第5話 魔女と怪獣
ついに見つけたのだ。
私が求めていた怪獣ソドム!
もちろんと言うべきか、彼は攻撃してきた私を敵と認識している様子。
その気に食わないかのような凶暴な表情……惚れない訳がないわ。ゾクゾクする。
「さてと……ソドムの捜索、よくやったわ。さぁ、『還りなさい』」
瓦礫から顔を出すモグラ型《ゴーレム》へと唱えた後、石で出来た身体がバラバラに崩れ去っていく。
《ゴーレム》は破壊などをされなければ半永久に稼働するが、逆に主人が『還れ』と命じれば元の石へと戻る。
その様子を見守った後に前を見てみれば、ソドムが咆哮を上げながらこちらに向かって来た。
「来ましたよ。人間がいますので、戦闘には気を付けて下さいね」
「はいはい、了解了解」
帽子の中にいるギルに答えた後、ソドムの腕が振り下ろされていく。
私はひとっ飛びで避けた後、手に持ったケインに魔力を込める。
ケインの先端に青白い炎が灯ったところで、それをソドムの頭頂部へとぶん殴る。
――ガアアア!!?
思いっきりダウンして、コンクリートに叩き付けられるソドム。
四散するコンクリートの破片。
実はこのケインという巨大杖。
これには「所持者の魔力を付加させる事で打撃力を高める」という仕様があり、これによって自分よりもはるかに大きい相手を圧倒できるのだ。
魔獣もそうであるが、こういう類の存在は素直に下僕になってくれず抵抗する事が多々ある。
なので心苦しいと言えば心苦しいが、一旦痛み付けてから大人しくさせる必要がある。
さらに魔法だと余計なダメージを与えかねないので、それも可能な限り控えなければならない。
そうして大人しくなった対象にすかさず《テイム》を掛け、私の忠実な下僕にする。
これが、このエドナ・デューテリオスの常套手段なのだ。
「怪獣にケインが通用するのか心配だったけど、どうやら杞憂だったようね」
「ですね。しかし相の変わらずの脳筋戦法で……」
「あん?」
「いや何でも。それよりも、ソドムをちゃんと見て下さい」
――オ゛オ゛オオオオオオオオアアアアアアアアアアンンンンン!!!
叩き付けられて激高したのが分かるくらいの、ソドムの荒々しい咆哮。
その巨大な身体で突進してくるも、私は彼の股を潜り抜ける事でやり過ごす。
突進の激突によって崩れていくビルの中、振り返りつつ喉元を赤く灯らせるソドム。
来た! 一番見たかったやつ!
ソドムにそういう能力があるのだと《知識感応》で把握済みなので、特に驚きはしない。
むしろ、それが目の前で見れる事に興奮を覚える私がいた。
「いかん!! 退避行動、急げ!! そこのコスプレイヤーも早く!!」
自衛隊の隊長らしき男性が叫んだほぼ同時。
ソドムの喉元が破裂し、散弾状の火球が放たれた。
「凄い迫力に熱量! これがあなたの名の由来ね!」
ソドム。
旧約聖書に登場する古代都市で、神がもたらした硫黄と火によって滅亡したとされている。
何故、滅亡されたのかは割愛するとして。
どうも怪獣ソドムは初出現時に別怪獣と交戦していたようだが、その怪獣に散弾状の火球を浴びせて倒してしまったという。
その様子を観測していた自衛隊が、古代都市を滅ぼした火を連想してソドムと名付けた。
怪獣の恐ろしさを神の鉄槌と同一視する……素敵なエピソードだと思うのは私だけだろうか?
「退避!! 退避ぃ!!」
無数の火球が広範囲に放たれている為、辺り一面のビル壁に着弾し粉砕する。
相当の熱量によって赤みを帯びた瓦礫が、地面へと落下していく質量の雨。
しかも落下した瓦礫が粘度を帯びて四散するのだから、たまらないと自衛隊が必死に逃げ惑う。
私にも無数の火球が降りかかろうとするが、決して逃げはしない。
代わりに魔力を込めたケインを、火球に向けて振りかざしていった。
「ハアァ!!」
魔力を込めたケインは怪獣をも叩きのめす。
火球も例外ではなく、無数放たれたそれを一気に跳ね返した。
――!!?
