第2話 破壊の限りを尽くされる街
――オ゛オ゛オオオオオオオオオオオアアアァァァ!!!
その生物を言い表すなら、まさしく『異形』だろう。
凶暴な頭部の側面には、前方へと伸びた2本の角がある。
鼻先にもちょこんと1本の角。
両肩には2対の鋭い棘が備わっていて、逆に背中にはズラリと並んだ背ビレ。
褐色の体表に覆われた筋肉質な体つきには、太い両腕と逆関節の両脚が生えている。
さらに長い尻尾が後部から伸びているようだ。
そして、人間を片手で握り潰せるような巨大な身長。
周りのビルと思しき建物と比べても、まったく引けを取らない。
「魔獣……ですかね? にしては少し大きいような気もしますが……ご主人様?」
その巨大生物が踏み鳴らすとコンクリートがめくれ、下にあっただろう茶色の地面が舞う。
そこからまるで怒り狂うように剛腕を振るい、周りのビルを次々と破壊していった。
積み木のように壊れていくビルからガラスが割れ、まだ逃げ遅れている人々の頭上へと降り注ぐ。特に怪我はされていないみたいだが。
――オ゛オ゛オオオオオオオンン!!!
長い尻尾が背後のビルを薙ぎ払い、それが巨大な破片へと化す。
その破片がかなりの距離を飛んでいき、逃げ惑う群衆へと降り注いだ。
「あっやばい、ご主人さ……」
ギルが言うより早く、群衆を襲う破片へと火球を放った。
巨大生物から視線を逸らさないままでだ。
火球によって塵状に粉砕するも、群衆は逃げるのに必死で魔法に気付いていない様子。
気付いていても困るから別にいいのだが。
――グルウウウウウウウウウ……!!!
巨大生物はというと、群衆とは別方向のルートを突き進んでいた。
その進撃によってなぎ倒される数々のビル。
すぐに後を追ってみれば、コンクリートを踏み散らしながら暴れ回る巨大生物が見えてくる。
その姿は、まるで何かが気に食わないかのような……ともすれば怒りに支配された荒ぶる行為に他ならない。
『破壊』こそが、巨大生物の行動原理だと言わんばかりに。
――グルウウウ……ハアアァァァ……。
周囲が瓦礫になったのを確認するように見回した後、巨大生物が不意に地面をかき出す。
そうして中へと潜っていき、姿が見えなくなってしまった。
「……何だったんでしょう? そもそもここがどこなのか分かりませんし……ご主人様はどう思います?」
「……恐らくなんだけど、ここは前に本で読んだ異世界かもしれない。周りの建物がその本に載っていたビルと酷似しているもの」
「異世界……? 確かにそんな事が書いてありましたけど……いやまさかそんな……」
ギルが半信半疑になっているのだが、それはどうでもいい。
私は地面の中に消えた巨大生物を幻想しつつ、つい顔を赤らめてしまっていた。
「素敵だったわ……」
「はっ?」
「あの角を持った凶暴な顔立ち、刺々しい突起物を備えた身体、鋭い爪、しなった尻尾、建物を蹂躙するほどの破壊力……何かもう色々気に入ったわ!!」
「あっ、ご主人様の悪い癖始まりましたね。村とか襲われててもそんな事言いますもんね」
ベタな言い方をすれば「惚れてしまった」というやつだ。
私が魔獣に抱いていたのとまったく同じ感情で、すっかりあの生物に惹きこまれてしまっているようである。
あの生物を私の物に出来れば……。
刺客のせいでロクに下僕を作れなかった私だが、いつしか「今度こそは」という考えが支配してきた。
「……あっと、追跡を忘れていたわ。あの子が遠くに行く前にっと……」
そこらの石を手のひらへと吸い寄せた後、それをモグラ状へと形成させた。
《ゴーレム》。
私の持っているスキルの1つで、意思を持った岩人形を作成する事が出来る。
今回は追跡の為の小型モグラなのだが、その気になれば人間や巨大魔獣に匹敵するサイズも作成可能だ。
「あの巨大生物を追うのよ。姿が見えたら連絡して」
さらに私に対して、思念という形で報告も出来る。
見つけてくれるのを期待しつつ放ってやれば、モグラ型《ゴーレム》がコンクリートをかきわけながら潜っていった。
「さて、あの魔獣みたいな子は《ゴーレム》に任せるとして、私達はすぐに情報収集よ。どういった状況なのか確かめたいしね」
「それもそうですね」
