第26話 統合幕僚長視点 Ⅲ
『怪獣を下僕に……その魔女とやらがそう言ったのかね?』
「ええ……間違いなく……」
防衛省の一室にて。
そこで今、中野統合幕僚長がノートパソコンでリモートワークをしている。
相手は数人の政府関係者で、画面には彼らの姿が分割表示されていた。
『……ただでさえ怪獣を葬れる事自体が恐ろしいというのに、その怪獣を下僕にするとか狂っているとしか思えん。人間の考えじゃないな』
『そもそも異世界からやって来たなんて、そんな漫画な事があり得るのか? そう思い込んでいるだけの精神異常者なんじゃ……』
『今までの映像を見てもそう言えるのか? そもそも怪獣自体が荒唐無稽なのだから、そういう事が起こっても不思議ではない』
『異世界云々は話の論点じゃないだろう。問題は、エドナ・デューテリオスをそのままにしてよいのかというところだ。趣味で怪獣をコレクションにするなんて、たまったものじゃない』
もう既に政府関係者に対し、中野は異世界からやって来た魔女の事を話している。
もちろん最初は寝言の類だと思われた。
というか今でも半信半疑の人もいるのだが、過去における彼女の活躍から信じせざるを得ないと結論に至る事となった。
そして、彼女の「怪獣を下僕にする」という目的に彼らは騒然した。
言うまでもなく、怪獣はこの黙示録を引き起こす最大の脅威。
人類と相容れない倒すべき敵である。
その敵を自分の物にするというのは、まさしく危険極まりない行為。
怪獣から市民を守る中野はもちろんの事、政府関係者も見過ごせない事態だ。
『……場合によれば、その魔女の排除も考えなければいけないな』
その政府関係者の1人が穏やかではない発言をして、眉をひそめる中野。
「しかし、彼女はアンズーに占領されていた大森スタジアムを解放してくれたのです。いくら何でも恩を仇で返す行為では……?」
『それはこちら側の問題だろう? もし魔女が何らかの理由で我々と敵対したら? あるいはその下僕集めとやらで被害が出てきたら? そうなってしまう前に叩くのが賢明ではないのかね?』
「それは……」
非情な判断だが、否定も出来ないのも事実。
現代兵器をもってしても苦戦してしまう怪獣。
それをあっけないほどに葬ってしまうエドナは、良くも悪くも怪獣と同等の存在とも言ってもいい。
その力が何らかのきっかけで自衛隊に向けられた場合、どうなるのかなど火を見るよりも明らかだ。
(……怪獣ではないかと彼女に言った事があったが、本当に怪獣のような扱いをされるとはなぁ……)
中野は自嘲気味に思いつつも、エドナをどうするのか思案する。
政府関係者の判断を呑むか、それとも拒否をするか。
今後の展開が決まる2択を、今の中野に迫られているのだ。
「――ごめん下さい。幕僚長さん、綾那さんの服を取りに来ました」
「っ!?」
その時、場にそぐわないのほほんとした男の声。
悩んでいた中野がバっと振り返ると、開いていた窓から昆虫の羽根を生やした小型竜が入ってきたのだ。
「……確か……ギルだったか……?」
「ああはい、約束の時間になったんで来ました。今取り込み中みたいですけど、入って大丈夫でした?」
「大丈夫も何も、まだ11時だぞ……? 約束の12時より1時間早い……」
「えっ、あっ、本当だ。ご主人様ったら、太陽の登りだけで判断しちゃって……まったく適当なんだからもう」
時計を見て頭をかくギル。
さながら人間みたいだと中野が思った時、パソコンから政府関係者のざわめきが響く。
『か、怪獣が喋っている!?』
『というか小さい!? こんな奴までもいるのか!?』
「あっ、いえ……彼はデューテリオスの……ペット……そうペットのギルと言います。恐らく異世界の生物かと……」
「ペットという言い方が引っかかりますが、まぁ概ねそんな感じですかね。っと、改めてエドナ様に仕えるインセクトドラゴンのギルと言います。お話し中のところ、いきなり訪問してしまい申し訳ありません」
ペコリと頭を下げるギルに、政府関係者が幾分か落ち着きを取り戻す。
もちろん動揺は隠せていないが。
『よくよく見るとドラゴンにそっくり……本当に異世界からやって来たんだな……』
『信じられん……』
