第3話 ここから始まる怪獣下僕ライフ
この世界の全ての情報は、先ほどの若い女性で完璧に取得している。
今私達がいるのは『日本』という国である事、年代が西暦2025年である事、そして魔法ではなく科学が発展しているという事。
《知識感応》のおかげで、それらをすんなり受け入れる事が出来る。
もちろん、スマホとかパソコンといった未知の単語も理解済みだ。
『2015年に発生した怪獣災害は依然として終わらず、世界中で頻発しております。最初の怪獣災害はアメリカニューヨーク州に出現した大蜘蛛怪獣「アラクネ」ですが、その後も様々な姿をした怪獣が出現し、世界各国の人々を恐怖に陥れております』
電気屋のショーウインドーに置かれているテレビ。
私はその前に立ってから、帽子から顔を出すギルへと手をかざしていた。
今こいつに対して、《知識感応》で得た知識を付加させているところである。
それが終わった後、テレビのニュースをまじまじと見るギル。
ニュースには街を蹂躙する竜のような怪獣、海を泳ぐ魚の怪獣、そして街の上空を飛ぶ鳥の怪獣と、様々な怪獣の場面が映し出されている。
「……理解しましたが、思った以上にヤバい状況なんですね……」
「10年前までは普通な世界だったらしいからね。まぁ紛争とかあったみたいけど」
恐らくなんだが、ここは元の世界に比べればはるかに平和だったのだろう。
魔獣の襲撃はもちろんの事、私みたいな血みどろ臭い境遇もほとんど起きなかったというのだから。
それが10年前の2015年、全てが狂ってしまったという。
『こちらが最初に出現した大蜘蛛怪獣「アラクネ」です。ここから全てが始まったと言っても過言ではありません』
男性のニュースキャスターがそう言った後、過去の映像が公開されていった。
日本から東に存在するという大国――アメリカニューヨーク州。
その塔を思わせる高層ビルの間を蠢くのが、大蜘蛛を思わせる巨大生物。
最初に出現した「怪獣」という存在で、ビルを手当たり次第になぎ倒していくのが見て取れる。
そこに砲塔を携えた数台の車……要は戦車がやって来て砲撃するも、アラクネは爆炎に囲まれながらも進撃を続けていた。
『ビルをなぎ倒す破壊力、兵器の攻撃すら耐えうる生命力。それが我々に映画の怪獣を想起させ、かの存在がフィクションの中だけではない事を知りました。怪獣はまさしく実在していたという事なのです』
ニュースキャスターが言っている通り、本来怪獣はこの世界にとって招かれざる客なのだ。
2015年までは怪獣は空想の存在で、現実に現れる事なんてないと思っていた。
それがその年になって現れたのだから、全世界が驚愕したのは想像に難くない。
『知っての通り、アラクネは米軍が数時間を掛けて掃討しましたが、その後も多種多様な怪獣が人口密集地を襲撃しております。果たしてこの怪獣黙示録に終わりが来るのか、我々でさえ分かりません』
「怪獣黙示録……ですか。確かに、この現象をそう呼ばざるを得ないですね」
「そうかもね」
そして世界中の人々が、この怪獣大量発生の日々を怪獣黙示録と呼称したという訳だ。
そも怪獣は、今でも起こってる地球沸騰化といった環境破壊や異常気象などで誕生したとも言われている。
故に人々は「怪獣は環境破壊をしてきた自分達への天罰なのでは」と思い、自らの行いを悔いているとか何とか。
「黙示録」という不穏なネーミングは、まさにこの状況にピッタリかもしれない。
「まぁ、私の知った事じゃないんだけど」
と言って、私は電気屋から離れていった。
自分は人の為に活躍するヒーローではない。
世界各地で怪獣が出現しているからと言って、「怪獣から人々を守ろう!」なんてならないのだ。
「安心しました。逆に人々の為に怪獣を倒すって言ったら、ボクひっくり返って泡吹きましたよ」
「信頼されてるようで何よりだわ。とにかく、この世界には魔獣を思わせる怪獣が存在する。ここに私達が転移したのも、きっと偶然ではないかもね」
「どうせこう言うのでしょう? この世界に来たからには、怪獣を下僕してやるんだとか」
「当たりー」
皮肉っぽく口にしたギルに対して、私はニコッとした。
「町を破壊した怪獣は地面に潜伏している。その子が地表に出てきた瞬間、私の《テイム》で下僕にしてやるのよ」
「それで終わりとは言わないですよね?」
「まさか。その子だけじゃなく、もっと多くの怪獣を手中に収めるつもりよ。ここから私の……そう、『怪獣下僕ライフ』が始まるんだから!」
「何ですか、怪獣下僕ライフって。字面からして禍々しいんですが」
元の世界では刺客に邪魔されて、いわゆる魔獣下僕ライフを築く事が出来なかった。
だがこちらはその邪魔がない上に、怪獣という魔獣に取って代わる魅力的な存在がいる。
私の中で決心が固まっているのだ。
建物を蹂躙するほどの、強大で凶暴な怪獣達を下僕にする。
それをこの世界でやり遂げるのが、私の目的なのだ!
