おまけ 幻影召喚ってそもそもなによ?
蛇足かも
幻影召喚とは何だろうか。使用者のコハク自身もよくわかっていない技能であるが、一つだけ確かなことがある。
――それは、『異世界の死者の魂を喚び出している』ことだ。
*
「本当にいいんだね?」
「いいんです。もう一度、この世に生を受けられるなら……今度こそ本物の『シレネ』として生きたいんだ」
コハクは幻影召喚で呼び出した空虚なる道化ことシレネと会話を行っていた。
ヴォルヴァドスとの決戦後、コハクは幻影召喚で定期的にシレネを呼び出していた。
その理由はもちろん『友達』と親睦を深めるためだ。シレネ本人も別に成仏したからほっといてほしいとは思っておらず、むしろ生き返りたいとさえ望んでいた。
とはいえ、通常コハクの幻影召喚には5分という制限がある。シレネをこの世に召喚したとて、5分しか居られないのだ。
その問題を解決すべく、コハクはアイリスに相談する事にした。
「なるほど、のう。妾ならば何とかできるかもしれぬな」
「ほんとに?!」
「うむ。死した四神獣の魂を『珠』とする術に、麒麟の製造方法……。応用すれば不可能ではなかろう」
「恥ずかしいなぁ、あーしのヒミツを知られちゃうなんて……♡」
何やら惚気る麒麟。というのも、麒麟の身体は7割近くが機械で造られており、魂も精霊を加工して人工的に作られたものなのだ。
「幻影召喚……妾が見るに、喚び出した死者の魂に魔力で構成した擬似的な体に受肉させておるようじゃな。故に5分しか保たぬのじゃろう」
「つまり物質的な肉体を用意できれば、5分以上経ってもこの世に留まれる……ってこと?」
「うむ。問題はそれだけではないが、そこさえ解決できれば後は些事じゃ」
「死者蘇生を些事って……」
「それはだって……妾たち神じゃし?」
という訳で、この日からシレネの身体造りが始まったのであった。
*
4年後――
とうとうシレネの器である肉体が完成した。
4年にも渡る歳月の中、一から人間の肉体を造ろうとしたのだ。その苦労は凄まじいものであった。
嘗て麒麟を造り出した時はもっと長い月日がかかったので早い方だが。
「これが……あたしの、カラダ……?」
召喚された空虚なる道化は、『それ』を見て戸惑う。
何故なら、それは木製の人形にしか見えなかったからだ。
「体を丸ごと造り出そうともしたんじゃがの、魂の宿っていない肉体を作るのは至難の業で断念してな。代わりに受肉用の素体を造ることにしたのじゃ。大変じゃったぞ~? 素材となるモノも吟味してのう……。魔境の中でも特に魔力の濃ゆい地にのみ生える霊樹を加工したりのう……」
「精神生命体は受肉した時に肉体を自身の情報で作り替える性質があるんだ。だからシレネの魂をこの中に宿らせれば、受肉して馴染んで生身の身体に置き換わるはず」
シレネのために調整した『人形』。
その製造には麒麟の身体構造を元に改良を加えて造られた。
この4年、シレネはコハクやカリニャンやアイリスだけでなく、麒麟とも親睦を深めていた。
いや、むしろその距離感は友情というよりも――
「ね。手、握っててほしいな……」
「怖いのかい? そんなシレネっちもかわいーね?」
「ふふ、麒麟ちゃんは相変わらずだなぁ……」
麒麟は金属質で冷たい手でシレネの右手を包みこむ。冷たくも、どこか温もりを感じられるその感触にシレネは少しだけ安心するのであった。
「始めるぞ? よいか?」
「はい……よろしくお願いします……」
――受肉には嘗ての神獣のように幻影体と魂を『珠』にしてから行う必要がある。
『珠』の状態ならば召喚時間制限を超えてもこの世界に存在できる……はず。
そしてついでにコハクからの魔力提供も必要なくなる。つまり召喚物でなくなるのだ。
アイリスがシレネへ手を翳すと、魔力で形成された仮初の肉体もろとも小さな勾玉のような『珠』へと形を変えてゆく。
これを『人形』に宿らせればシレネは『シレネ』としてこの世界に生きることができる。
「アイリス様。……あーしがシレネっちの珠を飲み込むなりして取り込んだらどうなるかな」
「ふむ……。麒麟の身体に二つの魂が宿ることとなるじゃろうな。一心同体……どちらが主人格となるかはわからぬが」
「そっか。ありがとアイリス様。万が一失敗しても、あーしが何とかしてあげられる……」
