第16話 エドナ達の裸タイム
「……エドナさん」
「何?」
「何でソドムさんの顔近くで、身体洗う事になったの……?」
「身体を清めながら、下僕の姿を拝みたいのよ」
夕飯を食べ終わった後、私は綾那達を空いた壁へと連れて行った。
わざわざ身体を洗う場所を選んだのは、こちらをじっと見てくるソドムの近くにいたかったから。
基本身体洗う時はつまんないし、こうして怪獣を眺めたい気分でもあるのだ。
「人に見られても知らないですよ。ふらっと来た世捨て人とか」
「怪獣がいるんだから、仮にいたとしても近付いてこないわよ。ほらっ、服をその辺に掛けといて」
「はいはい」
私は服を脱ぎ始め、それをギルへと無造作に放り投げた。
そうして裸になっていったところ、綾那の視線が強くなっていくのを感じてくる。
「どうしたの?」
「……エドナさんの身体綺麗だなぁって……大人って感じ……」
「そりゃあどうも」
根無し草同然の生活をしている私だが、これでも女性としてスタイルは気を遣っている。
胸は同年代より大きいと自信はあるし、ウエストラインもくびれを保っている。
だからこうして褒めてもらえると悪い気がしない。
「見惚れるのもいいけど、早く裸になりなさい。さすがにこのままじゃ風邪引くわ」
「あっ、うん……ちょっとギルさんがいるの気になるけど……」
「どうせ私達に欲情しないから心配ないわよ。種族が違うしね」
「どうせって何ですか、どうせって」
少し躊躇しながらも、綾那も薄汚れた服をギルへと渡していった。
露になる彼女の裸体。
やはりというべきか、15歳にしては発育がよろしくない。
9~10歳と言われても違和感がない。
やせ細っている脇腹にはうっすらあばら骨が浮き出ているし、そして何と言っても痛々しい痣が見受けられる。
いかにして両親に虐待を受けてきたのか、その身体を見るだけで何となく分かる。分かってしまう。
「ああ気にしないで……別にあたしは何とも思ってないから……」
と言って笑う綾那だが、本当に気にしていないのかそうでないのかは分からない。
そんな彼女へと、そっと手を伸ばして魔力を放つ私。
突然の行動に驚く彼女をよそに、身体の痣が瞬時に消えていく。
ソドムにも与えた回復魔法によるものだ。
「えっ……あっ……」
「ひとまず応急処置しておいたから。浮き出たあばらはどうにもならないけど」
「あっ、えっと……」
「じゃあ行くわよ。上から降るから一応気を付けなさい」
痣を治した手を頭上に掲げ、水属性魔法を発動。
無数の水滴が雨のように降り注ぎ、私達の全身を濡らし始める。
さらに洗浄性の泡が水滴に備わっているので、何もしなくても泡がモコモコと身体を包み込んでくれるのだ。
「わっ、温かい……」
「温度調整しているからね。手で擦れば垢が落ちるわ」
「う、うん……」
魔法のシャワーで、早速身体中を優しく擦る。
転移してから何回もしている日常作業。
自分で言うのも何だが色白で綺麗な肌をしているので、それに傷を付けないよう丁寧に磨き上げた。
あと、胸がちょっと大きくなったかしら?
この世界にはカップという胸のサイズがあるが、たぶん私のはE~F辺りかも。
「……あの、エドナさん」
「ん?」
「……ありがとう。わざわざ痣消してくれて」
「別に。痣残しておくのも不憫そうだなって思っただけよ。私のちょっとした情けってやつ」
「そう……」
綾那のお礼が言いだすので、私は軽く受け流す事にした。
脱ぐたび、あんな痛々しいものを見せられるのも寝覚めが悪いしね。
そうしてしばし身体を洗っていた私だったが、突然ぎゅっと身体を抱き締められる感覚がしてきた。
「……何してるの?」
綾那が私に抱き付いたらしい。
見下ろしながら尋ねると、彼女が顔をうずめたまま答える。
「嬉しいから……。ご飯食べさせてくれて……身体洗わせてくれて……エドナさん、本当に優しいんだね……」
「私、あなたが思うほどの人間じゃないわよ?」
「それでもいい……両親よりも優しいのは本当だから……」
「……勝手にしなさい」
この子は虐待やいじめを受け続けたせいで、「優しさ」というのを触れる機会がなかったのだろう。
私の気まぐれをそう思うのも無理ない話だ。
……ギルもそうだが、何故優しいとかお人好しとか言われるのだろうか?
そんな自覚はないはずだし……。
無意識の内に、身内へとそういう感情を向けてしまうというお節介気質とか?
