第28話 とある男性視点
『……市に……避難勧告が発令されました……付近の住民の方々は……ただちに避難を……』
「ここだな。多分この辺に現れるはずだ」
「分かりました」
人がいなくなったとある街。
実は新たに出現した怪獣が接近しているという事もあり、既に市民が避難してしまったのだ。
人のいない街にはサイレン及びアナウンスが虚しく響いており、さながらゴーストタウンのような雰囲気を醸し出している。
その場所を、エンジンを流しながら現れた1台の車。
払い下げられた軍用オープンカーであり、運転席にはグラサンをかけた屈強な男性、助手席には若い男性、そして後部座席には小太りの男性が乗り込んでいた。
「ほんとありがとうございます、大久保さん。俺の為にここまでして下さって」
「何。お互い怪獣に興味を持つ者同士、これくらいの協力は朝飯前さ。その代わり収益の……」
「3割ですね。もちろん口座に振り込んでおきますので」
若い男性の言葉に、手をひらひらさせる小太りの男性――大久保。
若い男性の手にはスマホを取り付けた自撮り棒が握られているが、これは彼が配信者である為。
それも単なる配信者ではなく、『怪獣配信者』というこの時代ならではの特殊な部類なのだ。
(怪獣に近付いて配信だなんて、ほんと10年前までなら考えられない事だよな……。しかもそれが一大ジャンルになっているから尚更だ……)
怪獣配信とはその名の通り、暴れ回る怪獣へと近付いて配信するという内容である。
主な目的は、怪獣という死と隣り合わせの状況での度胸試し。あるいは好きな怪獣に近付いての感想。
故にその緊迫感や迫力は他の配信の比ではなく、今現在多くの人達の虜になっているのだ。
当然と言えば当然だが、これは怪獣黙示録の発生と同時に誕生したものであり、それ以前なら考えられなかったものである。
にもかかわらず、ここまで人気になった理由。
内容が映画的で迫力があるというのもあるが、一番として「娯楽の不足」というのが関係していた。
(まぁ、ゲームも漫画も不足しているんだ。そういうのに飛びつくのも仕方ないか)
全世界で起こった怪獣の大量発生によって、貿易はもちろん経済にまで大打撃を与えられていった。
ゲームや漫画といった娯楽物も例外ではなく、どれも異様な値段にまで高騰化。
極めつけは制作会社が怪獣に破壊されたとかの理由で、店頭に並ばない事が珍しくないほど不足してしまっていた。
つまり、軽々しく手出し出来ない事を意味している。
そうして人々は、娯楽への代用として配信に飛びつく事となったのだ。
その筆頭が、危険極まりない怪獣配信という訳である。
「とにかく、署長から人払いが出来ている場所を聞いたんだ。何としてでも撮影には成功しろよ?」
「ええ、分かっています」
そして、大久保はこの怪獣配信者に協力をしている。
まず怪獣配信というのは、そう簡単に上手くいかないものだ。
怪獣のところに向かおうにも警察に封鎖されてしまったり、そもそも怪獣がランダムに出現するので配信頻度も非常に不安定。
怪獣が現れたので向かおうとしたら、もうとっくにどこかに行ってしまったというのもザラだ。
大久保は怪獣に対し興味を抱いている富裕層であり、これまでに怪獣に接近しての撮影や動画をこなしたりしていた。
その姿は怪獣配信界隈においてかなり有名であり、彼の力を借りて配信を成功させたいと依頼する者も存在する。
この若い男性と無人の街に来たのも、収益の山分けを条件としたその一環。
彼は何人の警察署長に顔が利き、警察すらいない場所や怪獣の出現する場所をリークさせてもらっている。
こうすれば怪獣の撮影に邪魔が入らず円滑に進められる為、若い男性配信者がSNSを通じて大久保にお願いしたのである。
――ギチチチチチチイ……。
その無人の街に聞こえてくる、固い物をこすり合わせたような異様な音。
それを聞いて目を光らせる大久保。
「近いな。おい、ここから北西だ。急げ!」
運転席にいる直属のボディーガードへと指示。
軍用オープンカーが指定された場所に向かって行くと、目の前のビルに何かが降り立とうとしていく。
巨大な異形の存在――怪獣だ。
「来た、あれが『アバドン』ですね!!」
若い男性配信者がはしゃぐと同時に、怪獣がビルの屋上へと降り立つ。
崩れていき、瓦礫や粉塵をこぼす屋上。
その中で先ほど異様な音……いや鳴き声を上げる怪獣。
――ギチチチチチッチッチチ……!!!
その姿は、パッと見イナゴである。
ただその大きさは他怪獣と引けを取らず、体色は相変異を想起させる漆黒。
さらに顔や全身の至るところに鋭い棘が生えており、既存のイナゴよりも禍々しく刺々しい姿となっている。
まさに、蝗害を司る堕天使の名に相応しいと言えるだろう。
「おい、そろそろ……」
「もちろん準備しています! さて……」
ここから、怪獣に接近しながら配信を行う事となる。
配信者が自撮り棒に取り付けたスマホを操作し、その準備に取り掛かろうとしていた。
「いよいよ配信始めます。5,4,3,2……」
始まるカウントダウン。
それが終わって配信が始まる……かと思われた時、
――ギィィイイイイイイイ!!!!
