第13話 ソドムの初戦闘
バアルへと馬乗りになったソドムが、まずエイに似た頭部を掴み地面に叩き付けた。
キィイとバアルからの痛々しい悲鳴。
それすら介さず、ソドムが鋭い牙の生えた口で喉元を喰らい、透明な体液を飛び散らせる。
息の根を止めんとばかりに大きく首を振り、果てはその喉元を引き千切る。
繊維か血管と思しき糸状の物が伸びていくのも見えた。
「素敵だわ……素敵よ、ソドム!!」
さすが私の下僕!
何物にも制御できない蛮力で、敵を圧倒し蹂躙する姿。
それが「強大な力」に魅入られた私を酔いしれさせる。
怪獣というのは想像以上ね。
これこそが、私が求めていた下僕の姿!!
――ピュキュウウウウウウウウウンン!!
ただその時、バアルが甲高い鳴き声を上げてきた。
次の瞬間に身体中から放たれる電撃。
周りの建物や駐車場に着弾させて爆ぜる中、まともに喰らったソドムが大きくのけぞる。
それに乗じて、脱出して飛行するバアル。
――フォオオオオオオオオオオオ!!!
奴が旋回してソドムへと向かっていく。
身体中から落雷を放ちながら。
が、私は反射的に突貫。
こちらに気付いたバアルが複数の落雷を放つも、ジグザグ移動でそれらを回避。
懐に入ったところで自分が乗っているケインを手に取り、バアルの頭部を殴打。奴を地面に叩き付ける。
――ピギッ!!!
「このエイ風情が……よくも私のソドムに傷を付けてくれたわね!!」
我ながら血が昇っていて怒り心頭だ。
何せこいつは私のソドムに……可愛い可愛い下僕にダメージを与えたのだ!
それだけでも許せない!!
奴には死をもって償わせてもらうんだから!!
「デヤアアアア!!!」
ケインには既に魔力を込めている為、先端に青白い炎が灯っている。
それをランスの要領で突き出し、バアルを宙へと突き飛ばした。
「魔力を込めることで打撃を高める」という、ケインの特性があってこその威力だ。
――グオオオオオオオ!!!
突き飛ばした直後、背後から疾走するソドム。
走るたびに駐車場が揺れる中、彼がバアルの首根っこを掴みアスファルトへと叩き付ける。
鳴り響く轟音。
そうしてバアルを振り上げ、もう1回叩き付け。
バアルの口らしき部位や身体から体液が飛び散り、駐車場へとこびりつく。
「あまり建物を巻き込まないでね!」
場所が場所だしまだ人がいるかもしれないので忠告しておくと、その意を汲んだ彼がバアルを港へとぶん投げた。
そこにあるコンテナを弾き飛ばしながら地面を引きずり、海へと落ちていくバアル。
盛大に飛び散る水しぶき。
そしてソドムが強靭な脚を踏み鳴らしながら向かい、再び奴へと飛びかかって馬乗りになった。
今までのダメージからか、バアルにはもはや抵抗の意思が見て取れない。
――ハアアアアァァァァ……。
そんなバアルへと、ソドムが口を大きく開ける。
喉の奥が赤く光ったその瞬間、放たれる散弾状の火球。
喰らったバアルを中心に大爆発が起き、海水から多量の水蒸気が噴出した。
「ソドム!」
駆け寄ってみれば、異形の巨影が水蒸気の中で立ち上がる。
晴れていくにつれて分かっていくのが、それがソドム自身という事。
周りの海面にはバアルのものだろう無数の肉片が漂っていて、さらにその中で彼が咆哮を上げていった。
――オ゛オ゛オ゛オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォンン!!! グオオオオオオオオオオオオオオォォォ!!!
