第19話 綾那の成果
「用件は終わりかしら? なければそろそろ帰るけど」
統合幕僚長との約束を取り付けた後。
私がそう言ってソファーから立ち上がれば、それまで怪訝な表情を浮かべていた統合幕僚長が小さく頷いた。
「あ、ああ……。ともあれ、君が話の分かる人間でよかったと思う。先の戦闘で、上層部が君の事を『人間の姿をした怪獣』じゃないかと勘繰っていたからね」
「怪獣……まぁ、ある意味では間違っていないかも。戦闘力が匹敵するという意味では」
「否定はしないのか。ところで……デューテリオス君でいいかな? 君が怪獣を従わせるのは一体どういった理由……」
「よっと」
「……?」
近くの窓をおもむろに開けると、統合幕僚長が何かの話をやめて眉をひそめる。
ちょっとさえぎって悪い気分だが、かと言って尋ねるのも面倒臭いところ。
「じゃあ、私はこれで。夜にまた会いましょう」
「いや、それよりも何故窓……っておい!!」
制止を振り切って窓からダイブ。
かなりの高さからの急降下中、《亜空間》からケインを取り出して搭乗。
そのまま飛行し、防衛省を後にする私だった。
「まったく、大胆過ぎますよ。統合幕僚長さん方が唖然としてますって」
昆虫の羽根をパタパタ羽ばたかせながら、ギルが後を付いて来た。
確かに振り返ってみると、窓にいる統合幕僚長達が唖然顔だ。
「そもそも、空飛んでいたら人に見つかると思うんですが……って、もう開き直っていますよね。言うの遅かったです」
「精々、ネットに上げられて半信半疑されるのが関の山よ。統合幕僚長のように接触する人が出てくると思えないし」
とは言うものの、一応高度を上げて地上の人に見えにくくはしているが。
とにかく用事が終わった事なので、そのまま自宅もとい廃墟ビルへと早々に到着。
ビルの隣にソドムが佇んでいたので、私は彼の顔近くへと接近していった。
「ただいま、ソドム。綾那達は?」
《…………》
ソドムは返事こそしなかったものの、その鋭い瞳孔をある方向へと向けていた。
う~ん、ギョロリと動く瞳孔とか微かに聞こえる目玉の生々しい音が良いわねぇ……ってそうじゃなくて。
視線の先を辿ってみれば、そこには瓦礫の中に立っている綾那と《ゴーレム》の姿が。
すぐに向かってみると、私達に気付いた綾那がパっと顔を明るくさせた。
「お帰り、エドナさん、ギルさん……! 気に入った怪獣さんとか見つかった……!?」
「その辺は追々話すわ。綾那の方は魔法習得できた?」
「あっ、そうそう……! 見てほしいのがあるんだけど……!」
と言って、瓦礫の上に置かれた空き缶へと振り向く綾那。
綾那が目を閉じて精神を集中。
すると彼女の身体から、魔力の気が放たれるのを感じる。
これはもしかして……。
「えいっ……!!」
カッと目を見開いて手をかざすと、ひらから小さい火球が放出。
空き缶へと命中し、それを置いた瓦礫もろとも粉砕してしまった。
「見た……!? 教えてもらった通りにやってみたら、撃てるようになったの……! どう、完璧……!?」
「凄いじゃないですか! 初期でこれくらいの魔法撃てたら十分ですって! ねぇ、ご主人様!?」
「……え、ええ……合格ってところかしら……」
まさか、こんなすぐに魔法出せるなんて……。
この世界の魔力レベルからして、魔法を全く使えないか使えたとしてもかなり先になるとばかり思っていた。
でも、こんなにも早く上達するとは……。
綾那の呑み込みが早かったからなのか、あるいは優秀な《ゴーレム》を作った私のおかげなのか。
いずれにしても、これには素直に驚いてしまった。
「へへっ……《ゴーレム》さんの教え方が分かりやすかったからかな? 《ゴーレム》さん、ありがとうね……!」
『いえいえ、これは綾那さんの実力があってこそですよ。きっと綾那さん、エドナ様のような魔女になれるかもしれませんね』
「それは言い過ぎだよ~……! エドナさんも、あたしの為にここまでしてくれてありがと……! あたし、すっごく嬉しいんだから……!」
「……フン、これはあくまで私の気まぐれよ。大した事はしていないわ」
とは言ったものの何故だろう、頬がほんの少し温かくなっているような気がする。
今の綾那の笑顔が可愛いと言えば可愛いが、だからと言ってときめいているはずが……。
「珍しいですね、ご主人様が頬を赤らめるなんて。明日は厄災でも起きるのかな……って痛っ!」
「とりあえず、今日の夜にまた出かける事にしているから。怪獣関連の用事だから、すぐに戻れないと思うけど」
余計な事を言ったギルにチョップをかました後、先の件を綾那に伝えた。
ギルが「いったぁ……」と悶絶しているが、それは主人の躾というやつだ。存分に受け入れろ。
「どんな怪獣さんなの? やっぱり下僕にする?」
「まだ姿とか見てないから何とも言えないわ。あなたはソドムや《ゴーレム》と一緒に留守番を……」
「あたしも行きたい……」
「ん?」
「あたしも行きたい」
「…………」
強い眼差しで2回繰り返す綾那。
私はため息を吐いて、
「あのねぇ、私は遊びに行くんじゃないの……。そもそも怪獣と戦うかもしれないんだから危険だし……」
「だからこうして、魔法の勉強をしているんじゃん……。それにあたしだって、エドナさんがどういった感じで対応するのか気になるし……。お願い、絶対に迷惑かけないから……」
「あなたねぇ……」
容姿に反して強情だな、この子……。
ポリポリ髪をかいていたところ、ギルと《ゴーレム》がこちらを見つめている事に気付く。
何も口にしていないが、明らかに「連れて行くべきでは?」と伝えようとしているのだろう。私には分かる。
これで断固拒否したら、私が悪者になるじゃない……。
「……はいはいはいはい、分かりました分かりました。連れて行けばいいんでしょう、もう」
「やった……! その怪獣さん、エドナさんの下僕になれるといいね……!」
「ソウネー」
やけくそになったせいか、台詞がいい加減になってしまった。
なおそんな私を見て、ギル達が「よしよし」と言わんばかりにうんうん頷いている。
こめかみに青筋が立ちそうだった。