番外編 とある久敏の受難 5
実は昨年投稿したホラー短編と繋がりがあったり……
「膿んで、この子を、産逕」繧薙〒……」
土色の歪に膨れた頭を左右に揺らしながら、血走った眼で〝それ〟は久敏を見据える。
……この〝喪服の女〟はカシマレイコ本体だ。
分霊でさえ対怪異科の一部隊を殲滅しうる力を有しており、今までこのように本体自らが獲物の元へ来ることはなかった。
しかし、すーちゃんという分霊ではどうしようもない脅威を知ったカシマレイコは、諦めるでもなく強力な本体を顕現させたのだ。
そしてそれは、小鳥遊の誘い通りでもあった。
「〝俺に力を〟!!」
久敏の体が眩い光に包み込まれる。
――あまり他の世界に干渉することを善しとしないアイリスが久敏に提案した妥協案。
それは、久敏がすーちゃんの力を借り受け、かつてあの世界で活動していた疑神体の力を行使可能とすることであった。
光が収まると、そこには水色の髪の少女――ヒスイが立っていた。
『ママカッコいい~!!』
ヒスイの肩に留まる紅い小鳥が呟く。
今回、すーちゃんは緊急時を除き手を出さないという約束だ。
「お、おぉ、ぉ……」
苦しげに、あるいは救いでも求めるかのようにカシマレイコはヒスイへと両のぐずぐすの手を伸ばす。
――――
呼称名 嘉島麗子
種族 神格怨霊
Lv:211
――――
「この世界でもステータス閲覧できるのか……」
ヒスイは困惑しながらも、カシマレイコを見据える。
レベルは低くはない。向こうの世界準拠なら都市くらいなら余裕で壊滅させられる怪物だ。〝神格〟とされるのも無理はない。
しかし、だ。
――現在のヒスイは、かつての決戦時からやや強化されている。
その存在値――981
地球の上位神に比類しうる、大いなる者。
久敏はもはや人ではない。変身状態を解除したとしても、存在値50以上もの人間を遥かに凌駕する身体能力と多少の魔法を扱える。
それに加えて久敏の肉体は〝不老〟となっていた。
無論、そうなることは承知の上である。
久敏とすーちゃんは魂の契約を結び、すーちゃんと繋がった事で同質の神性を帯びたのだ。
「俺が、あんたの呪いを祓ってやるよ」
「うぁ、あぁぁぁ……」
呻くカシマレイコをヒスイは円柱形の結界に封じ込める。万一に呪いが他人へ伝播しないようにする対応だ。
そして
「破邪!!!」
天を貫く光の柱が、カシマレイコを浄化する。
零級以上もの怪異でさえ、ヒスイには及ばない。カシマレイコの呪いはヒスイの前に為す術もなく消滅したのであった。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
喪服を着たその女は、顔を隠し泣きじゃくっていた。
――ヒスイが〝浄化〟したのは、カシマレイコという呪い。
呪いの内に埋もれていた『嘉島麗子』は、生前の綺麗な姿のまま残っていたのだ。
「私っ……数え切れないほどの人たちに、何てことを……」
「嘉島さん……」
ヒスイは嘉島麗子に手を差し伸べようと歩み寄った。
しかし……
「ダメ……アイツが、来る……」
「アイツ?」
「気をつけて――」
嘉島麗子がそう言いかけた、その時だった。
勢いよく部屋の扉を跳ね開けられ、ぞろぞろと特殊装備の部隊が入ってきた。対怪異科の戦闘部隊だ。ヘルメットには『第7部隊』と書かれている。
彼らの先頭に立つは、袴姿の男。
「誰だあんた……?」
「覚えておけ、人に仇為す悪しき怪異よ。我が名は鷹野義武。貴様を調伏せしめる者なり!」
「怪異って、え? 俺のこと?」
「〝臨〟〝兵〟〝闘〟〝者〟〝皆〟〝陣〟〝列〟〝在〟〝前〟――!」
「祓魔弾銃よおーい! 撃てぇっ!!!!」
鷹野の九字切りに合わせ、部隊はヒスイへと銃口を向ける。
――まさかこいつら、俺のこと殺す気か?
