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第21話 3体の飛行怪獣

 スタジアム内の廊下も明かりが付いてなく、かなり暗い。


 まさか人間しか通れない場所の明かりまで破壊した訳でもあるまいし、もしかしたら例の怪獣達が電線やらを見つけたのかもしれない。


 身体から電磁波を放つ奴らだ。

 そういう「明かりを供給する物」の存在を感知してもおかしくはない。


「ところで君やソドムが倒したバアル、最近になってその死骸の解剖検査が終わったらしい」


 私や綾那達の前を、中野統合幕僚長と女性秘書が歩いている。

 秘書が懐中電灯を持って前方を照らしている中、統合幕僚長が不意に私に語りかけたのだ。


「姿や性質から宇宙生物ではないかと囁かれていたのだが、解剖の結果エイなどの板鰓亜綱(ばんさいあこう)と共通の遺伝子が発見されたそうだ。空を飛んでいたのも、シビレエイに酷似した発電器官からの磁場によるものらしい。……つまりあれほどの脅威を見せておいて、実態は既存生物の突然変異体だった訳だ」


 そう言って、彼の顔が険しく歪んでいく。


「私は恐ろしく感じる……既存生物をあれほどに変異させてしまう怪獣黙示録の現状に。この世界の人間ではない君には興味ないだろうが、今まさに世界の生態系が狂っていっている事が肌で感じるよ……」


「そのようね。それよりも前に気を付けた方がいいわよ。暗くて転びそうだし」


「………………本当に興味がないんだな、そういうのは」


「ご主人様にそれを期待しない方がいいですよ。悲惨な状況下でも平然としている畜生同然ですので」


「一言多いわよ。……あっ、それよりも掃討の報酬に1つ追加あるんだけど」


 ギルを制してからその事を伝えると、いかにも「えぇ……」と言わんばかりな顔をする統合幕僚長。


「まだ何かあるのかね……? 金か……?」


「いや、綾那の……この子に合う服を何着か。着替えがこのボロボロのやつしかないからね」


「えっ……?」


 その言葉に予想が付かなかったに違いない。

 綾那がキョトンとした表情で、こちらを見上げてくる。


 私の水属性魔法なら服の汚れや匂いを落とせるのだが、逆にほつれといった痛みはどうしても直す事が出来ない。

 なので買い換えるのが一番手っ取り早いのだ。


 ちなみに私が愛用中の魔女服は特殊性で、着ている人間の魔力によって傷んだりするのを防いでくれる。

 これを購入するのに結構お金を溜め込んでいたのよねぇ……魔獣退治とか山賊退治とかで。


「それなら後々用意できなくもないが……」


「頼むわね。綾那、悪いけど服が用意されるまでそれでいてくれる?」


「別にいいけど……何と言うか……その、ありがとう……」


「いいわよ。さすがにその服のままじゃ可哀そうだし」


 なんて受け流していると、ギルがニコニコしてこちらを見ている事に気付いた。

 こいつは本当に……対応するのが面倒で知らぬ振りを決め込むと、目の前に微かな光が見えてくる。


 行ってみるとそこはスタジアム内のグラウンドで、光は頭上の満月のものだった。


 グラウンドは荒れに荒れ放題で、避難場所だった名残や怪獣によって破壊された跡などが見受けられる。


 さらにグラウンドを照らしてくれるだろう電灯も全部割れている。

 その全部をご丁寧に破壊したと思うと、張本人の怪獣達にマメだなぁと感心してしまう。


「……今現在、目標がこちらに接近中です。じきに見えてくるかと」


 スマホで連絡していた秘書が報告した時、やがて私達に聞こえてくる。

 大きな翼を羽ばたかせる音と、それに紛れて発している甲高い鳴き声。


「……あっ!」


 空を見上げていた綾那が、ハッとした顔を浮かべた。

 

 月夜の光に照らされて蠢く、3体の翼を持った影。

 それらが一斉に鳴き声を発しながら、このスタジアムの頭上を旋回している。


 ――ギャアアアアア!!! ギャアア!!


 ――ギャアアアアアアアアアア!!


