第31話 オッサンを成敗
「綾那、伏せなさい」
「……っ!」
私の指示通り、バッと地面にしゃがむ綾那。
その瞬間、ボディガード達のテーザー銃から電流を帯びた弾丸が放たれる。
私は跳躍で回避し、そのまま1人のみぞおちに飛び蹴りをぶちこんだ。
「うごっ!!?」
「は、速……がぁあ!!」
さらに、すぐ近くにいた1人に回し蹴りをかます。
陀魏山の熊をノックアウトさせた時みたく、私にはそれなりの身体能力を持っている。
もちろん魔力で補強している面もあるが、基本は生きていく為にとかなり鍛えていたのだ。
「お、おい、何やってる!! さっさと黙らせろ!!」
焦りながらも急かす大久保が、なんとも滑稽か。
鼻で笑いつつもテーザー銃の弾丸を避け続け、すかさず撃ってきた奴にエルボーを叩き込む。
そこからは一方的な連撃。
テーザー銃を撃ち続けるボディガードどもを、1人ずつ肉薄してはなぎ倒す。
生きる為に力を蓄え続けた私と、ロクに実戦を受けていないトーシローの違いというやつだ。
「くっ!! おい、そいつらを解放しろ!! 今すぐ!!」
「で、でも、そんな事をしたらこちらに……」
「テーザー銃で黙らせればいいだろ!! とにかくあの女を何とかしろ!!」
警棒で襲いかかってきたボディガードに蹴りをかました時、金属が擦れ合う音が聞こえてきた。
奴らが、檻の中の寄生虫怪獣を解放したらしい。
檻を開けたボディガードが後方へ逃げていった後、数体の寄生虫怪獣が私めがけて走り出したのだ。
――ア゛ワ゛ワワワワワワワワワワワワァ!!
「ちょうどよかったわ。この際だから、あんた達に見せてあげる」
私はそう言って、自分と寄生虫怪獣の間に《亜空間》の穴を解放させる。
その穴から巨大な影が着地。
寄生虫怪獣の何体かが踏み潰され、さらには着地の衝撃波でその生き残りを吹き飛ばしてくれた。
――ア゛アア!!!?
「真の意味で従えた怪獣を、ね」
――オ゛オ゛オオオオオオオオオオオオオォォォォ!!!!
そう、《亜空間》から出したのはソドムに他ならない。
私がもっとも可愛がっている、大事な下僕たる巨大怪獣。
突然現れた彼を前に、後方に下がっていた大久保達が驚愕の色を隠せないでいるようだ。
「な、なっ……!? こいつは以前から行方不明になっていた……!! 何故ソドムがここに……!!」
「ソドム、そいつらをお願い。後ろの人間達は放っておいていいから」
――グオオオオオオオオオオオオンン!!!
何体かはソドムに踏み潰されたとは言え、まだ生き残りがいる。
彼がそいつらへと剛腕を繰り出すと、一目散に逃げる寄生虫怪獣達。
そいつらがいた場所に剛腕が叩き付けられ、小規模の地震が発生。
寄生虫怪獣達の方は悲鳴に似た鳴き声を上げながら、大久保達の方へと走り出す。
「お、おい!! こっちに向かって来るぞ!! 撃て撃て!!」
ボディガードがテーザー銃を掲げるも、時すでに遅し。
撃つよりも前に寄生虫怪獣が覆い被さり、その鋭い牙で噛み付きながらボディガードを引きずり回す。
声にならない悲鳴を上げるボディガード。
さらにもう2体が目指す先は、皮肉にもご主人様の大久保だ。
「ひっ、うわああああああああぁ!! やめっ、やめっ!!! ギャアアアアアアアアアアアア!!!」
2体の寄生虫怪獣に襲われ、先のボディガードのように引きずり回される大久保。
ぼろ雑巾のように乱暴にされ、皮膚が裂かれ、さらにボディガードを襲っていた個体も参加して引っ張り合いをされる始末。
ボディガード達はというと、恐れをなしてか主人を助けずに逃げてしまう。
テーザー銃があっても恐怖が勝ったのか、あるいは主人の人望がないせいか。
「ソドム」
こりゃあもう、介錯するしかないか。
私の指示を受けたソドムが再び剛腕を振るい、まだ生きている大久保ごと寄生虫怪獣達を叩き潰した。
ソドムの手のひらから溢れ出る寄生虫怪獣の体液と甲殻、大久保の鮮血、そして両者の断末魔の悲鳴。
――グルルウウ…………。
ソドムが地面から手を上げると、ぐしゃぐしゃのトマトになった寄生虫怪獣と大久保が露になった。
なお手のひらにはその肉片が張り付いているが、煩わしく感じただろう彼が振り払って剥がす。
喰ったりとかしなくてよかったわ。
もし寄生虫怪獣を食べる事になったら、大久保の痕跡も一緒に腹の中に行ってしまうもの。
下僕がクズな奴に汚染されてしまうのは絶対嫌だ。
「これで分かったでしょう? 私はあんたみたく、怪獣を檻に入れるなんて無粋な真似をしない。その為の力を持っているんだもの」
「何、死体に向けて得意気になっているんですか。今のご主人様、猟奇的ですって……ってあいた」
「とりあえずこれに懲りて、来世では怪獣を引き取ろうなんてしない事ね。覚えていればの話だけど」
それ相応の力がなければ、強大な力を持った怪獣を制御できない。
身の程を知らない以上、こうして火傷どころではない仕打ちを受けるのは必然でもある。