ソドムに驚愕の表情が浮かんだ瞬間、身体中に散弾状の火球が浴びせられる。
爆発、爆発、連鎖爆発。
爆炎と黒煙が発生する中、大きくのけぞって背後のビルに倒れるソドム。
――ガアアアアアアア……!!?
ソドムの悲鳴と共に、ビルのガラスがバリバリ砕かれる音も聞こえてくる。
そろそろね。
私はガラスの破片を気にせず、ソドムの顔面へとジャンプ。
その鼻先に着地すれば、ソドムが目を見開かせながらも威嚇の唸り声を上げてきた。
――グルウルルルルウルルル……!!
「……心配しないで。あなたを殺すつもりなんて毛頭ない。ただ大人しくさせる必要があっただけ」
――……グルルウウ……?
そんなソドムだったが、すぐに不審そうに目を細めた。
それもそのはず、私が鉄のように固い皮膚を優しく撫でているのだから。
きっとこんなのされた事はなかっただろう。
今までの敵意に満ちた金色の目が、明らかに奇異なものを見るような感じへと変わっていった。
「あなたは縄張り拡大の為に暴れていたらしいけど、残念ながらここは人間達の物なの。最初からあなたの場所は存在しないし、いずれここにいれば人間達に殺されるだけだわ」
と、ここで私は回復魔法を発動。
先ほどの戦闘のお詫びを兼ねて、身体中の火傷などを瞬時に治していった。
――…………。
「だからね、私が作ってあげる。あなたの居場所を、ね」
怪獣は意思疎通の出来ない存在。
私の言葉なんてちっとも理解できないはず。
が、あれだけ暴れ回っていたのが急に大人しくなったのだから、何かを感じ取ったという可能性も否定できない。
うん、いけそうかも。
そう判断してすぐ、私はケインの先端をソドムの額へとかざした。
「『汝は我の下僕、我は汝の主。この言葉と共に契約を果たされん』。さぁ、私の物になりなさい……ソドム」
呪文を唱えたと同時に、光が灯るケインの先端。
これこそが、魔獣を契約するのに必要なスキル《テイム》。
それも極めて高等なもので、どんなに強大で天変地異そのものな魔獣でも契約する事が出来る。
問題は、これが怪獣にも通用するかなのだが……。
――……グルウウ……。
あれだけ強張っていたソドムの身体の力が、徐々に抜けていくのを感じた。
私が鼻先から飛び降りると、彼がこちらを意味ありげに見つめてくる。
試しに「おいで」と手招きしてみたところ、何と彼の顔がぬぅっと近付いてくるではないか。
「お、おい……見ろよ……」
「……ソドムが……怪獣が……人間を襲わなくなった……?」
「……まるで子犬みたい……」
「……信じられん……」
聞こえてくる自衛隊の声をよそに、再びソドムの顔を優しく撫でる。
もう彼は完全に従順になっているようで、こちらの愛撫を甘んじて受け入れてくれているのだ。
「成功しましたね」
「……ええ」
嬉しさに口元が緩みそうになる。
ついに、ついにやっと、ソドムを下僕にする事が出来た!
戦車の砲撃をも耐えうる驚異的な怪獣が、この私の手の中に……!
そう考えると、高揚感が身体中を支配してくる……!
最高のひと時って、まさにこういう事を指すのね!
「これであなたは私の忠実な僕。これからもよろしくね、ソドム」
――……オ゛オ゛オオオオオオオオオオオオオンンンンンン!!
私の言葉に答えるかのような、ソドムの雄たけび。
フフッ、下僕になって早々素晴らしい咆哮をしちゃって。
あなたって本当に最高だわ!