第34話 いざサンフランシスコへ
私はギルと綾那を連れて、防衛省の屋上へと着いていた。
既にソドムとシームルグは《亜空間》に待機させている為、わざわざ陀魏山で荷造りをする必要はない。
今この場で、目的地であるアメリカへと向かう事となるのだ。
「前もって伝えるけど綾那。統合幕僚長が言っていたように、今のアメリカは放射能汚染で酷い状況になっているの。あまりオススメはしないんだけど、それでも付いて来る?」
「そりゃもちろん……自分だけ留守番だなんて嫌だし」
「だと思った。なら止めないけど、アメリカに行って後悔したりしないでよね」
「うん……それでエドナさん、どうやってアメリカまで行くの……?」
待ってました。
ようやく疑問がやって来たので、私はその事を説明する事にした。
「《空間転移》。飛行機でないと行けないような遠く離れた場所を、タイムラグなしで転移するスキル。これの発動には、実際に行った事がある場所でないといけないの」
「じゃあエドナさん、アメリカに行ってないから発動しないんじゃ……」
「確かに私はアメリカに行ってないわ。だけど前に統合幕僚長に《知識感応》を発動した事があって、その時に彼がアメリカに行った過去も吸収したの。だから問題なく発動は出来るわ」
「あっ、そういう事……? 便利だねー、《知識感応》って」
「ホント便利過ぎて、自分でも空恐ろしく感じるわ。まっ、だからこそ今日まで色んな敵と渡り合える事が出来たんだけど」
我ながら得意気になってムフーとしていた。
ギルには白い目で見られる羽目になったが。
「ちなみにあまりにも強力なスキルだから、発動してから数日のインターバルがあるの。だからすぐに日本には戻れないけど、それでも構わない?」
「うん、大丈夫……」
「それはよかった。じゃあ早速、綾那は私と手を繋いで。ギルは私の帽子の中に入っていなさい」
「はいはいっと」
ギルが帽子の中に入ってから、綾那がそっと私の手を握ってきた。
キュッと彼女の力が入った事にも気付く。
「怖いの?」
「ううん……エドナさんとこうして手を繋げると安心できて……それにエドナさんの手、凄く温かい……」
「どうも。じゃあそろそろ……」
あまり使ってないからブランクはあるが、何とかなるだろう。
私はスキル発動に集中すべく、一旦目を閉じる。
頭の中にサンフランシスコの光景を浮かばせ、転移したい場所に照準を定める。
そのイメージを確固たるものにしてから、やがて目を開けながら唱える。
「《空間転移》……」
身体が浮くような感触と共に、ブワァっと周囲の景色が反転。
直後、さっきまでいた防衛省の屋上が見えなくなり、代わりに広大な海が眼前に広がってきた。
ちゃんとサンフランシスコ……その海岸沿いの道路へと転移できたようである。
「成功ね」
「えっ……えっ!? さっきまで屋上にいたのに……ええっ!?」
「やっぱ事前に話してもビックリするか。ちゃんと私達、日本からサンフランシスコに転移できたのよ」
「スキルやば……ってわぁ、海が広がってる……! サンフランシスコ凄いなぁ……! 潮の匂いもするぅ……!」
これには綾那が興奮気味になってしまい、道路から海岸へと向かって行った。
《知識感応》を掛けていた事があったから分かるが、彼女は海を生で見た事がなかったらしい。
初めて見る本物の海に興奮するのも無理ないが、かといってそのままにすると何時間もいそうだ。
「海はまた後で堪能するといいわ。すぐに街へと出発するよ」
「あっ、そうなんだ……。えーと街は……あれか……ってあれ?」
街は私から見て右手に存在する。
ただ綾那が首を傾げた通り、その街から黒い煙が立ち込めているのが見えた。
火事とかならともかく……私の勘というものが、メーターの如く揺れ動くのを感じる。
「急ぐわよ、すぐに乗って」
「あっ、うん……」
ケインを取り出し、綾那が乗ったのを確認してから飛行。
すぐにそのサンフランシスコのビル街に到着したが、観光なんてする余裕がないほどに荒れてしまっている。
今まさに、1体の怪獣が街を蹂躙しているからだ。
――ア゛アアアアアァァァ……ア゛アアアァ……。
「やっぱり。私達より先に怪獣が現れたらしいわね」
「うん……レヴィアタンさんじゃないみたいだけど……」
無数のビルの中を蠢くその怪獣は、思いっきり半魚人の姿をしていた。
濁った白眼にあんぐり開いた口、肋骨が浮き出た身体に水かきを備えた手足。
そして光に反射する銀色の鱗と、口から漏れ出る吐息のような不気味な鳴き声。
この世界には『クトゥルフ神話』という創作があるが、この怪獣はそれに出てくる『深きものども』を彷彿とさせていた。
「……うん、私好みじゃない。ここはいっそ、ソドムの錆にしてもらうわ」
「あっ、好きじゃないんだ……。まぁ別にいいんだけど……」
「というかソドムの錆にって何ですか? 初めて聞きましたよそれ」
ギルのツッコミをよそに、私は《亜空間》の穴を開けようとした。
……ただ、とある事に気付いてその手を止めてしまう。
「どうしました、ご主人様?」
「…………」
ギルに返事するのも忘れるくらい、違和感を抱いている。
街に人の気配がないのだ。
避難勧告を受けて街から出て行っただろう住民はまだ理解できるが、怪獣を掃討すべく出動する軍すら見当たらないのはさすがにおかしい。
まるで、街から人が一掃したかのような歪な雰囲気だ
……もしかして……。
咄嗟に空を見上げるも、それらしき物体は確認できない。
ひとまず「まだ」という事だろうが、これは早々に事を済ませた方がいいかもしれない。
「ご主人様?」
「2人とも、これが終わったら一旦サンフランシスコを離れるわよ」
「「えっ?」」
「さぁソドム、狩りの時間よ! 出てきなさい!!」
ギル達がキョトンとしている間にも《亜空間》を解放。
そこから咆哮を上げたソドムが飛び出し、コンクリートの地面へと着地。
大きく粉塵を撒き散らし、轟音を鳴り響かせる。
――ア゛アアア……?