……なお、私の言葉に通行人が怪訝そうに見てきたので、咳払いしつつ早歩き。
ギルと話しても問題なかった環境にいたせいで、ついポカをやってしまった。
「やっぱりご主人様って悪目立ちするのでは? いくら何でも色々浮いてますし」
「そうかしら? コスプレしてるとしか思われないはずだけど」
「だからこそですよ。そんな胸元丸出しの痴女みたいな格好なんてして、男達に言い寄られるのも時間の問題。誘ってますって言っているようなものですって」
「フフッ……あんたのそのズケズケ言う精神、嫌いじゃないわ。絞め落としたいくらいよ」
この魔女の服装は、これまで稼いできた金で購入したオーダーメイドでもある。
かなり気に入っているし、そう易々着替える事もしたくない。
ちなみに、今いる場所はさっきの怪獣襲撃とは離れた地域であるが、それでも道歩く人々から暗い雰囲気が醸し出されている。
いつ終わるのか分からない怪獣黙示録の真っ只中なのだ。
そんな雰囲気になってしまうのも無理ないだろう。
その影響か、こちらを遠巻きに見ているだけで絡んできたりとかしてこない。
「とりあえず住む場所を探さないとねぇ。食糧は《亜空間》の中にしまってあるけど、もし少なくなってきたら……むっ」
人に怪しまれないよう、ボソッとこれからの事を呟いていたその時。
私の頭の中に、言葉のようなものが浮かんできたのだ。
それは私が放った《ゴーレム》の思念に他ならない。
「……? ご主人様どうし……ああ、そういう事ですか」
帽子の中のギルが理解したと同時に、まるで魔獣の遠吠えのように響き渡る低音。
サイレンという非常事態を知らせる音だと気付いてすぐ、男性の間延びしたアナウンスが聞こえてきた。
『住民の皆様に……お知らせします。先ほど……午後5時浅草において……怪獣……怪獣が出現しました……。怪獣は……先ほど上野に出現した個体と同一種と思われ……自衛隊が直ちに……』
「……おい、それってここからそう遠くないじゃないか!!」
「あいつ、そんなに遠くに行ってなかったのか……」
「嘘だろ……勘弁してくれよもう……」
「ママ……怖いよ……」
「大丈夫……ママが付いてるから……付いてるから安心して……ね?」
「警察です!! この地区においても避難勧告が出ました!! 我々の誘導に従って避難をお願いします!! 焦らず落ち着いて行動して下さい!!」
アナウンスを聞いて、人々の表情に不安と恐怖が浮かび上がる。警察とやらも現れてきた。
怪獣の襲撃が、彼らにとってどういうものなのかありありと伝えられる緊迫した瞬間だ。
が、それとは対照的に私は口角を上げていた。
《ゴーレム》が送ってきた内容は、まさに私が待っていたものだから。
「《ゴーレム》が怪獣の居場所を突き止めたわ。しかも既に地表に出ている」
「でしょうね。で、どちらに出てきたんですか?」
「今から行くから焦んない焦んない」
すぐに路地裏の中に入った後、《亜空間》からある物を取り出す。
『ケイン』。
私が愛用する巨大な黒い杖で、様々な事に使用可能。
攻撃やスキルの発動はもちろんの事、魔女の箒よろしく乗って飛行も出来るのだ。
「今すぐ下僕にしてやるから待っていなさい、『ソドム』!」
私はニヤリと笑みを浮かべながら、ケインに乗って飛び立った。
今口にしたのが、先ほど現れた怪獣の名前。
これもまた《知識感応》の賜物だ。