第32話 米軍の軍人視点
広大な太平洋を、5隻の軍艦が突き進む。
米軍が誇る海軍艦隊。
まず3隻は最新鋭兵器と索敵能力を持った駆逐艦であり、海中に潜った獲物すら正確に葬る性能を持つ。
そして残り2隻は航空母艦。
滑走路には多くの戦闘機が多数搭載され、空から獲物を追撃する役目を担っている。
これほどの数が海を進むのは、その獲物――怪獣を倒す為。
今や太平洋だけではなく、海そのものが無数の怪獣の縄張りと化してしまっている。
貨物船が襲撃されて沈没されたケースなど1回2回ではなく、その影響で輸入輸出といった貿易が黙示録発生以前よりも滞ってしまっているのだ。
それによって世界中で起こっている、尋常ではない物価高騰と株価暴落。
世界中の国民が貧困にあえぎ、ロクに物を買えない状況が続いているのだ。
「……! 艦長、前方に巨影を確認!! ターゲットと思われます!!」
その物価高騰を何とかすべく、世界中の軍が日夜海棲怪獣と戦っているという訳である。
この海軍艦隊の進撃も、まさしくその内の一環。
索敵に従事する兵士が高らかに叫んだ時、艦長含めた総員の空気が張り詰める。
「いよいよだな……総員、戦闘体勢。前方のターゲットに、先制攻撃を仕掛ける」
「総員、戦闘体勢! 繰り返す! 総員、戦闘体勢!!」
艦内に鳴り響く警報。
それに伴い乗組員の動きが慌ただしくなり、砲塔の用意、別艦との連絡といった用意を行う。
そしてその最中、前方の海面が激しく波打ったのだ。
――キシャアアアアアアアアアアアアア!!!!
まるで爆ぜるように水しぶきが舞い、中からジャンプする巨影。
プレシオサウルスにカジキの吻を付けたような頭部、ギョロリとしていて焦点の合っていない赤い両眼、複数のヒレを付けた細長く黒光りする胴体。
その全長は、かなりの巨体を誇る駆逐艦よりもはるかに上回っていた。
「ターゲット、肉眼で確認!! 『バクナワ』で間違いありません!!」
バクナワ。
数か月前から太平洋に出現し、貿易を担う貨物船を幾度もなく撃沈。
さらに人喰いである事も確認されており、貨物船から投げ出された人間を容赦なく喰らい尽くしていったという。
このバクナワこそが、今回の海軍艦隊の掃討対象である。
そもそも過去に一度だけ交戦した事があるのだが、怪獣特有の生命力に加え駆逐艦をも沈める破壊力を持っている事もあり、成す術もなく逃がしてしまったという辛酸を味わってきたのだ。
言わば、海軍にとっては因縁の敵。
艦隊に乗り込む乗組員全員、「今日こそ決着を決める」という信念を持ってバクナワと対峙していた。
「照準合わせ! 目標バクナワ!!」
今回の指揮官でもある艦長の号令が、駆逐艦の砲塔を一斉にスライドさせる。
狙い先はバクナワ。
バクナワはウミヘビの如く横にくねらせながら、敵と定めただろう艦隊へと迫ってきている。
「――ファイア!!」
無数の砲塔から火を噴く。
糸のような煙を引きながら、バクナワへと集中的に着弾。
もちろん外れたものもあるが、大多数の弾はバクナワの滑りのある表皮にちゃんと当たっていた。
――シャアアアアアアアアアアアアアアア!!!
にも関わらず、バクナワの進行は緩まない。
甲高い咆哮を上げながら1隻の駆逐艦に向かったかと思えば、急にその駆逐艦の前で身体を沈めていく。
直後、駆逐艦が真っ二つに裂かれた。
下からバクナワが突貫し、鼻先の鋭い吻で艦体を斬り裂いていったのだ。
『うわあああああああああああああ!!!!』
『浸水確認!!! 浸水確認!!! ただちに退……があっ!!!』
『ギャアアアアアアアア!!!』
膨大な火を噴きながら傾く駆逐艦。
さらに無数の断末魔が通信から発せられ、苦々しく思う指揮官兼艦長。
しかし驚異的な破壊力を持っている怪獣に対して、今のような被害は避けられない事象でもある。
故に現在の大統領がとある方法で怪獣を早急に仕留めているが、これに対し艦長が「なるべく自分達で倒したい」と保留を進言していた。
何せその方法とは、一度使用すれば生態系を崩壊してしまう代物なのだから。
(我々が壊滅すれば大統領によって核が放たれる。いくら怪獣が恐ろしいとはいえ、そんな事をすれば太平洋の生態系がどうなるのかなど想像に難くない……何としてでも奴を仕留めなければ!)