まさしく勝利の雄叫び。
敵を葬れた怪獣のみが許される鬨の声。
「ソドム……」
……なんて、見事なまでに素晴らしい姿なのかしら……。
私の見たかった……いや、見てお釣りが出るくらい魅力的な怪獣の姿が、その目の前にあった。
元の世界にて根差していた魔獣とは違い、環境激変による突然変異種に過ぎない怪獣は「異物」でしかない。
そんな儚い存在が今ここにいるんだと存在価値を示すように、荒れ果てた発電所内で雄叫びを上げている。
かつて、魔獣に魅了された幼少期の頃を思い出す。
あの時の感動を塗り潰す出来事が、今ここで起こっているのだ。
思わず棒立ちになって笑みがこぼれてしまうほどに。
《エドナ……終わったぞ……》
「……えっ? え、ええ! よくやったわ! まぁ、ご飯になりそうなそいつはバラバラになっちゃったけど」
《別に構わない。そもそもそんなに腹が減っていない》
「そう……本当にお疲れ様、ソドム」
ソドムに手招きして顔を近付けさせた後、私が優しく優しく擦っていく。
ああ……敵怪獣を葬るほどの彼が従順というのが、とにかくたまらない!
やっぱり、彼を下僕にしてよかったと思うわ!
「良い子ね……。それじゃあ、しばらく《亜空間》内で休んでてね」
《ああ……》
少しばかりソドムの身体に傷があったので、回復魔法で全て完治。
それから彼を《亜空間》の穴へとしまい、戦いの場になった発電所を見やる。
バアルに襲われた建物は半分以上崩れ去り、駐車場も戦闘によってグチャグチャ。
港に至っては、バアルによって弾き飛ばされたコンテナ群が散乱してしまっていた。
……まぁ、大丈夫か。
電気や復興がどうこうのはその筋の人の仕事だし、私にしてやれる事なんてない。
下僕の怪獣らしさってやつを堪能できた事だしね。
とりあえずケインに乗って、その場を後にする。
向かう場所は、遠くの方へ放置していたギルと綾那の元だ。
「あっ、綾那さん。ご主人様が帰ってきましたよ」
「ほんとだ……! エドナさん、お帰りなさい……!」
木陰に立つ2人へと降り立ったところ、綾那がキャッキャと駆け付けてきた。
それはもう目がキラキラだ。
「ソドムさんの戦闘、見てたよ……! 凄くカッコよかった……! ガオオオって吠えるところとか……!」
「それはよかったわ。……あれ、あなたにソドムの名前教えたっけ?」
「ギルさんから教えてもらった。とにかく凄いなぁ、ソドムさんって……。バアルに噛み付いたりとか、炎でトドメ刺したりとか……。こんなにも興奮したの、多分初めてかも……」
妙に私と同じような感想を言っているのは気のせいか。
さっきギルが私と綾那は趣味が合うとか言っていたが、あながちそれは間違いではないかもしれない。
……悪くはないかな。
ギルは私の考えにあまり共感しないし、気が合う人間がそばにいるのは嫌いではない。
「理解してくれて何よりだわ。あなた、良い筋を持っているようね」
「ほんと……!?」
「まぁ、私のように怪獣を下僕にするのは難しいと思うけど。それよりも自衛隊が来るかもしれないから、すぐここを離れるわよ」
ここに突っ立っていたら、自衛隊に見つかって面倒事が起こるだろう。
私は綾那をケインに乗せてから、上空へとひとっ飛びをする。
そうして発電所が豆粒になるほど遠くなっていく頃、綾那が「ねぇねぇ……!」とはしゃぎだしたのだ。
「エドナさん、あたし魔法使ってみたい……! あたしも魔女になって、怪獣さんを下僕にしてみたい……! だから魔法の使い方教えて……!」
「いやいや綾那さん、魔法も何もあなたはこの世界の人間でしょう? ご主人様のように魔力を持ってない以上、魔法を教える事なんて出来ませんよ」
「そっか……じゃあ使えないんだ……」
ギルに指摘され、目に見えて落ち込む綾那。
しかし彼女を慰める訳ではないが、私はこう答えた。
「ギルの言葉は誤っているわ。この世界の人間にも、微量の魔力がある」
「えっ?」
「だからその気になれば、綾那でも魔法は使える。恐らくなんだけど」
私の言葉に対して眉をひそめるギルと、バッと顔を上げる綾那。
次第に綾那の表情に、一筋の光が差し込んだかのような期待感が現れ始めたのだった。