第6話 魔女の下僕集めはまだまだ続く
――オ゛オ゛オオオオオオオオオオオオオオオオ!!
天に向けて吠えるソドムの姿は、さながら私に忠誠を示すかのようだった。
思えば、私が根無し草同然の放浪をしていた時か。
まだ魔女ではなかった私は、放浪の旅をしていた際に魔獣同士の縄張り争いに遭遇。
それに巻き込まれまいと、木陰に隠れながら様子を窺っていたのだ。
片方の魔獣はというと、今のソドムのような怪獣的フォルムをしていた。
もう片方は、牛をそのまま巨大化した面白みのないものだったが。
ソドムにも似た魔獣は鋭い牙と爪といった武器を使い、牛型魔獣の血しぶきを上げさせていた。
猛攻の末に牛型は弱っていき、やがて最期にはその頭部が踏み潰されていった。
踏み潰したのを確認してから雄叫びを上げる魔獣の姿は、今でもよく覚えている。
この瞬間からだ。
私が魔獣に秘められた「強大な力」と「それに相応しい荒々しい姿」に惹かれていったのを。
――何としてでも我が物にしたい。
そこから魔獣を下僕にするという目的が生まれ、私はその一環として魔女になった。
まぁ、言うまでもなく刺客共のせいでそれが叶わなかった訳だが、そこに来て「怪獣」の出番だ。
正直、私は魔獣よりも怪獣に魅力を感じている。
怒りを抱くかのように破壊をもたらす姿……まさに「強大な力」の何者でもない。
その力の権化が、今私の手元にあるのだ。
「……凄く良いわねぇ……」
「ご主人様、顔が蕩けてますよ。それよりも」
「あー、はいはい。まったく、人が余韻に浸らせているっていうのに……」
ギルの小言を軽くあしらった後、私はソドムの前に《亜空間》を開いた。
さすがに地面へと潜らせるのは地下ライン的にアレなので、ひとまず彼をこの中に入れるつもりだ。
――グウルウ……?
「心配しないで。中はあなたにとって快適な空間になっているし、時間が外よりも緩やかになってるから長居もしないわ」
「ボクは退屈だから好きじゃないんですけど」
「黙れ」
――…………。
ソドムは少し躊躇しながらも、《亜空間》の穴へと入っていった。
それを閉じてから、ケインに乗って出発準備をする。
もうここには用がないし、ひとまず人目の付かない場所を探しておきたい。
「そろそろ行くわよ」
「ええ。でもいいのでしょうか? 自衛隊がこちらを見てますが」
「気にするだけ無駄よ。私には関係ないんだし」
自衛隊が夢でも見ているかのような呆然顔だが、私にとってはどうでもいい事。
どうせ白昼夢で片付けられるだろうと思いつつ、空を飛んでその場を後にするのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ふむ、ここでいいかしらね」
やがて私がたどり着いたのは、辺り一面に広がる瓦礫の山だ。
かつてここには街があったらしく、この瓦礫もそういった家とかビルとかの成れの果てである。
普通ならこういう場所は撤去して復興させるのがセオリーだが、でもそこは怪獣黙示録。
際限のない怪獣災害の連続で撤去が間に合わず、こうして放置されている箇所もあるらしい。これも《知識感応》で得た豆知識だ。
瓦礫の山には当然誰もいないので、これ幸いと私は《亜空間》からソドムを出してあげた。
――オ゛オオオンンン……。
「ここなら誰もいないから安心しなさい。そんで頭、こっちに近付けさせて」
――…………。
言われた通り、ぬぅっと頭を近付けさせるソドム。
私はその額にトンと手を当て、小さく唱える。
「《言語理解》発動。……どう、私の声が聞こえる?」
《……聞こえる……いや会話が出来る……? 一体どうしてだ……?》
よし、《言語理解》が通じた。
魔獣のような本能で動き回る存在に限って、人間とは異なる思考パターンをしている事が多い。
怪獣も例外ではないのは、今までの行動から見ても明らかだ。
なので普段はオート発動する《言語理解》を彼らに掛け、改めて会話できるようにしなければならない。
結果として、ソドムの声が聞こえる事に成功。
どうも生物で言う雄であるらしく、彼から野太い男性の声が聞こえてくる。
「私のスキルのおかげよ。あなたは私の下僕になったんだし、こうして会話できる方が後々やりやすくなるはずだわ」
《……下僕……?》
「そう、あなたは私の可愛い所有物。まぁ、パートナーってところかしらね」
私はソドムの口先を撫でてから、そっとキスを与えた。
フフッ、鋭い目がキョトンとしちゃって。
あなたのその表情、凄くいいわ!
