第30話 怪獣の飼い方
何度も説明されたように、この世界において怪獣は『脅威』である。
決して人間には制御できない強大な力。その化身たる存在。
飼い慣らすなんて真似をしたら、たちまちそういう事をした人間が踏み潰されるのは想像に難くない。凶暴な大型なら尚更だ。
小型であるなら捕獲したなんて話があるらしいが、それらは研究目的などで隔離されたり、殺すか瀕死にするかして捕獲したケースがザラだ。
当然、そういうのは「飼い慣らす」なんて言葉は適切ではない。
たとえ小型であろうとも怪獣は怪獣で、飼い慣らすには危険が伴うという事なのだ。
が、これらは《知識感応》範囲内の情報。
もしかしたらその情報外で、怪獣を飼い慣らす事に成功したという事があるのかもしれない。
一緒に軍用オープンカーに乗る大久保という男性は、その方法を何らかの形で成功したのだろうか。
もっとも、このオッサンの言っている事が正しいのであればの話だが。
「……綾那、やっぱ一旦家に帰った方がよかった?」
「ううん、エドナさんがいるから平気……」
それはそうと私と綾那は後部座席に乗っているが、その隣の綾那が私の腕にしがみついているのだ。
十中八九、助手席に乗る大久保という『大人』を警戒している。
まぁ、経緯が経緯だし、大久保自身が友好そうな見た目ではないから無理もないのだが。
……にしても、私も彼女から見れば十分大人なのに、結構懐かれているわね。
いや本当に今更だけど、私がママ代わりとかそんな感じなのかしら?
「にしてもお前達、一体何者なんだ? 空を飛んで怪獣を引き連れているなんて、どう考えても普通とは思えないのだが」
「だったら聞かない方がいいわよ。余計混乱すると思うから」
「それもそうだな。じゃあ、さっきの猛禽類の怪獣がどこに行ったのかも?」
「ノーコメントで」
「そうか。まぁ、怪獣だなんて非日常な奴らが現れたんだ。魔女みたいな奴がいてもおかしくないかもな。……っと、ここだ」
大久保と会話していた途端、軍用オープンカーが停車をした。
目の前に広がっているのは、大きな木造の門。
その周囲を高い塀が囲っていて、さらに奥には大きな屋敷がひょっこり顔を出している。植木もたくさんあるようだ。
……あー、そういう意味?
この大久保というオッサン、もしかしてヤーサン的な?
「心配しなくても、俺はそういうヤクザ者の類じゃないさ。ちょいと投資に力入れてるんでね」
私の思っている事を大久保に当てられたらしい。
まぁ、オッサンがヤーサンでもそうでなくでもまったく構わないが。
運転していたボディガードが門を開けてくれたので、私達は大久保と共に潜り抜ける。
そうして進んでいくと、塀の外では見えなかった屋敷の全貌が露に。
庭に包まれたその荘厳な姿は、私に元の世界で見た貴族の豪邸を想起させていった。
……が、問題はそこではない。
「それで? あなたの飼っている怪獣はどこなのかしら? まさか嘘だなんて言うつもりじゃないわよね?」
屋敷なんてどうでもいい。
私が見たいのは、このオッサンが飼っているという怪獣だ。
私達以外で怪獣を手懐けているというのなら、ぜひともお目にかかりたいもの。
それが嘘だった場合、即座にここから出て行く事になるのだが。
「そう急かすな。ちゃんと用意する」
大久保がそう言った途端、近くのガレージのシャッターが上へ上へと開けられていった。
そのシャッターの軋み音の中、何かが聞こえてくる。
――ア゛ワ゛ワワアアアアア!!! ア゛ワ゛ワワワワワアアア!!
「アワワワ」と間抜けな言葉に聞こえるも、それをおぞましくしたような発し方をしている。
シャッターが完全に開けられていくと、ボディガードと思われる男達がある物を引っ張りながら外に出てきた。
「……ひっ……」
綾那が引いたのも当然。
ボディガード達が引っ張ってきたのは数個の車輪の付いた檻で、その中に小型怪獣らしき異形が蠢いていたのだ。
――ア゛ワ゛ワワワワワワワワァ!!
――ア゛ワ゛ワワワア゛ワワワアアア!!
