第17話 エドナはめんどい人間
「まず前もって言うけど、あなたの魔力は退化の傾向にあるの。訓練するからといって、必ずしも魔法を使える訳じゃない」
朝食を食べ終わった後、私服に着替えた私達は廃墟ビルの外に出ていた。
ソドムがこちらを見下ろす中、私は瓦礫の上に立ちながら綾那に事前報告をする。
「だから時間を無駄にする可能性が高いけど、それでも魔法を教わりたいという気持ちはある?」
「ある……。可能性があるんだったらやってみるべきだし、駄目だったらその時は諦める……」
「そう、じゃあ早速……」
私は近くの瓦礫へと手をかざし、それらを宙に浮かせる。
瓦礫がガゴンガゴン音を立てながら結合していった後、私達より一回り大きい人型《ゴーレム》へと姿を変えた。
「教育用の《ゴーレム》よ。ギルをベースにした人格を与えているから会話が出来るし、こいつが魔法の事を教えてくれるわ」
『よろしくお願いいたします、綾那さん』
「あっ、どうも…………えっ、あの、エドナさんは……?」
「私は怪獣の情報を集めに出かけてくるわ。念の為にソドムを置いておくから安心して」
以前、被災地で電気が通っているパソコンを目にし、そこから情報を収集した事がある。
その場所に再び行くつもりなのだ。
「エドナさんが教える訳じゃないんだ……」
「そうなるわね」
「時間がなくなるから教えたくないって言ったのに……」
「教育用《ゴーレム》を作るだけでも時間が減るのよ」
「……めんどい人……」
「ですよねー。ボクもそう思います」
ボソッと呟いた綾那の言葉に、ギルが呆れながら反応する。
もちろん、2人からどう思われようが私は動じない。
「あっ、そういえば魔法に道具って必要ないの……? エドナさんは巨大な杖使っているんだけど……」
「ケインの事? スキルの増幅に使えなくもないけど、基本魔力を流し込んで打撃力を上げたり飛行したりする用なの。魔法は道具なしでも発動するわ」
「そうなんだ……。ちなみにケインってどうやって手に入れたの……? 師匠的な人から譲り受けたとか……?」
「師匠云々じゃないわ。実は孤独死した魔導師の家に置いてあってね、これ幸いとありがたく頂いたのよ。あっと、『自身の死後、ケインを最初に見つけた者に譲り渡す』って書き置きがあったから、これは至って合法よ」
「でもその孤独死した人の家、無断で入ったんだよね……?」
「まぁ、ノックしても返事なかったし」
「……犯罪……」
「やかましい」
あれは私が魔女になる前の事だ。
物心付いた時には両親がいなくて、何とかして食いつなぎながら放浪していたあの頃。
寝泊まりを求めた私の前に家が見えてきたので、1日だけでも泊まらせようとノックをした。
それで返事がなかったので中に入ってみれば、ベッドに横たわる男性の石化を見つけたのである。
「何で石化?」と思いつつも辺りを見回すと、そこにケインと綾那にも話した書き置きが置いてあった。
自身は独り身の魔導師であり、もう長くない事。
この家に辿り着いた者には、ケインを譲り渡す事。
必要ならば、この家の物を使っていい事。
そして最後の力で自身を石化させ、腐敗臭を出さないようにしていた事。
書き置きで理解した私は遠慮なくケインを失敬し、それから保存食と無数の本を発見した。
後者を調べてみると、全て魔法を取得する為の教本だったのだ。
「……あれが今の私を作ったんだっけ」
「えっ……?」
「いや何でも」
その家に到着する前から、私には修行なしで魔法を放てる体質があった。
ちょうど魔獣に魅入られた時期でもあったので、私は「魔法があれば魔獣を従わせるのでは」と考えていた。
そこから魔法取得の訓練を行ったのは時間の問題で、見事全属性魔法を身に付けたという訳である。
しかも教本には新しい書き置きが挟んであって、「魔法に興味があるのならスキルも必要なはず。自身の額に手をかざして取得するといい」と記されていた。
そうして魔導師の石化死体を触れたところ、頭の中に膨大なスキルが流れ込んできたのだ。
そう、今日において私を支えている高等スキルの数々は、全て亡くなった魔導師から手に入れたもの。
そういう意味では、名前も知らない魔導師が私の師匠とも言えなくもない。
「……エドナさん?」
「ん? ああ……ちょっと考え事。とにかく私とギルは情報収集しに出かけるから、その間に《ゴーレム》と魔法の訓練をしていなさい。昼頃には帰ってくると思うから」
「あっ、うん、行ってらっしゃい……」
『行ってらっしゃいませ、ご主人様』
綾那に続き、ペコリとお辞儀をする《ゴーレム》。
私はケインに乗ってから上昇して、ソドムの顔近くへと接近する。
「ちょっと出かけてくるわ。綾那の事をよろしくね」
《分かった……》
フフッ、従順な下僕だこと。
私は恐ろしくも可愛いソドムにウインクをして、目的の被災地へと出発した。
「ご主人様」
「ん?」
「あの《ゴーレム》、ボクの人格をベースにしたって言いましたよね?」