「……あれが『アンズー』か」


 ワイバーンのように牙が生えた醜悪な顔つき、ギョロりとした感情の読み取れない両眼、全身を覆う滑りの伴った青黒い体表、コウモリに似た皮膜の翼、そして鋭い爪を備えた逆関節の両脚。

 

 中野統合幕僚長達を悩ませているあの怪獣達こそ、今回のターゲットたるアンズー。

 獅子の頭部を持った大鷲の怪物が、名称の由来だ。


「……ん?」


「どうしたの……?」


「いや、1体の脚」


「えっ……あっ……」


 3体のアンズーがスタジアム内へと降下していくのだが、その際にある事に気が付く。

 1体の脚に何かが捕まれているのだ。


 尋ねてきた綾那が理解した時には、それを乱暴に放り投げるアンズー。


 グラウンドに転がってうずくまるその正体は、アンズーと同じく翼を持った怪獣だった。

 見るからに醜悪なアンズーとは違い、薄青の羽毛を持った猛禽類の姿をしている。


「あれは確か、山奥で発見された『シームルグ』だな?」


「ええ、アンズーを尾行していた空自の報告によると、奴らはスタジアムを飛び立った後、シームルグの縄張りに侵入して捕らえたそうです。恐らくこの場で捕食するつもりでしょう」


「小柄なのに腹が満たされるのかね……。ああ、奴はもう既に我々が感知している怪獣でな。数回の目撃証言があったものの、人を襲う事はなかったので放置していたのだ。どうもアンズー達は、奴を獲物として連れて来たらしい」


 秘書と話していた後、私に説明する統合幕僚長。

 

 その彼らの話していた通り、シームルグという怪獣はアンズーよりもはるかに小さい。

 アンズーが20メートルならば、シームルグはその4倍小さい5メートルと、概ね人間の大人と子供の差ほどはあるだろうか。


 ――キュウオオ……。


 3体のアンズーがグラウンドへと着地していった時、よろよろシームルグが逃げようとしていた。

 

 奴らに付けられだろう全身の傷を抱えながらも、生きようと必死に。

 しかしアンズーがそれを見逃すはずもなく、掴む事に特化した後脚でシームルグを捕まえてしまう。


 ――キュウオオオン!!


「野生の獣を喰らっている以外に被害は出していないが……まぁ怪獣に違いない。デューテリオス君、シームルグごと掃討を頼む」


 シームルグが悲鳴を上げている中、統合幕僚長が急かしてくる。


 まぁ、確かにそういう契約なのだから仕方ないんだけど。


 シームルグに対して痛々しさとやるせなさを感じるが、こういうのはいわゆる摂理というもの。

 アンズーの餌として喰われるのが、あの怪獣の運命なのだろう。


 ギュッ……。


「エドナさん……あのシームルグって怪獣さん、助けられない……?」


「……!」


 そんな事を思っていた私の服を掴んだ者がいた。

 綾那だ。


 その子が服を握り締めて、悲痛な表情で見上げてきている。


「……シームルグに同情でもしたの?」


「同情というか、何か自分を見ているみたいで……とにかくエドナさんなら助けられるんでしょう? 何とか出来ない……?」


「…………」


 そうか、この子は自分の過去とあの怪獣を重ねているんだ。


 今まさに、アンズーがシームルグを壁に叩き付けたりして嬲っている。

 まるで大の大人が、子供に暴力を振るうかのように。


 弱っていくシームルグを見て、ますます口元を噛み締める綾那。

 そして再び私を見上げて、


「エドナさん……」

 

 たった一言だけ口にして、私に訴えかけてきた。

 …………はぁ。


「待ちたまえ、君!! シームルグを助けろだと!? 怪獣は人間に害する……」


「まぁ、あの子嫌いじゃないし……逆にアンズーは気に入らないからねぇ。テイムするなら前者の方がいいかも」


「……はっ? 嫌いじゃない?」


 私は呆然とする統合幕僚長をよそに、手のひらから火球を放った。


 ちょうど今、アンズーの1体が倒れているシームルグへと見下ろしている。

 その不揃いの牙の生えた口が開けられた瞬間、私の火球が頬に直撃していった。


 ――ギガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!


 ――ギイイイアア!!?


 倒れる仲間を見て、私へと振り向く2体の別個体。

 そいつらと統合幕僚長達が揃って唖然顔をしている中、私はやれやれと首を振った。

 

「まったく、私ってマジのお人好しなのかもね」

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