めにソドムという荒々しくもカッコいい怪獣を下僕にする事に成功した。
こんなに素晴らしい子をテイムできるなんて、私はきっと運がいいかもね……。
とにかく、私はソドムに続いて怪獣達を手中に収めようと思っている。
それこそが、この世界で私が築く怪獣下僕ライフの楽しみ方。
怪獣の被害に遭っている人には悪いが、それでも自分には正直でありたいのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「人がいっぱいいますね。何て言うんですっけ、こういう人達を?」
「ホームレス。世捨て人みたいなものよ」
ソドムを下僕にしてから数日後。
私は瓦礫の山の中を歩きながら、辺りを見回していた。
ここも以前は立派な街があったのだが、例の如く怪獣によって瓦礫と化してしまったらしい。
前にも説明したように、こういう場所はよほど重要ではない限り放置される。
せっかく復興した街が、怪獣によってまた破壊されてしまう事がザラにあるからだ。
そしてそんな瓦礫の山に生活しているのが、多くの世捨て人達。
怪獣によって会社が破壊され倒産してしまった者、家を破壊され行き場をなくした者、そして財産を失った者。
そうした人達がこの瓦礫の山に集まり、段ボール製のバラックなどで生活している訳だ。
「……昔の私を見ている気分になるわね」
皆、生気をなくした顔をしていて、場違いだろう私が歩いているのにほとんど目もくれない。
くれたとしても「何だあいつ……?」的な顔をしてくるだけだ。
「浮浪者同然の生活をしてたみたいですからね。よくここまで生きてこれたものです」
「何とかやっていけたからね。それなりに苦労はしたけどさ」
帽子の中のギルが言うように、私もこの人達のような生活を送ってきた。
親も友達もいなくて、独力で生活する事しか出来なかった文字通りの孤児。
今でもある意味そういう生活をしているが、幼少期は結構酷いものだった。
だから、世捨て人の気持ちとかは分からない事もない。
分からなくもないが……。
「まぁ、ご主人様が『この人達の為にも怪獣を倒そう』なんて考えないでしょうけど」
「私は自分の為に生きていくって決めたのよ。そんなヒーローの真似事なんてらしくないもの」
「ある意味でご主人様らしいです。それよりも、これほど人が多いと住むには……」
「ええ、やっぱり街から相当離れてる方がいいかも」
私が瓦礫の山を歩いている理由。
それは自分の住む場所を確保する為だ。
一応、誰もいない瓦礫の山はあるにはある。
現にソドムを下僕にしてから到着した場所がそうだったし、そこで野宿もしたりしていた。
……が、街からそう遠くないので世捨て人が集まる可能性もなくはない。
そんな場所でソドムを出したらどうなるのか。
それは元の世界で嫌というほど学んでいる。
なので周りに人気が全くない、私達しかない場所を今現在探しているところだ。
「ご主人様にはサバイバル技術があるんですから、山にこもったりは出来ないんですか? ……ああ、この世界の山は所有地だったりするんですっけ?」
「だから勝手に住んだり獣を狩ったりしちゃいけないんだって。まったく、何でそういうルール的なのがあるのかしら?」
「無法を地で行くご主人様が、ルール云々を言うとは……」
「うっさいわね。面倒事を起こさない為に、なるべくそういうのを守ろうと……」
《エドナ……》
「んっと、ソドムからだわ。ちょっと待ってて」
《亜空間》で待機しているソドムから声がしてきた。
すぐに私は一目の付かない瓦礫の陰に隠れた後、《亜空間》の穴を開ける。
そこからソドムが顔を覗かせ、その金色の目で私を見てきた。
ハァ……この怪獣特有の鋭さが良いわねぇ……ってそうじゃなくて。
「どうしたの? もしかしてそろそろ……」
《ああ、空腹がしてきた。餌が食べたい》
「ようやくなのね。数日も食事したがらなかったから心配だったわ」
「代謝が異様に低いらしいですからね。大食いの魔獣とは大違いです」
これだけ巨大なら結構大食いなのかと思っていたが、当のソドムは数日間食事を空けても支障はなかったらしい。
人間を喰らう怪獣なんているので、あくまで個体差だと思うが。
「それならいい食事場所があるの。もうちょっと待っててくれる?」
《ああ……》
「あそこに行くんですか? 確か自衛隊が……」
「まぁ、何とかなるわよ。ここからそう遠くないしね」
この数日間はそれなりに情報収集している。
怪獣災害の被災地に無人ビルがあって、そこに電気の通ったパソコンがあった。
《知識感応》は文字通りの知識だけではなく、動作も吸収する事も出来る。
幸いにも対象の女性にはパソコン経験があったので、それを弄くって情報を収集する事が出来たのだ。
スキルのおかげで、だいぶこの世界に板が付いてきたわね。
そう思いつつも、《亜空間》を閉じてからその場所へと赴く事に。
今回は近い距離にあるので、ケインを使うまでもなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そうしてしばし歩く事数分。
ついに目的地が見えてきた。
「大きな建物ですねぇ」
ギルがそう言って眺めているのは、まるで宮殿のような大きい建物。
巨大ショッピングモールである。
元の世界で言うなら市場のようなもので、内部には多数の店が立ち並んでいるとされている。
もっとも、その建物の周りにいるのは客ではなく自動小銃を持った自衛官達であるが。
「あそこにネズミ怪獣が巣食っていて、それで封鎖されてるんですよね?」
「そう。彼らはネズミ怪獣が出ないよう監視してるんだって」
私がこの世界に転移してから2日後の事。
ショッピングモールに多数のネズミ怪獣が出現し、その場所を自分達の巣として占拠してしまったそうだ。
当然、従業員や客は命からがら脱出。
すぐに自衛隊が出動して掃討を図るも、ネズミ特有の繁殖力の高さで全滅させるのが難しいとの事。
なので周囲の市民を避難させた後、ミサイルによるショッピングモールへの爆撃を開始するつもりらしい。
それまで自衛隊がショッピングモールを封鎖し、ネズミ怪獣が外に出ないよう監視しているのだ。
「どうします? こっそり潜入します?」
「と言っても、これだけ周囲を囲んでいると絶対に見つかるわよね。……て事で」
「て事で?」
「正面突入よ」
「はい来ましたー。ご主人様の何も考えてない作戦のようなものー。少しは頭を使って下さいよ」
「時には頭を使わなくてもいい事もあるの。黙って見ていなさい」
ショッピングモールには複数の出入り口がある。
私はなるべく自衛官が少ないところを探し、そしてそれを発見したので……迷わず突入。
すると突っ立っている2人の自衛官が、私に気付くなり眉をひそめてきた。
「何だ、コスプレ?」
「もうコミケなんて黙示録以降やってないのにな。おい、ここから先は立ち入り禁止だぞ! 止まれ!」
やっぱりそうなるよね。
仕方なく彼らの前で立ち止まってみると、自衛官の1人が「……へぇ……」と私の顔をじっと見てきた。
「……何よ?」
「いやあんた、結構美人だなぁって思ってさ。そんでもってコスプレも中々だし。よかったらよぉ、非番の時に俺と遊んでみねぇか? 良い店知ってんだよねぇ」
あからさまにいやらしい顔をしてくる自衛官。
うん、こいつ処そうか。別に慈悲はいらないよね?