――グオ゛オ゛オオオオオオオオオオオォォォォ!!!
半魚人怪獣が振り返るよりも先に、ソドムが突撃。
その怪獣の首ねっこを掴み、背後のビルへと叩き付けた。溢れ出るオフィスのデスクや無数の紙。
そこから腕を振り上げて爪で引っ掻こうとするも、生意気にも半魚人怪獣が腕を捕まえて阻止してしまう。
さらに蹴りを入れてソドムを突き飛ばし、両者の距離が離れていった。
――ア゛アアアアアァァァ……!!
ビルから立ち上がった半魚人怪獣が気持ち悪い咆哮を上げた直後、何と鱗の隙間から霧が噴出する。
それがまたたく間にソドム、そして私達が見下ろすビル街を包み込んでしまったのだ。
「ソドム!」
《いや、何ともない……。ただ奴の姿が見えない……鼻も……》
毒とかではないと知って安心はするも、代わりにソドムが困っている様子。
言うなれば霧隠れというやつか。
霧を放って姿を隠すありがちな手段。
しかもソドムの言葉から察するに、匂いも遮断しているらしい。
霧隠れというよりはジャミングの類いかも。
「待ってて、すぐにその霧を消すから!」
となれば私の出番だ。
手元に魔力を集め、突風をイメージ。
やがて魔力が渦巻く風になったところで、それを霧へと放射。
「消し飛びなさい!!」
強力な突風が霧へと突っ込み、一瞬にして拡散。
そうすれば霧なんてなかったとばかりに街が晴れていき、ソドムの姿が見えてきた。
もちろん、ビルの陰に隠れている半魚人怪獣の姿も。
「そこにいるわ、ソドム!!」
《……!》
口内を赤く光らせるソドム。
それに気付いた半魚人怪獣が逃げようとするも、ソドムはそんな臆病者を逃さないと散弾状の火球を放った。
――ア゛アアアア……ガアア!!!?
半魚人怪獣がビルに乗ってからジャンプしたと同時に、無数の火球散弾が着弾。
その滑りのある身体に爆発が起き、コンクリートの地面へと叩き付けられる。
――ガアア……ア゛アアア……。
炎上の最中、断末魔を上げる半魚人怪獣だが次第に弱っていき。
やがて力尽きるようにぐらりと倒れ込んだ。
うーむ、美学ねぇ!
燃え上がる敵怪獣に、それを鋭い目で見降ろすソドム!
まさに怪獣的だし、これほど素晴らしい絵なんてないんじゃないかしら!?
……って、そう言っている場合じゃないわね。
「すぐに離れるわよ! ソドム、《亜空間》に戻って!」
「どうしたの、エドナさん……? そんな慌てて……」
「話は後! とにかく急ぐから!」
私はソドムを《亜空間》に戻してから、猛スピードでサンフランシスコから離れた。
ケインには自動で空間制御が掛けられるので振り落とされるという事はないが、それでも猛スピードの影響で綾那がギュッとしがみついてくる。
そして彼女はもちろんの事、ギルも訳が分からないと困惑顔だ。
「本当にどうしたんですか? 慌てるなんてご主人様らしくないというか」
「さっきの街見たでしょ? 怪獣が出現したのに軍隊が出動していないし、住民も人っ子1人見当たらなかった。怪獣が来る前辺りから、皆あの街を退避したのよ」
「……それって……」
「ええ、核よ。だから使用される前に逃げないと」
さすがの私でも、核に対抗できるかどうか自信はない。
とにかく核の範囲内から早急に離れ、様子見をしようと試みたのだ。
が、どれだけ時間が経っても核爆発らしきものが起こらなかった。
サンフランシスコからかなり離れた荒野で見守っていたにもかかわらず。
「……来ないわね」
「ですね。珍しくご主人様の無駄骨で終わるとは」
「喧嘩売ってるの?」