そしてヒスイは銃弾の嵐に襲われる。
しかし、ヒスイは多重結界を展開し自身と嘉島麗子を守る。
銃弾は結界に当たると黄色く爆ぜ、多少の揺らぎを残して消滅してゆく。
……が、突然結界の表面が格子状に裂けた。
その裂け目から入った弾が数発、ヒスイの額に炸裂した。
「いってぇな、いきなり何しやがる!!」
「〝八剣〟〝波奈の刃〟〝祓魔の刀〟」
鷹野はヒスイの言葉に耳を貸さず、破魔の術を続ける。
――鷹野は改革派のそれも〝女〟である小鳥遊が成果を得る事が許せない。
異界の神だかなんだか知らないが、ここで徹底的に消し去り祓ってしまえば小鳥遊の利益になるようなものは一切残らない。
それどころか、カシマレイコもろとも祓えば『突如敷地内に出現した零級怪異を討伐した』という自身の実績にもなる。
「〝天〟〝地〟〝玄〟〝妙〟〝行〟〝神〟〝変〟〝通〟〝力〟〝勝〟――」
その時、突如として隊員たちの腹が裂けた。
腹を次々に内側から裂かれ、割け、咲いた。
悲鳴は上がらなかった。
なぜなら隊員たちは皆、既に事切れていたからだ。
腸と血が辺りに撒き散らされ、やがてそれはゆっくりと蠢き一点に集まって行く。
「な、なんだ……?! 貴様、よくも我が第七部隊を……!」
「な訳ねーだろ! 俺らのせいじゃねえよ!!」
「あぁっ……来た、来てしまった……」
嘉島麗子は頭を抱えて踞る。
そして〝それ〟は顕現した。してしまった。
『感謝、する、します。ワタシ、顕現の贄をくださって』
それは泡立つ開口部を開閉させ、灰色の無定形の肉体を震わせ言語を発した。
「〝八剣〟〝波奈の刃〟〝祓魔の刀〟〝天〟〝地〟〝玄〟〝妙〟〝行〟〝神〟〝変〟〝通〟〝力〟〝勝〟!!」
鷹野は退魔の術を放ち、〝それ〟の肉体の一部を弾けさせるが……
『刺激、ありがたい。不足エネルギー、充填、汝、一緒になろうよ』
「は、離せっ!!」
灰色の肉塊から伸びた触手が、鷹野の脚を捕らえる。
「うわああああああああああああ!!!!!!」
そして抵抗虚しくずるずると鷹野は泡立つ肉塊へと飲み込まれていった。
――カシマレイコは、このまつろわぬ神が現世に顕現するための糧を集めさせる傀儡でしかなかった。
「すーちゃん……これは緊急事態だよね?」
――――――
個体名 ウボ・エガ
Lv:1213
――――――
――しかしヒスイにカシマレイコを消されたことで、現世との繋がりを絶たれかけてしまった。
そこで慌てて、カシマレイコの集めた糧を消費し現世へ顕現、偶然にも近くの人間の肉体を用いて簡易的に受肉したのだ。
鷹野が乱入しなければ、ウボ・エガは再び数百年の眠りにつく所だった。
『翠川くん! その新手の怪異は一体……』
「小鳥遊さん! こいつは地球の〝神〟です!」
――ヴォルヴァドスほどではない。しかし、すーちゃんと同格の、人類を滅ぼしうる力を秘める神だ。
『き、きみは、ワタシとおなじ、神?』
「かもな。……お前の目的はなんだ?」
「ワタシ、目的は、人類みんな一緒! みんなワタシとひとつ、なれば、争い、悲しみ、なくなる、平和、しあわせ」
「……そうかい。アイリスさん! こいつ閉じ込めるのと外への余波を抑える結界だけ頼む! ついでに嘉島麗子さんも守ってくれるとたすかる!」
『妾が参戦しなくていいのかの?』
「最悪負けそうになったら頼む……。まあ、俺とすーちゃんなら大丈夫!!」
『神遣いの荒いのう……ま、ええじゃろう。こっちは任せよ』
†
怪異科の施設の上空に、灰色の肉塊と緋色の鳥が浮かんでいた。緋色の鳥の背には水髪の少女……ヒスイが乗っている。
ウボ・エガはすーちゃんと同格かやや下回る程度の神格だ。
ヒスイとすーちゃん二人がかりならば、すぐにでも決着はつく……かに思えた。
「破邪!!」
「すーちゃんふぁいやー!!!」
ヒスイの破邪の光が泡立つ肉塊を貫き、すーちゃんの口から放つ焔が焼き焦がす。
攻撃は効いている。いるのだが……
『何故? おなじ、神。ならば理解不能』
与えたダメージは即座に回復し、元通りとなってしまう。
かといって放置すると、どんどん大きく膨れあがってゆき、呼応するかのように存在値も上昇する。
「放っておいたら取り返しがつかないことになりそうだな」
「ぴちゅ……ママ、あれはたぶん本体がこの世界に出てくるために空間をこじ開ける〝手〟なんでちゅ……。アレの本体が出てきたらあたちたちじゃきっと勝てないでちゅ……」
「……となると、ちまちま削ってくしかないか? 現状ヤツの攻撃能力は大したことないし」
