第1話 ふて寝をした魔女
「この悪しき魔女め!! よくも仲間を……ガッ!!?」
激高しながら迫ってきた男に対し、何物も焼き尽くす業火を与えてやった。
業火によって男性の身体は蒸発。
塵も残さず跡形もなくなった後、私はドサッと地面に座り込んだ。
「……ほんっと、最悪……」
夜空へと仰いだ私の目が、周りに倒れている男達の死体へと向く。
これは全部、私が殺ったもの。
こいつらが私を殺そうとしたから返り討ちにした……ただそれだけの事だ。
「……散々だわ……ちっとも満たされない……」
こいつらの返り血で、灰色の長髪やオーダーメイドの服が汚れているのが気に食わない。
が、それ以上にこの現状に対する憤りが、今の私を毒のように蝕んでいた。
私――エドナ・デューテリオスは魔女だ。
親もいない私は1人で生き抜く為、あれこれそれなりの事をやってきた。
魔女になったのもその一環だ。
さらに私にはとある目的があるのだが、残念ながらそれを果たせた試しがない。
だからこうして憤りを感じているのだ。
「ようやく終わったようですね、ご主人様」
「……ギル」
そんな私へと、昆虫の羽根を生やした黒い小型竜がやって来る。
私の召使いをやっている『インセクトドラゴン』の雄で、名前はギル。
私がこの男どもを殺っている間、邪魔になるので近くの草むらに避難させていたのだ。
「見るからにイライラした顔してますね。そんなに彼らに襲われたのが癪だったんですか?」
「……何が癪だったんですかーよ。私がイライラしている理由、分かってる癖に」
「それはもちろん。オキニの魔獣が殺されるわ刺客を送り込まれるわの毎日ですからねぇ。いくら神経が図太いご主人様でも、イライラしないはずがないですよ」
「図太いは余計よ」
この世界には魔獣が存在する。
ギルもインセクトドラゴンという魔獣の一種であり、中には建物よりはるかに巨大な個体もいる。
私の目的はそう、そんな巨大な魔獣をテイムする事にある。
その為に高等なテイマースキルを身に付けたし、魔獣に舐められないように戦闘力も身に付けた。
……なのに、なのに、
「確か刺客さん、こう言ったんですっけ? 『悪しき魔獣を使役して、人を滅ぼそうとする悪魔め』とか。単にお気に入りの魔獣を下僕にしたいだけなのに、とんだ勘違いですね」
「ええ、その通りね! 私の目的は、荒々しく異形な巨大魔獣を下僕にしたいだけ!! それなのにこの連中と来たら!!」
「まぁ、危険な魔獣をテイムしようとしたらそう思われるの無理ないですけど。要は自業自得です」
「ぶっ殺すわよ!!」
魔獣をテイムする理由。
それは私の忠実な下僕にする事にある。
それも私が気に入るような、荒々しく、カッコよく、強大な力を感じさせる奴。
逆に弱かったりブサイクだったりするのは、お呼びではないのだ。
その為に各地を回りながら、お気に入りの魔獣を探していた訳だが……。
「いつ頃ですっけ? 確か魔獣をテイムした時に村人に恐れられて、それで魔獣もろとも勇者達に殺されそうになったような」
「……私が14の時よ」
最初にテイムした巨大魔獣は、角や鋭い牙を持ったナイスな奴だった。
その魔獣がとある村を襲撃していたので、私がテイムをして下僕にしたのだ。
それはもう可愛がったものだし、魔獣もご主人様である私を大層慕ってくれた。
が、私が目を離していた間、放し飼いをしていた魔獣が殺されたのだ。
襲撃された村人に依頼された忌々しい勇者達によって……。
村人は魔獣をテイムして愉悦に浸る私を、「魔獣を操って災いをもたらす悪魔」として捉えたそうだ。
それで災いがもたらされる前にと凄腕の勇者達に依頼をし、魔獣や私を抹殺しようとしてきたという訳。
もちろん返り討ちにしたんだけどね。
皆殺しよ、皆殺し。
何せ放し飼いしていた魔獣を殺されて、怒り心頭になったのだから。
そもそも私にも刃を向けてきたんだし、あくまで正当防衛の範疇だ。
「その日から、毎日のように騎士や剣士やら集まって殺しにやって来ましたね。本当にモテモテですね、ご主人様って」
「ぜんっぜん嬉しくないんだけど」
私が最初の勇者達を返り討ちにした事で、その悪評が知れ渡ったらしい。
その日から王国の騎士やら剣士やら勇者やらが襲いかかってくるわ、私がテイムする予定だった魔獣を先回りして殺されるわ……。
今日だって刺客が30人ほど襲いかかってきて、全滅させるのに余計な時間を掛けてしまった。
おかげで、私の魔獣下僕ライフが上手く行きやしない。
……まぁ、一応成功したケースがあったんだけど。
ただ妥協してテイムする事になったブサイクな魔獣で、気に入らなくてすぐリリースしたんだけど。
