第12話 エドナの謎基準
『秋葉原に出現した落雷を操る怪獣を、防衛省は「バアル」と呼称。バアルは今現在……』
私がケインで飛行している最中、大型ビジョンにそんなニュースが流れていた。
バアルは言うまでもなく、今追跡しているエイ怪獣の事だ。
《知識感応》によるとバアルはある神話の雷神らしく、落雷から連想して名付けられたらしい。
《知識感応》の対象にした女性がそういうオタク的で、暇を見つけてはネットで調べ事していたのが功を奏した。当たりを引いた気分ね。
それよりもこんな非常時に命名だなんて思うだろうが、これは一応大事な事だという。
怪獣黙示録によって多くの怪獣が出現している都合上、名前を付けないと混乱してしまう恐れがある。
なので新種怪獣が現れ次第すぐ命名するのが鉄則となっていて、日本の場合は防衛省が命名者となっているのだ。
命名基準はバアルやソドムのように、神話や伝承の存在を基にしているんだとか。
「さっきまで電気が消えていたのに、ビジョンが映っていましたね。どういう事なんでしょう?」
「これは推測なんだけど、あの怪獣の周囲だけ電気が消える仕組みになっているかも。元の世界でも落雷を吸収する魔獣とかがいたし、それと同じように電気を餌としているなら合点が……」
「うわっ、凄い……! あたし空飛んでる……! 何かもう凄い……!」
説明をしている際、後ろからキャッキャッと綾那の声が聞こえてくる。
ケインに乗れと言った時にはさすがに戸惑っていたものの、いざ実行してみればこの調子だ。
15歳にしてはテンションが幼いような気もするが、経緯が経緯なので指摘しづらいところ。
「空飛べるだなんて、本当にエドナさんって魔女みたい……! 異世界から来たって言われても驚かないや……!」
「実際そうよ。こことは別世界の人間だし、正真正銘の魔女でもあるの。気が付いたらここに来ちゃったって感じで」
「本当……!? もう完全に異世界転移ってやつじゃん……! やっぱ転移する時って、魔法陣が足元に出るの……!? 転移魔法とかあるの……!?」
「……さぁ、どうかしら……」
これには濁った言い方しか出来なかった。
刺客共を返り討ちしてふて寝してたら転移してたなんて、馬鹿正直に言える訳もあるまい。
「それよりも追跡しているバアルって怪獣、どうするんですか? 例の如く下僕に?」
「そうねぇ……」
私はギルに返事しつつ、前方を飛んでいるバアルを捉えた。
その怪獣は何かを見つけたかのように高速で飛行していて、こうしてケインを使わなければ撒かれてしまうほどだ。
改めて街で見た全体像を回想する。
エイに酷似した半透明の巨体、無機質な印象、そして静かに飛んでいく姿……。
「……荒々しさがない」
「荒々しさ?」
「私が求めているのは、破壊衝動を形にしたような荒々しい姿と気性。ソドムはその点ちゃんと当てはまっているけど、あのバアルって奴は違う。落第点以下だわ!」
「……出ましたよ、ご主人様の謎の基準……頭が痛くなりそうです」
私からすれば、バアルはちっとも興味が湧かない。
奴にも「強大な力」はあるにはあるが、のっぺりな姿をしているのだから魅力的に思えないのだ。
そもそも、奴が通ると電気が消失する。
電気を生活の為に使っているこの世界において、その能力が死活問題なのは言うまでもない。
「えっ、じゃあ、あの怪獣さんは下僕にしないの……?」
「そういう事になるわね。怪獣を憧れるあなたからすれば、不本意に思えるだろうけど」
「いや……私は怪獣さん自体が凄いって思ってるから、エドナさんみたく選り好みはしないと思うし……そこはエドナさんの好きにしていいと思うよ……」
「綾那さんまで……」
会話に付いていけないのか、頭を抱えるギル。
もちろん召使いの反応なんて、いちいち気にするほどでもないが。
「だったら私の好きにやらせてもらうわ。前々から実行したい事もあるしね」
「実行したい事……?」
「……ソドムの戦闘よ」
綾那に答えた後、私は期待のあまり口角を上げていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
やがて見えてきたのは、東京湾に面した発電所だ。
バアルがまっすぐそれに向かって行くにつれて、私は内心確信を抱く。
やはり奴は電気を餌にしているのだ、と。
その発電所からサイレンの音が響き渡り、建物から大勢の職員が逃げ惑う様子が見て取れる。
対しバアルは速度を落とし、目の前の食料へとゆっくりと近付いていく。
「発電機を襲っているのは間違いなさそうですね。放っておけば関東一帯とかが停電しちゃいます」
「それは勘弁してほしいわね。パソコンやテレビで情報収集している私からすれば、たまったもんじゃない」
「いや、そういうパソコンとかテレビどころの話じゃ……」
「さて、ここらでいいかしら」
ギルの言葉を無視しつつ、なるべく発電所から離れたところへと降り立つ。
そこで私は綾那とギルを降ろした。
「奴との戦闘を始めるからここでいて。ギル、綾那の事を頼むわ」
「はぁ……分かりました。行ってらっしゃいませ」
「エドナさん……」
やれやれと首を振るギルとは対照的に、心配の表情を浮かべる綾那。
さっきの落雷の被害を見た故の表情だろうが、しかし私は不敵な笑みを浮かべるだけだ。
「心配ないわ。そこで私達の戦いを見てなさい」
「……うん」
彼女が頷いたのを見て、改めてケインで上昇する私。
バアルはエイ特有の平べったい身体で建物を覆い、壁などをボロボロに崩れ落とさせていく。
そこに発電機か何かがあるのだろう。
奴は目の前の食事に夢中で、かなり近付いている私にすら気付いていないようだった。
「ソドム」
私は器用にケインの上に立ち、《亜空間》の穴を開けた。
その闇の奥から聞こえてくる獣の唸り声。
「今から頼みたい事があるんだけど、目の前のあの怪獣を倒してもらえるかしら?」
《奴を……?》
「そう。下僕たるあなたの強大な力、主人としてこの目で確かめたいの。もちろんあいつは殺した後に喰ったりしてもいいからさ、それを私に見せてくれるかしら? あなたがよければなんだけど」
《…………》――グオオオオオオォオオ……。
闘争本能が溢れている証だろうか。
唸り声がさらに増していき、《亜空間》から這い出ようとするのが分かる。
……ついに見れる。下僕になった強大な怪獣の戦いを!
抑えきれない興奮から、自分の身体が熱くなるのを感じた。
「さぁ、行きなさい!! 存分に暴れるのよ!!」
――オ゛オ゛オオオオオオオオォォォォッォォ!!!
《亜空間》をさらに大きくした直後、そこから勢いよく飛びかかるソドム。
彼の荘厳な咆哮が発電所内を、そして私自身を震わせる。
――……!!?
建物に取り付くバアルが気付いた時には、ソドムがそいつに激突。
駐車場へと倒れ込み、粉塵を火山の噴火のように飛び散らせる。
――グルルルルルルウゥウウウ!!!
ああ……初っ端から凄く良い……!
ソドム、あなたを下僕にして正解だったわ!!
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
次回からエドナの下僕となったソドムの怪獣バトルが始まります!
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