牙の生えた大きな口、蜘蛛を思わせる複数の眼、灰色の甲殻、そして全身の至るところから生えた複数の脚。
アバドンと同じく虫のような姿だが、あちらがイナゴを巨大化したような印象なのに対し、こちらは既存生物に該当しないエイリアン的な印象だ。
とても凶暴らしく、奇声と涎を撒き散らしながら何度も檻に激突している。
その姿は、あまりにも醜い。
ソドムみたいな荒々しさが微塵も感じられない。
「一体これは?」
「マンハッタンを襲撃した怪獣に取り付いていた寄生虫だ。その怪獣は核攻撃でマンハッタンもろとも滅却されたものの、こいつらだけ数体生き延びてな。それを捕獲して闇ルートで……といった感じだ」
「マンハッタンと言えば……アメリカか。よく法を掻いくぐって輸入できたわね」
「今じゃあ、国をまたがった貿易が怪獣関連でゴタゴタしている。その隙を搔いくぐるなんて訳がないんだ。その分、こいつらの餌代で多少困っているんだがな」
「ふーん」
私が寄生虫怪獣を見ると、相手も黒い複眼をこちらを睨んできた。
明らかに獲物と認識しているようで、私に向かって突撃するような仕草まで見せている。
――ガッカリだ。
オッサンの言葉からして上手く手懐けているとばかり思っていたが、どうやら筋違いだったようである。
小型怪獣を厳重に檻に入れて、しかもその凶暴性丸出しの性質を制御できていない。
これは「飼い慣らす」ではない、「拘束している」に等しい。
「……で、これを私達に見せるだけ? 何か別件があるんじゃないの?」
ともかく、私は大久保の考えている事について尋ねた。
それを待ってましたとばかりに、「話が早いな」と笑みを浮かべる大久保。
「なら単刀直入に言うが、さっきの猛禽類怪獣……俺に譲ってくれないか? 怪獣が人間に懐くなんて滅多にない事だし、コレクションのし甲斐があるからな」
「譲った途端に暴れ回るって発想ないの? そうなったらどうなるかなんて、さっきの戦闘を見れば一目瞭然のはずだけど」
「もちろん、そんなのはこいつらを見れば分かるさ。そこでなんだが、その女の子と共に俺の下で働かないか? 一応これでも女性の使用人は雇っているし、1人2人増えても問題ないしな。さらに特別手当として、かなりの高額を支給する。どうだ、悪い話じゃないと思うんだが?」
「…………」
どうもこの男、私達を懐柔する事でシームルグを手に入れようとしているようだ。
『かいじゅう』だけに。
なんてダジャレを思い浮かべるくらいには、実に上手い話をしてくるもんだと感心してしまう。
上手い話過ぎて……反吐が出る。
「寝言にしては随分舌の回る話するじゃないの、オッサン」
「……何だと?」
包み隠さず物申せば、大久保の表情が強張るのが見えた。
それが面白くて、つい口角が上がってしまう。
「ハッキリ言うけど、怪獣はあんたみたいな凡人に制御できる存在じゃないの。そこの寄生虫はただ檻に入れて眺めているだけ。それでコレクションだなんて片腹痛いわ」
「……片腹痛いだ……?」
「怪獣を制御するには相応の力が必要。私にはその力があるし、それで初めて主従関係が生まれるというもの。怪獣はあんたのようなつまらない人間じゃなく、私に仕えてこそ輝くのよ!!」
「ハアアアアアア……」
高らかに宣言した後、帽子の中からギルの深い深いため息が発せられた。
またかこいつは。
でもそれを指摘する間もなく、私達の周囲をボディガード達が取り囲んでくる。
しかも手元にはアサルトライフルらしき銃が。
「……寄生虫怪獣を黙らせる為のテーザー銃だ。人間には試していないが、後遺症は残るくらいの威力はあるらしい」
「日本って銃規制が厳しいはずだけど、これも貿易のゴタゴタに紛れて?」
「まぁそうだな。それよりも、あまり人には撃ちたくないからチャンスをあげたい。もう一回言うが、俺に怪獣を譲ってくれないか?」
「……女に二言はないわ」
私の答えはもう決まっているのだ。
それを聞いた途端、大久保があからさまに歯ぎしりをするのだった。
「署長に言えば何とかなるんだ。小さい女の子には撃つなよ」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
今回登場した小型怪獣にも、もちろんオマージュというか元ネタが存在します。
というか経緯がまんまなので、多分お気付きになった方も多いかと。
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