『夢でも見ているんじゃないだろうか……混乱してしまうよ……』
「夢じゃありません、実際にボクはここにいます。あと盗み聞きになってしまいたびたび申し訳ないんですが、今先ほどあなた方はご主人様を殺すかどうかを話してましたね?」
そのギルの言葉に、冷や汗をかく中野。
「魔女を排除すべき」と発言した政府関係者もギクリとするが、すぐに彼に対して鋭い目を向ける。
『……それがどうした? 君のご主人様に告げ口でもするのか……?』
「いえ、しません。ただ仮に全面戦争となれば、あなた方側に多くの死者が出るのは確実です。だからその結論に達するのは、少し早いかと思うんですが」
「……やはり、デューテリオスは怪獣並みの脅威なんだな……」
「ぶっちゃけそうですね。否定できませんよ」
中野へとギルが苦笑を浮かべた。
と、その彼が真面目な表情になって、パソコンに映る政府関係者達へと向いていく。
「言って何になるのか分かりませんが、ご主人様は決して他人が死んでもいいだなんて思っていません。目の前の人が怪獣に殺されそうなら、率先して助けるくらいの良心はあります。……それに、ご主人様は不器用ながら優しいんですよ」
『優しい……?』
「実はボクは群れごと魔獣……ああ怪獣みたいな奴ですが、とにかくそいつに襲われた事があったんです。そりゃあもう悲惨でして、今まで一緒に暮らしていた仲間や家族が肉片に変えられまして。それでボクもやられそうになった時、たまたま通りかかったご主人様が助けてくれたんです」
そうして、思いを馳せるように頭上を仰ぐギル。
「ボク達を襲った魔獣は、元々ご主人様が下僕にしようと思っていた奴らしいんです。でもご主人様はボクが襲われているのを見て、下僕にする予定だった魔獣を倒してくれたんです。あとから『その魔獣に興味をなくした』とか言ったんですが、間違いなくボクを助ける為にやむなく退治してくれたんだと思います。自分の趣味を置いといて」
「…………」
「で、何もかも失ったボクを、ご主人様が《テイム》……要は召使いにさせたんです。『人手が欲しいから付いて来てくれ』って言って。インセクトドラゴンは群れで活動する魔獣で、単体で生きる事が出来ない。それを知っていたからこそ、ご主人様はああ言ってくれたんだと思います。幕僚長さん」
「むっ……?」
「怪獣を下僕にする行為は確かに危険かもしれませんが、その危険な怪獣を手元に置く事で被害が減るメリットがあるんです。ご主人様が意識してやっているのか分かりませんがね。まぁとにかく、どうかご主人様の事は様子見してくれないでしょうか?」
そうお願いをするギルに対し、統合幕僚長は考え込む。
エドナ・デューテリオスという存在は、一見すれば危険極まりない。
ともすれば怪獣と何ら変わりないのだが、しかし両者間において違う点がある。
それは良心があるかないかという事と、話が分かるか否かという事。
危険ともされる怪獣の下僕云々も、ギルの言葉通り被害が減る事にも繋がりうるはず。
「……排除は保留すべきと思います。彼女の事は、私が全責任を持ちます」
その違いを踏まえた上で、彼はパソコンの政府関係者へとそう告げた。
もはや迷いなどなかった。
『いいのかね、中野君?』
「いいも何も、彼女は怪獣に匹敵する戦闘力を持っています。そして裏を返せば、怪獣を掃討できる有益な手段にもなりえる。であるならば、彼女と協力関係を維持した方が賢明であると思われます」
『……まぁ、中野君がそう言うのならば……』
中野の発言に説得力がある故、納得を見せる政府関係者達。
そうしてエドナの抹殺案は取り下げられる事となって、中野は内心安堵をする。
「……これで問題ないかね、ギル君?」
「ええ、ありがとうございます。あと、綾那さんの服はどちらに?」
「そこのソファーの上だ。秘書が適当に買ったから、サイズは保証できんが」
「何とかなるでしょう。ご苦労お掛けします」
ソファーの上に置いてある紙袋を持ち、窓から立ち去ろうとするギル。
そんな彼に対し、中野は待ったを掛けたのだった。
「ギル君」
「ん?」
「報酬の調味料と野菜、もし切れたら私の元に来てくれたまえ。また支給させておくから」
「……善処します。あまり施し過ぎると、ご主人様すぐに付け上がりますから」