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第29話 舞い込む胡散臭い男

「ここで降りるわよ」


 アバドンとかいうイナゴ怪獣を葬った後、私達は比較的広い路地裏へと降り立った。

 綾那もシームルグから降りてすぐ、彼へと愛おしそうに頬ずりする。


「さっきのシームルグ凄かった~……! 翼から羽毛を発射したりとか、口から雷が出たりとか、もうカッコよすぎだよ~……!」


「ボクも驚きでしたね。まさか倍以上の大きさの怪獣を瞬殺するなんて……ねぇご主人様?」


「まぁ、確かにそうね」


 ギルの言う通り、シームルグは自分の倍以上のアバドンを葬ったのだ。

「綾那が乗る事で彼女の魔法が使える」というバフがあるとはいえ、これには目を見張るものがある。


 ちなみに経緯(いきさつ)に関してだが、今日で陀魏山に移り住んでから数日が経っていた。


 山の生活に馴染んできた頃、事前に放った《ゴーレム》から「怪獣が現れた」という報告を聞いたので、私は綾那達を連れて街へと直行したのだ。


 いつものように私の基準に達していれば即下僕にしようと思っていたが、その現れた怪獣はイナゴを巨大化したようなグロテスクな姿。

 親近感が湧かないし、綾那も「うわっ……」とドン引きする始末なので、ひとまずイナゴ怪獣アバドンを葬ろうとしたのだ。


 そうしたら一緒にケインに乗っている綾那が、


『あたしとシームルグにやらせて……。この間の……何だろ? 口から魔法を放つやつ? あれでやっつけたい……』


 自分から実戦を申してきたので、最初は迷った。

 

 ただ何かあれば私がフォローすればいいし、彼女とシームルグの力がどれほどのものか気になってはいた。

 なのでシームルグを《亜空間》から出してやらせてみたところ、見事アバドンを肉片へと変えてしまったという訳。


 私やソドムほどではないだろうが、まさしく圧倒的だ。


「案外、シームルグと綾那は相性が良いかもね。あなた達がこうして主従関係になったのも運命だったかも」


「そうなんだぁ……。シームルグ、あたし達相性が良いんだって……よかったねぇ」


 ――キュウルルルルル……。


 シームルグはソドムとは違い、《言語理解》を与えても言葉が使えない。

 それでも彼が嬉しそうなのは表情を見れば分かるし、まさしく綾那を主人として認めている証だ。


 綾那に彼を与えて正解だったかもしれない。

 同じ怪獣を愛する者として、少し誇らしく感じる。


「とりあえずシームルグを《亜空間》に入れておくわ、綾那は一旦離れて」


「あっ、うん……。シームルグ、また後でね……」


 ――キュウ。


 綾那が離れた後、私はシームルグを《亜空間》の中へと待機させた。

 

 その途端、何かしらの声が聞こえてきたので向かってみると、それがビルに設置された大型ビジョンからというのが分かった。

 ビジョンにはニュースが流れていて、女性アナウンサーが淡々と告げている。


『昨日の午後11時頃、米軍による核攻撃がアメリカミシシッピ州で行われました。ミシシッピ州には数体の怪獣が暴れ回っており、米軍はこれに対応すべく……』


「核……確か放射性物質が出る極めて非効率的な兵器だったかしら。破壊力のある高等魔法の方がよっぽどマシだわ」


「魔法の概念がないんですからしょうがないでしょう。まぁ、厄介そうなのは分かるんですがね」


《知識感応》で取り込んだこの世界の知識に、当然核兵器も含まれている。

 

 核兵器は広範囲に渡って破壊をもたらし、かつ体を蝕む放射性物質を撒き散らし汚染させる。

 

 私がこの世界に転移するより前から、米軍がそれによって怪獣を葬ってきたようだが、そんな危険な物をポンポン使う心情が理解できかねない。

 それほど米軍が怪獣を恐ろしく思っているという事だろうが、結果として土地を汚染させてしまうのだから本末転倒もいいところだ。


「にしてもアメリカねぇ。現れた怪獣次第じゃ、そっちに行く事になるかも」


「アメリカって結構遠いよ……? それに最近は怪獣に襲われやすいからって、飛行機の制限が掛かっているし……」


「心配ないわ。その為のスキルがあるんだし、それを使えば……」


「ちょっといいか?」


「ん?」


 綾那へと答えた時、不意に男性の声が聞こえてくる。


 振り返ってみると、小太りの男性が軍用オープンカーから降りる光景があった。

 ここはもう住民の避難がされているはずだが、それでもいるというのは単なる命知らずか。


 なお男性の接近に対し、ギルがそそくさ私の帽子へと隠れる。

 なので、男性はギルの事に気付いていない。


「一体何の用かしら? ナンパならお断りなんだけど」


「いや、そういうのじゃないんだ。実はさっき見せてもらったんだが……君らが怪獣と一緒にアバドンを倒すところ。色んな意味で凄くて、今でも現実なのかと思ってるくらいだよ」


「ふーんそう。それで、その事が一体どうなるっていうの? 言っておくけど、それを脅したり広めたりしても痛くも痒くもないんだけど」


 実際そうだ。

 それをネタにこの男性が脅したところで、元々この世界の人間ではない私と親族のいない綾那にとってはどうって事はない。失う物がほとんどないからだ。


 そして仮に「怪獣を手懐けられる魔女がいる」と世間に広めたとして、果たしてどれほどの人間が信じるか。

 

 (いな)、滅多にいないだろう。

 何せ黙示録を引き起こす怪獣とそれに怯える人間とでは、よほどの事がない限り相容れる事はないのだから。


 たとえ男性が馬鹿正直に私達の存在を伝えたり映像に収めたところで、世間の人間は必ず妄想扱いにするだろう。

 特に魔女である私なんか、アニメの見過ぎだと片付けるに違いない。


「そう警戒しないでくれ、別にそのつもりは一切ないんだ。ただなぁ、割と親近感があるんだよ。怪獣を手懐けている事に」


「……それどういう意味?」


「実はな……俺も怪獣、飼っているんだよ。今そいつは家にいるから、よかったら見てみるか?」


 ……ほう? 面白い事を言うじゃない、この男。

 家にいるのなら、十中八九小型だと思われるが。

 

 言うまでもなく巨大な個体はどうやったって制御できないが、逆に以前に遭遇したネズミ怪獣のような小型なら話は別。

 それをどうにかして飼い慣らす手段があるという事か。


 ……その怪獣、本当の話なら少し見ておきたいわね。

 本当の話ならば。


 男性……というかオッサンは胡散臭くて好かないものの、怪獣に関しては興味を隠せない。

 もし怪獣を飼っているというのが事実なら、それを拝見するのも悪くないだろう。


「……どうせ暇だしね。いいわよ、その家に案内させてくれる?」


「決まりだな。それじゃあ、この車に乗ってくれ。すぐに案内してやろう」


 軍用オープンカーに乗り込むオッサンに、私も続こうとする。

 その時に綾那が裾を掴んで、不安な面相で見上げてきた。


「エドナさん、大丈夫なの……?」


「ちょっとした暇つぶしよ、問題はないわ。それに何かあれば、スタコラ逃げればいいしね。どうにかなるわよ」


「……確かに。じゃあ、エドナさんに任せるよ……」


 この子、すっかり私の事を信じるようになったな。

 近くで私の実力を見ているから当たり前だけど。

 

 という訳で、綾那もオッサンの車へと乗り込もうとする。

 なお話を聞いて呆れたのか、帽子の中からギルのため息が聞こえてきたのだった。

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