麒麟は安心しながら、『珠』を見守る。
アイリスはシレネの『珠』を木の人形の胸の上にそっと置いた。すると珠は人形の内へと沈むように吸い込まれてゆき、そして眩い光に包まれた。
それから光が収まると……
「あたし……生きてる?」
一糸まとわぬ生身の本物の『シレネ』が、そこには居た。
もう人形じゃない、この世に二つとして無い女の子。
「麒麟ちゃん、アイリスさん……コハクちゃん……」
声帯も、眼も、関節も。全部ぜんぶが本物の肉体だ。ぜんぶシレネのものだ。
誰かの代わりじゃない、操り人形なんかじゃない。
シレネの人生は、今ここから始まったのだ。
*
「良かったですねぇ。それからシレネちゃんはどうするんですか?」
コハクから話を聞いたカリニャンは、シレネの新たな人生を祝福しつつその行く先を聞く。
「うん。近々ここでメイドとして雇おうかと思っててね」
「やとっ、えっ、メイドに!?!? お姉さま浮気は許さないですよ!!!!!!!?」
「浮気なんてしないよ!!!! 僕はカリニャンしか愛さない!!!!!」
コハクは左の薬指を見せつけカリニャンへの愛は不変であると叫ぶ。事実コハクの脳内は日々カリニャンのことでいっぱいだ。他の女に靡く隙などあるはずもない。
「わかっていますよ!!!!!! ふふふ……お姉さま今夜は寝かせませんからね?」
「お、お手柔らかに……」
「フッフッフ……」
カリニャンのケダモノの眼光に、思わずたじろぐコハク。
「……それはそうとして、お姉さま。幻影召喚って何なんでしょうね?」
「そうだね……僕もよくわかってないけど、死者の魂を召喚してるのは間違いないよね。……例外はあるけど」
「死者召喚の能力ならわたしの両親も喚べたら良かったんですけれど……それとも違いますしねぇ」
うーんと2人とも頭を傾ける。
シレネもそうだが、召喚できる存在は何をもって選ばれているのか。考えても答えは出ない。
……しかしカリニャンにはコハクには言っていない、ある違和感があった。
ヴォルヴァドスとの最終決戦にて、カリニャンは幻影召喚を使って戦った。
その後の検証の結果、どうやらカリニャンはコハクを飲み込むと部分的かつ一時的に幻影召喚を使用可能となるようだ。
正確にはカリニャンの粘膜にコハクの身体が接触してる間のみなのだが、その辺りの話は割愛しよう。
そんなカリニャンがコハクへ抱いた奇妙な感覚……
それは、コハクの存在の質が幻影召喚でカリニャンが喚び出したモノと同質である……ということ。
つまり、今のコハクは幻影召喚によって召喚した幻影体である……かもしれない。
まるでカリニャンが呼び出したかのような感覚。しかしもはや数年経っているが存在の維持にカリニャンの魔力を使ってはいないし、仮初でない物質の肉体も持っている。
となると、どういうことなのだろうか。カリニャンは頭を悩ませるも、結局答えは出ない。
ただ、この事は墓場まで持っていこう……。そう思うカリニャンであった。
因みにだが、コハクの魂はカリニャンの肉体に宿っている。ヴォルヴァドスに殺害され、カリニャンがコハクを食べた時に魂は既に吸収されていたのだ。
故に現在のコハクの肉体はカリニャンの体内から遠隔操作しているのだが……それを知る者はいない。
「――それに、幻影召喚はどうやら異世界の英雄とやらを呼び出してるらしいしね。
魔法少女たちもこの世界や僕らの地球とは違う世界で生きていたのかな……」
「そうかもしれませんね……。できるなら、魔法少女さんたちに聞いてみたいです。
名を知るよしもない彼女たちが、どのように生きてきたのか。その生き様を――」
……シレネがそうだったように、幻影体にも意思はある。魂が伴っているのだから当然である。
後々、二人は知ることになる。
魔法少女たちと『災獣』と呼ばれる界游魚どもとの戦いを。
そして、ある魔法少女に起こった出来事についてを――
お久しぶりです。魔法少女たちの生前を描いた新作『ある魔法少女に起こった出来事』を投稿しております。お読みいただけると幸いです。 https://ncode.syosetu.com/n5298ir/
シレネちゃん視点で麒麟さんとイチャイチャするおはなしもそのうちまた。