《……下僕……分からない……そもそも俺自身、よく分からない……》
「分からない?」
《俺がどうやって生まれたのか、何の為に生きているのか……。それを確かめたくて、自分の居場所を探していた……。そうしたら小さいのが攻撃してきて、だからそれを排除していた……》
「あれですかね? 怪獣が環境破壊による突然変異種なのと関係が……」
「ありえなくもないわね」
これまで説明した通り、怪獣というのは人間の環境破壊や異常気象による産物だ。
そのような環境激変に淘汰されないよう、強靭な身体と生命力をもって生を受けた存在が怪獣であるとも。
つまり、通常の生物みたく親から生まれたとは限らない。
そもそも親という概念が存在するかも怪しい。
そして自分の事が分からない故に、居場所……つまり縄張りを探し求めていたのだろう。
出現してから各地を破壊していったのもそういう理由か……ってあれ、私この世界の怪獣研究者よりも先に進んでいる?
意外と私って天才だったり……なんてね。
「今ご主人様、自分の事を天才だとうぬぼれていたのでは……ってあいたっ」
帽子から出てきたギルにデコピンを喰らわせた後、改めてソドムを見上げる。
環境激変で生まれたとは思えないくらいの、野性的で端正な姿。
そんな子が自分の事で悩むとは、意外というか何と言うか。
まぁ、母性がくすぐって嫌いじゃないが。
「さっきも言ったでしょう、あなたは私の所有物だって。それにもう、居場所なんてあるじゃないの」
《居場所が……ある?》
私はソドムの顔を回り込んで、その金色に光る片目の前に立った。
目の表面が鏡のように反射され、私の姿をでかでかと映し出す。
言うまでもなく、彼の視界も私でいっぱいのはずだ。
「私が居場所になってあげる。ちゃんと食事も与えるし、寝床だって《亜空間》を使えばいい。だからあなたはただ、私と一緒にいればいい。下僕を養うのも、主の役目だしね」
《……お前と一緒に……》
「ええ。あっ、私はエドナ・デューテリオス。そして、あなたにはソドムという名前があるの。覚えておいて」
《…………》
しばし黙った後、ソドムが金色の目を細める。
そして、まるで返事するかのように少しだけ唸り声。
――グウルウオオ……。《……分かった。これからも頼む、エドナ》
……怪獣が私の名前を呼んでくれている。
良き!
私は笑みをこらえきれないまま、ソドムの目付近へと頬ずりした。
フフッ……今宵は宴ね!
「ギル、お腹が空いたわ! 早く焚火用意して!」
「はいはい。すぐに今日の食材出しておいて下さいね」
よくギルを召使いと形容しているが、それはこいつに料理を任せているからなのだ。
インセクトドラゴンは知能が高く手先が器用なので、教育次第で掃除や料理など人間と同じ事が出来る。
主人たるもの、召使いをこき使ってこそだ。
「ソドムは大丈夫? お腹空いていない?」
《いや……今は》
「そう。空いたらいつでも言っていいからね」
私は《亜空間》から肉を取り出しながら、今後の事を考える。
やはり最初はソドムの食糧確保か。
怪獣といえども何かしらのエネルギーが必要だし、喰えそうなものを手当たり次第探しておこうと思う。
そんで、この子の戦闘が見てみたい。
魔獣同士の戦闘によって「強大な力」に魅入られた訳だから、そういう怪獣の戦い方には大いに興味がある。
奇しくもこの世界にはそれを主題した創作があって、多くのファンを獲得しているらしい。
私と似たような奴らがいたもんだ。
「フフフ……楽しくなってきたわね……」
これはまだまだ序の口でしかない。
私はソドムだけではなく、この世界にいる多くの怪獣を下僕にしようと考えている。
そういった強大な怪獣達に囲まれて愉悦を抱く……それを夢見てワクワクしないはずがない!
「フフッ……待っていなさいよ、私の怪獣達!」
怪獣黙示録の被害に見舞われた人達には申し訳ないが、実にエンジョイできそうだ。
この世界での怪獣下僕ライフを!