「ねぇ、ギル……」
それをギルに聞いてみようと振り向くも、奴がニッコリ微笑みながらこちらを見ている。
憎たらしい奴。
顔に水を掛けてやりたい気分だわ。
「……まぁそれよりも、あなたはいつまで私の胸にうずめているのかしら?」
「……エドナさんのおっぱい、柔らかくて気持ちいいから……」
「オッサンか……って、何さりげなく揉んで……あ……ん……もう、いいから離れなさい! 洗いづらいんだから!」
「あっ……ケチ……。でも今のエドナさん、だいぶエロかったね……」
「黙らっしゃい!」
まさか綾那のせいでよがり声を出してしまうとは、一生の不覚……。
思わずため息を吐いていると、綾那の視線が外へと向いていった。
「エドナさんの言った事、何となく分かるかも……」
「ん?」
「ソドムさんを眺めながら身体洗うの、結構いいね……」
視線の先にいるのは、満月へと顔を上げるソドムの姿だ。
彼がその満月を見やったまま、唸り声を闇夜へと鳴り響かせている。
――グウルオオオオオオオ…………。
「私がここに来たの、分かってきたでしょ?」
「うん……怪獣さんって、やっぱいいね……」
「ほんと。素晴らしいよね、怪獣って」
ソドムに魅入られる綾那に対し、嬉しく笑みを浮かべる私がいた。
なおギルには「何、得意気になっているんですか……」と言われたが、もちろんガン無視を決め込むのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「エドナさん、起きて……朝だよ……」
「んぅ……」
自分を呼ぶ声がして、私は視界をゆっくり開けた。
まず認識したのは、自分がビルの1室で寝ている事。
身体を洗った後、薄着を着て毛布にくるみながら夜を迎えたらしい。
割れた窓から、朝日の光が差し込んでいるのが証拠だ。
そんでもって、その私の視界に入っている1人の人物。
艶やかな長い黒髪、ぱっちりとした両目、あどけない表情の幼い少女……。
「……誰だっけ?」
「もう何言ってんの……? あたしだよ、綾那だよ……」
「ああ……そうだった……つい寝ぼけてたわ」
モヤモヤしていた思考がやっと戻った。
彼女は間違いなく、あのみすぼらしい姿だった前原綾那その本人だ。
彼女を温かい水属性魔法で洗わせた後、湯冷めしないよう風属性の温風で全身を乾かした。
それでギルが「せっかくだから髪を綺麗にしましょうか」と細い爪を櫛代わりにとかしたところ、今までボサボサだった髪が綺麗なものへと変わったのだ。
ついでに前髪で隠れた目も露になり、このようなあどけない顔が出てきたと。
水属性魔法で綺麗になった服も相まって、以前とはまるで別人だ。
「もう、寝ぼけにしても酷いよ……ねぇ、ギルさん?」
「確かにですね。それよりも朝ごはんにしたい食材、さっさとよこして下さい。作るに作れないですよ」
綾那の近くにはギルがいて、かき集めた木片などに向けて火炎を吐き出していた。
私はその言い方にムスッとしながらも、《亜空間》から食材を取り出しつつ奴へと放り投げる。
奴は見事にそれをキャッチ。
「えっ、もしかして野菜……?」
「そうですね。名前は『オウニ』と言って、こちらの世界で言う玉ねぎみたいなもんです。焼くと美味しいんですよ」
「肉がよかったなぁ……」
その食材は『オウニ』という楕円形の巨大な茎で、いわゆる野菜。
ギルが言ったように玉ねぎに近いものだが、それとは違いアメフトボール並みの大きさをしているのが特徴だ。
どちらかと言えば肉が好きな私だが、さすがに栄養バランスとして野菜もとらないといけない。
こういった山地で採集した野菜も、たくさん《亜空間》の中に忍ばせてあるのだ。
「ちゃんと野菜もとらないといけませんよ。さっ、これに串を刺して下さい」
「はーい……」
それから、綾那と一緒に串焼きの共同作業。
完全に馴染んでいる。
それぞれ生まれた世界が違うというのに、まるで最初から一緒にいたかのような印象だ。
それだけ、綾那が私達に染まっていったという事だろうか。
……魔法か。
綾那には教える時間がないとか言ったが……もしかしたら後々役立つ時が来るかもしれない。
「……綾那」
「ん?」
「……魔法、教えるわ。身に付くかどうかは分からないけど」
私の気まぐれがまた始まったらしい。
その言葉を受けて、綾那が無言ながらも目を輝かしていた。