第15話 瓦礫の中でスローライフ
バアルとの戦闘から数時間が経った。
ケインで飛行する私の頭上には、やや赤みを帯びてきた空が広がっている。
いよいよ夕方に突入しようとしているのだ。
先ほど私は東京の都市で「ある事」をしていて、今しがた帰路をついているところである。
その途中、肩に乗っているギルがジト目で見てきた。
「わざわざ《ゴーレム》を複数配置させるなんて、ほんとご主人様って抜け目ないですね。あるいは用心深いとも言うべきか」
「怪獣は都市に出現する事が多々あるからね。すぐに引っかかると思うわ」
実は転移直後にいた都市を中心に、複数の《ゴーレム》を配置させていたのだ。
《ゴーレム》はソドム追跡に使用したモグラ型の他、空を飛ぶ小鳥型やジャンプ力の誇るバッタ型。
それらを街の至るところに配置しておけば、たとえ怪獣がどこからか出現しようとも探し当てる事が出来る。
そして探し当てた怪獣の現在位置を、遠くにいる私へと教えてくれる……という算段だ。
「下僕集めでここまでやるなんて……ほんとご主人様は変態ですね」
「用意周到だと言ってほしいわ。私は自分の目的を……」
「惜しみなく成し遂げたい、でしょ? まぁ、無関係な人を巻き込みさえしなければご勝手にって感じですけど」
召使いの呆れた表情はもう見飽きている。
こいつにどう言われようが、私は私の気に入る怪獣を下僕にさせるまでだ。
「……っと、やっと着いたわ」
いよいよ私の家が見えてきた。
瓦礫の山の中に佇む、ボロボロの雑居ビルという代物なのだが。
この世界の山に自由に住めないのを知った私は、代わりとしてこの廃墟ビルを仮住居に選んだのだ。
ちょうどバアルを倒した後の話である。
その廃墟は怪獣によってか壁が所々崩れていて、骨組みが丸見えなところもある。
見た目からして住居にするのは不安かもしれないが、空いた壁からスムーズにビルの中に入れるという利点もある。
「ソドム、帰ったわよ」
《エドナ……》
そして何と言っても、この通りソドムを遠慮なく外に出せる。
さらに空いた壁から、彼の顔を拝む事が出来る!
周囲の瓦礫の山には人気が全くないし、そもそもここはソドムを下僕にしてから向かった場所そのもの。
なので、ソドムを出しても騒ぎが起きないという事だ。
私が空いた壁からビルへと降り立てば、ちょうどソドムの顔が同じ高さにある。
この眺めが実にいいのよ。
彼の獰猛な顔がこっちを見ているってのが特に!
――グルルウルルルルゥ……
「彼の唸り声がちゃんと聞こえてくる……凄くいいわね……」
「ご主人様……」
「あー、はいはい」
うっとりしているところをギルに阻まれたので、渋々奥へと進む。
そうして1人の女の子が見えてきたので、私は声を掛けた。
「綾那、ただいま」
「あっ、エドナさん、ギルさん、お帰りなさい……! ご飯、いい感じに出来たよ……!」
なし崩し的に拾った怪獣災害孤児――前原綾那。
彼女は今、コンクリートの地面に座りながら焚火をじっと見ていた。
「綾那さん、見てくれてありがとうございます。それじゃあ、そろそろご飯にしましょう」
「うん……! あたしお腹ペコペコ~」
枯れ木の枝で燃やした焚火には、私が普段《亜空間》にしまってある鍋が乗せられている。
鍋の中にはこれまた《亜空間》に保管していた鹿肉とスープが煮込まれていて、ひと仕事をした私へと良い香りを漂わせてくる。
ギルが用意したご飯で、綾那が私達の不在の間に見ていてくれたのだ。
ちなみに、スープの元である水は私の属性魔法によるもの。
飲用可能なので、たとえ水のない環境に置かれても問題ないという訳だ。
「はい、熱いので気を付けて下さいね」
「はーい、じゃあいただきまーす……」
ギルがおたまでスープをすくった後、それを入れたお椀を私達へと配っていく。
私より先に綾那がスープを飲むと、「ん~」と美味しそうに声を上げた。
「温かい~……。ギルさんって料理得意なんだねぇ……」