「1……えっ!?」
突然、悲鳴を上げてのけぞるアバドン。
これにはカウントダウンをしていた配信者が驚くも、一方で大久保がある事に気付く。
アバドンの身体に、数本の鳥の羽毛が突き刺さっていたのだ。
すぐに羽毛が飛んできた方を大久保が見ると、その目に思いもよらない存在が飛び込んできた。
「……何だ……あいつら……」
突如として現れた猛禽類を思わせる怪獣。
それだけならまだしも、その上には小さい女の子がちょこんと乗っているようだ。
さらにその隣には、何と箒のような物に乗っている魔女までもが。
フリーズしてしまう大久保。
怪獣はともかくとして、女の子達の存在は不理解かつ非常識なもの。
怪獣黙示録のせいで、脳がバグってしまったのかと思ってしまうほどだ。
「み、見えますか、大久保さん!! 怪獣の上に女の子が! しかも魔女みたいな人も!!」
しかし配信者がそう発言しているので、少なくとも幻覚ではないのは確からしい。
では、彼女達は何者なのか?
そんな疑問が大久保の脳裏に浮かぶ中、猛禽類怪獣が鳴き声を上げながらアバドンへと向かった。
――キュオオオオオオオオオオオオンン!!
突撃する猛禽類怪獣に対し、跳躍して別のビルに着地するアバドン。
そこからすかさず口から黒い液体を吐き出すも、猛禽類怪獣は回避しつつ翼を振り抜く。
すると翼から羽毛が射出され、アバドンの片方の複眼へと直撃。
――ギアイアア!!!
怪獣といえども、目を潰されてはダメージは避けられない。
悲痛の叫びを上げながら、アバドンがぐらりとビルから落下。
脚をビルの壁面へと引きずりながら、そのまま地面に叩き付けられていった。
「……何という……」
大久保もこれには言葉を失ってしまう。
猛禽類怪獣はアバドンよりもはるかに小さいが、見ての通り圧倒している様子だ。
よほど戦闘力があるらしい。
「こ、これって撮れ高になるんじゃ! 改めて配信……」
思いもよらない光景に心が躍ったのか、配信者がスマホを掲げようとしていた。
しかしその手を掴んで制止したのは、他ならぬ大久保だ。
「いや、やめとけ」
「えっ、どうしてですか!? よくよく見ると、魔女みたいな女の人も怪獣に乗っている女の子も可愛いですし、リスナーが見れば……」
「十中八九、合成やCGと思われるだろうな。そのせいでお前の配信者事業に傷が付く。『こいつは嘘の配信をするインチキだ』とリスナーが減る可能性があるぞ」
「そ、そんな……! じゃあ今日の配信は……!!」
「諦めるんだな、後で謝罪動画でも出しておけ」
これが猛禽類怪獣ただ1体なら、配信しても支障はなかっただろう。
問題はそれに乗っている女の子と、それを様子見している魔女だ。
一応、彼女達が何かしらの会話をしているようだが、距離が距離なので内容が全然分からない。
一体何が目的なのか、何故人間と相容れない怪獣と一緒にいるのか、そもそも正体は何なのか。
大久保が謎の存在に悩みに悩んでいくが、その間にも猛禽類怪獣がアバドンの頭上へと飛んでいった。
――キュオオオオオオォォォォ…………。
鋭い嘴を大きく開けると、喉元から青白い光が灯る。
そして次の瞬間、轟音と共に放たれる落雷。
喉元から伸びるそれがアバドンへと降り注ぎ、直後には膨大な爆発が起こっていった。
「うわっ!!!」
配信者はもちろんの事、大久保も爆風に身を屈めてしまう。
それから目を凝らしてみると、電流と粉塵……さらには脚などの肉片が飛び散っているのが見える。
ビルが邪魔になって把握できないが、大久保にアバドンの末路を理解させるには十分過ぎた。
――キュオオオオオオオオオオオオンン!!
勝利の雄叫びか、高らかに叫ぶ猛禽類怪獣。
その怪獣へと魔女が近付いた後、何かしらの会話を経て場を離れていく。
残されたのは、呆然を様子を見守る大久保達だけだった。
「……何か……何か凄かったですね! やっぱ動画残しておけばよかったなぁ!! やっちまったなぁ~!!」
「…………」
先の光景に対し配信者がはしゃぎ始めるも、大久保はただただ怪獣達が飛び去った方を見ていた。
怪獣は人間と一緒にいた。
つまり、人間に敵意はおろか警戒心がないと思われる。
(……あの怪獣なら……)
――その事実から、大久保にある考えが浮かび上がった。
欲望を満たす事が出来るだろう考えが。
「……降りろ」
「へっ?」
「悪いが降りろ。急に用事を思い出してな。ここでお別れだ」
「お別れって……こんなところでそう言われても! 自衛隊だって来るだろうし!」
「一応、その前に逃げれば問題はないはず。自衛隊の出動ってのは時間掛かるしな。……ほれっ、これやるからあとは何とかしろ」
「えっ、あっ、こんなに……じゃあそれなら!」
早く済ませたいが為、配信者に札束を渡す大久保。
その配信者がウキウキと降りていった後、ボディーガードに指示をして軍用オープンカーを走らせる。
(まだ遠くには行っていないはず。それにここには人の気配なんてないし、奴らが会話していればすぐに分かるはずだ)
走る軍用オープンカーの中、大久保の顔に笑みが浮かんでいく。
彼が目的としているのは、ただ1つの事。
(あの猛禽類の怪獣……ぜひとも俺の物にしたい……!!)