「航空隊を発進させろ!! バクナワを攪乱する!!」
艦長の指示により、2隻の航空母艦から戦闘機が発進される。
バクナワへと虫のように集まる無数の戦闘機。
それらからミサイルが放たれ、海上を泳ぐバクナワの背面へと着弾、着弾、着弾。
もちろんこれは牽制の意味合いを兼ねているので、大したダメージになっていない。
代わりにバクナワが戦闘機に意識を向けていくので、その隙に駆逐艦が攻撃する手筈となっている。
言わば戦闘機は囮。
こうしなければならない事に苦しく思うも、それでも艦長は指示を仰ぐ。
「バクナワが航空隊に集中している。救助を行いつつ攻撃を開始する!!」
まず、撃沈された駆逐艦を別の1隻が人命救助。
それを残りが盾となって陣形を取り、バクナワへと照準を向ける。
今やバクナワは戦闘機を追いかけるように泳いでおり、艦隊に対して無警戒となっていた。
「ファイア!!!」
砲塔から放たれた砲弾が、次々とバクナワに直撃する。
それでもバクナワは悲鳴1つも上げず、あろう事か尻尾を海面から高らかに上げる。
尻尾の先端にはヒレの他に無数の棘が生えており、それで何をするのかを察する艦長。
「いかん! 航空隊、退避しろ!!」
艦長が叫んだ時には、バクナワが尻尾を大きく振るう。
その尻尾から生えた棘が射出され、次々と突き刺されてしまう戦闘機群。
無事だった残りの戦闘機はすぐ距離を取ろうとするも、それもまた再び射出された棘の餌食に。
きりもみ回転をしながら、戦闘機の残骸が海へと落ちていってしまった。
――キシャアアアアアアアアアンンンン!!!
1回目の交戦の際、艦長達はこの棘攻撃によって大打撃を喰らわされていた。
射出された棘の速さに駆逐艦の回避行動が間に合わず、しかも艦橋や機関室などに直撃。
戦闘行為に麻痺が起こってしまったのである。
1回目の際にはなかった航空母艦を出撃させたのは、航空隊の機動性で棘をかわしつつ艦隊攻撃をする……そういう作戦があったからだ。
しかしその航空隊が全滅してしまい、艦長に焦燥感が走る。
「艦長、一時撤退を提言します!! このままでは我々が!!」
「いや、我々が撤退すれば即座に核が放たれる!! まだ我々には戦力が……」
『バクナワがこちらを……!! ガアアアアアアアアアアア……!!!』
「!?」
隣の駆逐艦に無数の棘が直撃。
艦橋を含めた全体に棘が突き刺さり、連続の爆発が起こる。
そして追撃とばかりにバクナワが肉薄し、吻で駆逐艦を両断していった。
「おのれ……!!」
歯ぎしりをする艦長であるが、そう悠長な事はしていられない。
バクナワが彼の乗る駆逐艦へと向かって来るからだ。
艦隊が砲撃の雨を降らせるも、バクナワは意を介さずに突き進む。
自分の脅威である艦隊を、根こそぎ葬る為。
「クッ……!!」
もはやこれまでか。
艦長に死がよぎった……その瞬間。
「こ、これは……艦長! 深海よりバクナワとは別の反応を捕捉!! 徐々にこちらに迫りつつあります!!」
「何、反応だと……!?」
索敵の報告を聞いて、艦長や他の乗組員が一斉に振り返った。
確かにレーダーには、バクナワのものとは別の反応を示している。
しかも、急速にバクナワへと接近している。
やがてそれが海上に出ると知り、艦長達がバクナワの方を見た。
そして、
――!!!?
大きな水しぶきと共に、バクナワが飛び上がった。
いや、飛び上がったのではなく、何者かにくわえられたのだ。
――キシャアアアア!!?? シャアアアアアアアアアアア!!!!
バクナワの悲鳴も虚しく、その個体によって海中へと沈められてしまう。
そうしてしばらく経って、彼らがいた海面に漂う赤い血。
艦内全体が静まり返る中、艦長が察したのはただ1つ。
「……バクナワが、喰われた……」
彼は以前、「アザラシをくわえながら飛び上がるシャチ」の動画を見た事があった。
まさに今の光景は、その動画とまったく同じシチュエーションだったのである。
強襲してきたのは言うまでもなく海棲怪獣であり、バクナワとは引けを取らない大きさを誇っていた。
さらに一瞬見えたその姿に、艦長は見覚えがあったのだ。
「あれは……間違いなく……」