「言ったけど?」
「ボク、ご主人様に対してあんな行儀よくお辞儀しませんよ」
「それ気にするところ?」
ギルが妙な事で指摘するので、思わず困惑してしまう私だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そして数分後。
私とギルがいるのは被災地……ではなく、普通に人がいる街だった。
「ほんと最悪……何で電気が止まったのかしら……」
「そりゃあ被災地ですし、何が起こってもおかしくないですって。いい加減、機嫌直して下さいよ」
「そうは言ったってさ……」
実は例のパソコンがある場所に向かったのだが、何故か電気が止まって使えなくなったのだ。
何らかの理由で電線が断線したのか、発電会社辺りが止めたのか。
いずれにしてもパソコンで情報収集という訳にはいかず、こうして渋々街へと繰り出す事となったのだ。
「ニュースを見るしか情報を得られないってのはね……」
今、私達は電気屋のショーウインドーの前に立っている。
そこに設置されたテレビのニュースによれば、今オーストラリアという大陸で混乱が巻き起こっているという。
原因は、その大陸に出現した半魚半獣の巨大怪獣。
どうも体内に猛毒を有した病原体が潜んでいたらしく、軍が知らずに掃討したせいで病原体が蔓延。
交戦した海域はもちろんの事、オーストラリアの約30パーセントが病原体によって汚染。
人間を含めた生物が、もがき苦しみながら死に至る大惨事へと発展した。
つい昨日に起こった話だとされ、世界中が大打撃を受けたのは言うまでもない。
オーストラリアの経済や秩序も、崩壊の一途を辿っている事だろう。
「まさかご主人様、こういう怪獣を下僕にしたいとか言わないでしょうね?」
「さすがにこんな危ないのはするつもりないって。病原体で怪獣下僕ライフどころじゃないわ」
「それを聞いて安心しました。……いや、安心していいのか怪しいんですけど」
私とて、このような手に負えない怪獣を下僕にしようとだなんて思っていない。
私が下僕にするのは、ソドムのように自分が制御できる個体に限る。
周囲に多大な悪影響を及ぶ奴に関しては、さすがの私でもごめん被りたいところだ。
「よぉ姉ちゃん、今時そんな格好してるなんて珍しいんじゃねぇの?」
「もうコミケなんてやってねぇのにな。ニュース見てないで俺達と遊ばない?」
「あ?」
そんな時、私へと数人の男性達が近付いて来た。
しかも見た目からしてチャラい奴ら。
……ハイハイ、これは元の世界でもあったナンパというやつだ。
あっちでもよく街を歩くと、こうしてニヤニヤしながら遊ぼう遊ぼうと言われていたものだ。
「……面白い事を言うじゃない。お言葉に甘えて遊んでもらおうかしら」
「おお、話が分かるじゃん」
「ありがと。それじゃあ、こっちに来て」
「はいはいっと」
私は男どもを連れて路地裏へと入り込んだ。
そして、
「なっ、眩……!!」
「なん……だ……眠く……」
「………っ………」
以前にも使った精神作用の光魔法で、そいつらを強制睡眠状態にさせていった。
そんで、私は悠々自適に路地裏から脱出っと。
「ほんと、こういう輩はどの世界でも変わらないものね」
「誘ってるような服装をしてるのがいけないんですよ。やっぱりここじゃ目立ちますって」
「私は別に気にしてないんだけどなぁ」
私が街を歩いていると、いつも決まって通行人の視線が集まるのだ。
気になるレベルではないが、逆に帽子に隠れているギルとの会話を小さくする必要があったりする。
そこがまた面倒臭い。
「とりあえず場所を変えようか。もしかしたら道中で怪獣に出くわし……」
「失礼、少しよろしいでしょうか?」
「ん?」
電気屋を離れようとしたところ、急に現れたのは黒服の男性達だった。
ナンパどもとはヤケに違う雰囲気。
警察とは違うみたいだし、一体何の用なのかしら?
「何者なの? 私忙しいんだけど」
「我々は防衛省の者です。実はあなたが怪獣と交戦していた事を、我々も把握しておりまして」
「!」
「その事でお話がございます。突然で恐縮ですが、これから御足労を願いますでしょうか?」
「…………」
どうも、私のしている事が防衛省にバレてしまったらしい。
私が威嚇を込めて睨みを利かせるも、その防衛省の者達は怯む事すらしなかったのだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
ちなみにこれは裏設定の範囲ですが、エドナのファミリーネームである「デューテリオス」は「エドナという名前は覚えていたものの、ファミリーネームは分からなかったのでエドナ自身で名付けた」という経緯があります。
またデューテリオスはゴジラVSビオランテの没怪獣が由来となっています。
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