「まぁともあれ、ご主人様は18なんでしょう? まだまだ先があるじゃないですか。いつしか悪評が消え去って魔獣下僕ライフも再開でき……ってあっ、ちょっと……」
私は小うるさい召使いの近くに空間の穴を開け、その中へと押し込んだ。
私の持つスキルの1つ《亜空間》。
様々な物をしまう事が出来、また生物も例外ではない。
その《亜空間》の穴を閉じた後、私は刺客どもの死体の中でため息をこぼした。
「もう限界だわ……こんな世界糞過ぎる……おさらばしたいわほんと……」
毎日のように刺客と戦う羽目になって、自分好みの魔獣もテイム出来やしない。
ストレスが溜まるなんてものじゃない。
きっとこれからも刺客の襲撃は続く事だろう。
私は結構強いので殺されるという事はないのだが、だからといってそんな展開に晒されて辟易しない訳がない。
「……伝承にあった異世界というやつ、あそこに行けたらねぇ……」
かなり前、伝承を記した本にそんな事が書いてあったのを覚えている。
何でもこことは別の世界から転移してきた人間がいたらしく、その人間から聞いた異世界の情報はかなり興味深いものなんだとか。
曰く、煌びやかなガラスに覆われた塔のような建物を『ビル』、地面を蓋するように整備された板状の岩を『コンクリート』、そして馬車よりも速い車輪を持った物体を『自動車』と呼ぶ。
さらには『スマートフォン』と呼ぶ特殊なアイテムは、人間の生活に欠かせない重要なものだとか。
……私からすれば眉唾の話でしかない。
そんな上手い話があるのなら、こんな苦労はしないわ。
「……あーもう、動きたくないわ……」
もう疲れた。
死体の山に囲まれながら、ドサリと仰向けになる。
別に血の匂いなんて慣れているし、ただ休憩するだけだ。
そう思い、私は静かに目をつぶっていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……ん……」
疲れから眠ってしまったのだと気付いたのは、まぶたをうっすらと開けた直後だった。
と同時に違和感を抱く。
さっきまで漂っていた刺客の血が全く匂ってこないのだ。
不思議に思って目を完全に開けると、
「……えっ?」
さっきまで自分がいた森がなくなっている。
代わりに広がっているのは、建物と建物に挟まれた狭い場所。
どうやら路地裏のようだが……何か見た事ないような外観をしているような気がする。
「……そうだ、ギル!」
ギルの事を思い出した後、すぐに《亜空間》の穴を開けた。
そこから奴がぷんすかしながら出てくる。
「まったく、いきなり《亜空間》に放り込まないでっていつも言っているじゃないですか。この中めっちゃ退屈で……ってここどこです?」
「私が聞きたいわよ。こんな場所見た事……」
……いや、ちょっと待った。
この目の前の建物、よくよく見ると塔のようにかなり高い。
それに壁一面に無数のガラスが張られていて、暗い夜空でも微かに光を反射させている。
さらに地面には、びっしりと敷き詰められた厚い板のような物。
これはもしかして、伝承に記されていたビルやコンクリートというやつ……?
いやそんなはず……。
まだ私は夢を見ているんじゃ……。
「……ん? 何か聞こえません?」
思案していた私を遮るように、ギルが奥の方を覗いていた。
その奥には外が見えるようだが、確かに聞こえてくる。
人の声、それも無数に入り乱れた焦燥感溢れるもの。
一体何かしら?
正体を確かめようと外に向かって行くに比例して、声がだんだん大きくなっていく。
「うわああああああああ!!!」
「逃げろぉ!! 逃げろおお!!!」
「キャアアアアアアアア!!!」
そして外に出ると、明らかに人間だろう群衆が悲鳴を上げて逃げ惑っていた。
……何この光景?
どいつもこいつも必死で、恐怖の表情を浮かべている。
しかも足がもつれて転倒した人がいて、それにつまづいて別の人が転倒したりと異様な光景もあった。
道端には親とはぐれたのか、うずくまって泣き叫ぶ子供までも。
「……明らかにパニック起こしてますね」
「ええ……」
ギルの言う通りだ。
しかも逃げ惑う群衆は、綺麗に左から右へと向かって走っている。
まるで何かから逃げているような……。
――グオ゛オ゛オオオオオオオオオオオォォォォ!!!
呆けていた時、耳をつんざく轟音が響いてきた。
私が咄嗟に振り向いてみると、建物を破壊する巨大生物の姿があったのだ。
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コミカライズとなった『平穏を望みたい怪獣殺し』以来の特撮・怪獣をテーマにした作品で、かなり『怪獣殺し』とは差別化を図っております!
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