「あっ、あんたは帽子の中に潜った方がいいかも。ここが本当に異世界なら、パニックを起こされかねないわ」
「はいはい。ご主人様の帽子の中、狭苦しいし暑いしで嫌なんですけどねぇ」
ブツブツ言いながらも、私の三角帽子の中に入るギル。
それから巨大生物が潜った場所を離れ、改めて街の様子を見回していく。
「よくある光景ってやつね……」
巨大生物によってビルと思しき建物が瓦礫となり、さらには火の手がそこかしこに上がっている。
そして、そんな被災地の中で呆然と立ち尽くす人々。
元の世界で、魔獣の襲撃を受けた直後と瓜二つの光景だ。
「何がこの街なら安全よ!? やっぱりこっちにも『怪獣』が現れたじゃない!!」
「こんなはずじゃ……とにかくもう1回引っ越そう。そうだ、都市から離れた田舎なら……」
「馬鹿じゃないの!? そういった場所にも襲撃があったって、この前ニュースでやってたじゃない!! ああもう何でこんな事になったのぉ……」
カップルだろうか。
若い女性が彼氏らしき男性に怒鳴った後、塞ぎ込むようにうずくまっていった。
明らかに彼女達は元の世界の言語で会話していないだろうが、かと言って聞き取れないという事はない。
実は私には《言語理解》というスキルがあり、言語が自動的に翻訳されるのだ。
さらに自分の話した言葉が、相手に理解できる言語に訳されるという応用も可能なのである。
ギルが人間の言葉を理解し話しているのも、そのスキルを与えているからでもあるのだ。
「今の女性、怪獣だって言いましたね」
「ええ」
怪獣……話の流れからして、さっきの巨大生物の名前っぽいね。
それにこのカップル、どうも怪獣とやらの襲撃で引っ越しているらしい。
確かに元の世界でもそういった事あったのだが、だからと言ってそう何度もする必要あるだろうか?
まさか安全地帯がない?
いや、さすがにそんな事はないと思うのだが……。
「はぁ……電波繋がらない。もう最悪……」
ふと、瓦礫の上に座り込む女性が目に映った。
手のひらサイズの板状の物をいじっているようで、それを不満そうな顔で睨み付けている。
板状の物が何なのかはともかく、とりあえずやってみる価値はありそうだ。
「ちょっと、そこのあなた」
「えっ……えっ?」
私は女性の顎をそっと持ち上げてから、コンと額同士をくっつけ合った。
《知識感応》。
対象の額から内包している知識を吸収し、それを理解するという優れスキル。
私の頭の中に、その女性の知識が次々と流れ込む。
そして、やっと全てが理解できた。
「……へぇ、今持っているの『スマートフォン』って言うの。それに……なるほど、そういう事ね」
「あ、あの……服とかに血が……」
「ああ、これは刺客の返り血だから心配しないで。それよりも情報提供ありがとう。とても興味深いものだったわ」
自分の手をかざした後、髪や服に付いた返り血をそのひらへと集めていった。
これは水属性魔法の応用で、液体である血を一か所に集めているのだ。
その集めてふわふわ浮かんでいる血を、ポイっと地面に落とす。
「えっ? えっ??」
「今のは手品のようなものよ。それじゃあ、私はこれで」
適当に嘘を吐いてから退却すると、後ろから「……綺麗な人だったなぁ……」と女性の声が。
何故かああいう事をするたび、綺麗だとか美人だとか言われるのよね。
まぁ、私が容姿端麗なのは自覚しているんだけど。
とにかく路地裏に戻ってからジャンプをして、ビルの屋上へと着地。
先ほどの怪獣が破壊した建物や地面などが一望でき、それを私が関心をもって見下ろした。
「なるほどなるほど……。下手すりゃ、元の世界よりも悲惨な状態かもね」
「悲惨? ご主人様、一体どういう事ですか? ちゃんと説明して下さいよ」
帽子をくいっと持ち上げながら、ギルが顔を覗かせてくる。
私は《知識感応》で得た知識を、このチビに説明する事に。
「この世界はやっぱり異世界で間違いないわ。西暦2025年の日本……そんで全世界で今、異常事態が発生しているらしいの」
「異常事態?」
「ええ、この世界の人々はこう言っているんですって。
『怪獣黙示録』の時代だと」
私が口にした用語に、チビの召使いが眉をひそめたのだった。