「人並程度ですよ。ご主人様があまり料理したがらないもんですから、自然とこういう腕が身に付きまして」
「ふーん。でもエドナさんも凄いなぁ……こういう鍋とか肉を魔法でしまえるなんて……」
「《亜空間》は魔法というよりスキルなんだけどね。しかも《亜空間》の中なら肉が腐ったりしないから、貯蓄に便利なのよ」
「へぇ……よく分からないけど実際は違うんだ……」
肉は元の世界において狩った鹿や猪のものだ。
さらにどんなに《亜空間》に入れても圧迫しないので、軽く1ヶ月分以上は貯蓄しているはずだ。
でもそういうのは、いずれなくなるもの。
だからこそ、なるべく早くには獣が狩れる山の中に住みたい。
そもそもここに世捨て人が集まる可能性だってあるし、ゆっくりしてる時間もそんなにないはず。
……ほんと、めんどくさいったらありゃしないわ。
元の世界なら、山で自由に住んだり獣を狩ったりしても文句1つ言われなかったのに。
何で山に所有権云々なんてあるのかしら。
解せぬ思いで肉をフォークで突き刺すと、突然綾那が袖を掴んでくる。
「ねぇエドナさん、やっぱりあたしにも魔法教えてー。あたしも魔法使いたい―」
ほらっ、来た。綾那のおねだり。
バアルとの戦闘の後、彼女がこうやって教えて教えてとせがんでくるのだ。
「何回も言ってるでしょ。私は魔法を教える気さらさらないし、弟子をとる予定もないの。悪いけど諦めてくれない?」
「あたしにも微量な魔力があるって言ったの、エドナさんじゃん……。減るもんじゃないし、いいでしょー?」
「私の時間が減るっつうの。そもそも元の世界ならともかく、この世界の人間が体内の魔力を操れるのか分からないんだし。仮に教えたって無駄骨になるかもしれないわよ?」
私はこの世界の人間にも魔力を秘めているのを感じ取り、それを綾那に教えていた。
と言っても、本当に微細レベル。
元の世界の人間が持っている魔力が1つのパンなら、この世界の人間のそれは麦の1粒。
しかも人間や生物全員に魔力が秘められていた元の世界のに対し、こちらは綾那を含めた極一部の人間にしか秘められていない。
恐らくこの世界においても、魔法が根差す可能性があっただろう。
もしかしたら伝承に存在する魔法や呪術は作り話ではなく、本当にあった事かもしれない。
が、それよりも便利な手段……すなわち科学が発展し、魔法が社会に実る事はなかった。
そうして魔力が退化し、一部の人間に残される形となった……というのが私の推測だ。
ある意味、この世界に魔法が発展しなくてよかった。
だってそうなったら、誰かが先に怪獣下僕ライフを実行していたかもしれないもの。
転移しておいて大損もいいところよ、そんなの。
「今『この世界の魔法が発展したら、怪獣下僕ライフを先越されるかも』って考えていたでしょうが、そんな酔狂なの実行するなんてご主人様くらいですよ。全くあり得ないですって」
「……ギルってさぁ、たまに私の考えている事を当てるよね。何、怖いんだけど?」
「ご主人様が単細胞だからですよ。何年付き合っていると思ってるんですか」
ほぉ、主人の私に対して単細胞とは……見上げた根性を持っているじゃない。
殺すのは最後にしておくわ。
「とにかく、綾那に教える事なんて何もないわ。だからおねだりはもうやめなさい」
「ケチ……」
ぶぅーと綾那が頬を膨らますも、私はガン無視を決めて肉のスープをかきこむ。
怪獣下僕ライフを築く上での課題はそれなりにあるが、とりあえず食事が終わったらやる事は1つ。
「ご飯を食べたら身体を洗うわよ。あなたの服や髪、汚れているしね」
「もしかして風呂を作る魔法があるの?」
「まぁ、そんなところかしら」
「へぇ…………エドナさん、やっぱり……」
「駄目よ」
「まだ何も言っていないのに……」
どうせ魔法を教えてと言うでしょうが。
とにかくこの人気のない場所なら、裸とかになっても問題はないはずだ。