帽子の中のギルを小突いてからそれを大久保に伝えた後、私は地面に伏せる綾那の元へと向かって行った。
生き残ったボディガードの方は唖然としていて、私に襲い掛かるなんて事はしなかった。
「綾那、起きなさい。もう大丈夫よ」
「あっ、うん……。エドナさん、怪我大丈夫……?」
「別に何ともないわ……って、服が土で汚れているじゃない。ちょっと待って」
咄嗟に地面に伏せたせいで、綾那の服が土まみれだ。
すぐに水属性魔法を彼女の服に染み込ませ、その水を土ごと回収。
私お得意の即席洗浄で、服が洗濯したてみたく綺麗になった。
「ありがとう、エドナさん……ってうわぁ、何か酷い光景だね……」
「あまり見ない方がいいわよ。さぁ、さっさとここを離れるわよ、ソドム」
もうここには用がないので、私はソドムへと《亜空間》を開けた。
そんな時に聞こえてくるサイレン。
どうやらパトカーのものらしく、ソドムの咆哮を聞いた付近の住民が通報したのかもしれない。
ちょうどいいや。あとは警察に任せておこう。
寄生虫怪獣の死骸とかの証拠があるし、叩いたら埃が出そうだしね。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
こうして、大久保の屋敷を後にした私達。
少し遠い場所から様子を窺ってみれば、やはり案の定警察のパトカーが集まってきたようだ。
それから数分経って、手錠を付けたボディガード達が屋敷の外に出てくる。
庭に転がった寄生虫怪獣を隠す事が出来ず、ついに観念した……といったところだろう。
なおそれだけではなく、毛布を巻いた女性2人が警察と共に姿を現した。
こちらはボディガードみたく手錠をされていない様子。
毛布をまくっている。手錠はしていない。
つまりそういう事。
大久保が女性を雇っているなんて言っていたが、そういう意味での雇っているという意味だったのか。
ますますゲスな奴だよ。
「ん?」
その女性達が遠くに浮いている私達に気付いたものの、何故かペコリと頭を下げたのだ。
私の様子を屋敷の中から見ていたのだろうか。
接触するつもりはないので真相は明らかではないが、そういう事にしておこう。
とにかくこれ以上は警察にバレそうなので、すぐにその場を離れる私達。
着いた先は人気のない瓦礫の山で、その場所にソドムを《亜空間》から召喚。
大久保や寄生虫怪獣の血でまみれた左腕を、丹念に水属性魔法で除去していった。
「ごめんねソドム、あなたに余計な仕事をさせちゃって」
《別にいい……お前の頼みなら何だって聞くから》
「ほんとにごめん。でもまぁ、寄生虫を叩き潰した時のあなた凄くよかったわ! 雑魚でも容赦しないって辺りとかさ!」
私は大久保達を叩き潰したソドムの左手を、愛おしくナデナデした。
その手は筋肉の塊と言わんばかりにかなり固く、さらには鋭い杭のような爪も備わっている。
常人なら恐れられるだろうその身体の一部も、私にとっては美しいものに見えてしまうのだ。
「あたしもあたしも……。シームルグ、こっちおいで~……」
――キュウルルルルル……。
綾那の方も私に見習ってか、《亜空間》からついでに出したシームルグとベタベタ中だ。
実に楽しそうで何より。
怪獣と触れ合うという、この世界では滅多にあり得ない事をしている私達は幸せ者かもしれない。
「にしても、怪獣を飼っている人間がいるとは。そういうヤバいの、てっきりご主人様達だけかと思いましたよ」
と、幸せの余韻をぶっ壊す一言が舞い込む。
それを発した隣の召使い野郎を睨みつつも、私なりの答えを出す事にする。
「怪獣というのは脅威そのもので、人間には届きようがない未知の領域でもある。その領域に踏み込もうとする人間がいてもおかしくないし、これからもそういうのが出てくるのかもしれない。まっ、私みたいに完全な主従関係を築いているとは思えないけど」
「……ほんと、そういう自信はどこから出てくるのやら。頭が痛くなりますよ……」
何だ、私が頭を叩く必要はなかったみたい。
思う存分、頭痛で悩まされるがいいさ。
そんな召使いを放っておいて、改めて下僕のソドムを見やる。
私はあの寄生虫怪獣で満足していたオッサンとは違い、こうして巨大怪獣を真の意味で従わせている。
それだけで愉悦が湧いて、心がウズウズする。
今日の体験は「そんな簡単に怪獣を従わせる事が出来ない」という教訓が得れて、そう悪い事ではなかっただろう。
「……ん?」
そう回顧していた途端、ある事に気付いた。
ソドムが、私ではなく明後日の方に瞳孔を向けているのを。
「ソドム?」
顔とかを撫でている時、彼は常に私を見つめてくるのだ。
それがどうしてか、いつもとは様子が違う。
思わずソドムの見ている方へ振り向くも、そこには何もない。
ただ瓦礫の山が広がっているだけだ。
「何か気になるものでもあるかしら?」
《……気配が感じる……》
ならばとソドムに尋ねると、彼からの返答が聞こえてくる。
その言葉の意味を、私は後に知る事となったのだ。
《これほどにない強い気配が……》