しかしいかんせんヤツのHPは果てしない。削りきる前にこちらのエネルギー切れが先だろう。
かくなる上は……
「アイリスさん! 俺たち今から一か八か大技を放つ!! これでヤツを倒しきれなかったら後任せる!!!」
「いいじゃろう。……小鳥遊や、よく見ておくとよいぞ」
「とてつもなく嫌な予感がするのですが……」
ヒスイとすーちゃんは、魂の波長を合わせ〝それ〟を再現する。
「――〝貪欲なる神焔〟」
太陽が地上に顕現したかのようだった。
それはかつてヴォルヴァドスが使った、神すら殺せる終末の炎。
アイリスの結界が外界への影響を遮断していなければ、関東地方一帯蒸発していてもおかしくはない熱量。
人類の保有する核兵器全てを同時に起爆したのと同等以上のエネルギーが解き放たれた。
「お、熱いっ、痛い、なんで」
貪欲なる神焔は、ウボ・エガを呑み込み焼き尽くす。
灰色の肉の塊は、完全に焼失したかに見えた。
ごぽっ
しかし、虚空から溢れるかのように『灰色の肉塊』がもるもると零れ出る。
ヒスイとすーちゃんが焼き尽くしたのは、ウボ・エガの一部分のみ。
延焼は本体にまで進んでいるが、完全に燃え尽きるにはかなりの時間を有するだろう。
「なんで、ひどいこと。痛い、痛い、痛い」
このまま時間を稼げばウボ・エガを滅ぼすことはできるだろう。しかし今の一撃でエネルギーの大半を使いきった2人が相手をするのは、ほぼ不可能である。
こちらの生半可な攻撃を上回る再生速度で膨張し、やがて取り込まれてしまうのがオチだ。
「アイリスさん! 後は頼む!!」
そうヒスイが叫んだ瞬間だった。
空間に亀裂が生じ、その亀裂の〝鋭角〟から白黒の何かが突き破るかのように飛び出した。
「なんじゃ、お主も見ておったのか」
大きな大きな、それは100mはあろうかという長さの筋肉質な逞しい腕。
白地に黒い縞模様の入ったふあふあの剛腕は、泡立ち膨張するウボ・エガを掴み握り潰した。
「カリニャンちゃん……?」
カリニャンの腕は、そのままウボ・エガを空間の亀裂へと引きずり込み消えていったのであった。
「な、なんですか今のは……片腕、だけで推定妖力値200万……?!」
「カリニャンじゃよ。妾たちの中で最も強力な〝神〟じゃ。こっちに来ておったとはのう」
妖力値……怪異の持つ力の大きさを数値化したものだ。
参考までに、零級であるカシマレイコの数値はおよそ900である。
その160倍ものすーちゃんも規格外であるが、嘗てヴォルヴァドスを倒し取り込んだカリニャンはそれすら霞むほどの神格なのであった。
†
……その後、嘉島麗子はアイリスの手によって成仏する事となった。
久敏は〝ヒスイ〟として対怪異科へと異動となり、今回のような神が出てこない限りは最強の戦力として重宝されている。
「……って事があってよぉ?」
「ずいぶん大変な事に巻き込まれてるね?」
休日、コハクの屋敷へと遊びに訪れたヒスイは日頃の愚痴を親友にこぼす。
「あぁ……。ま、やりがいはあるよ。俺にしか救えないこともあるしな」
ストレスは多い。同僚が死ぬこともたまにある。けれど、神に近しい存在となったヒスイにとってこの怪異科の仕事は天職なのだ。
「……そういや、あの時カリニャンちゃんが持っていってくれたぐずぐずの神? あれってあの後どうしたんだ?」
「あの泡の神ですか? 食べましたよ?」
「食べ……食べたっ!? え、食っても大丈夫なのかあれ?! お腹壊してない?!」
カリニャンの爆弾発言に思わず紅茶を噴き出してしまうヒスイ。
「大丈夫でしたよ! 本体を引きずり出して、細かくしてからこう、一口ずつ……。わたしが食べて取り込まないといくらでも再生して世界を呑み込むくらい大きくなっちゃいそうでしたからね。やむを得ませんでした。2度とごめんです!」
「カリニャンちゃんも頑張ったな……」
「それよりすーちゃんは元気ですか?」
「元気過ぎて困るくらいだ」
――現在、すーちゃんと久敏は地球にて同居している。明香さんも現状一緒に暮らしているが、将来的にジンと共に生きるべく地球を去る予定だ。
そしてすーちゃんはなんと、普通の子供として小学校に通っている。力を抑え体の形をうまく変えれば、見た目だけは髪が赤い幼い子供になれるのだ。
すーちゃんいわく〝はなよめしゅぎょー〟らしい。
……もちろんその小学校は怪異科の息がかかっている。小鳥遊はすーちゃんが何かトラブルを起こさないかいつもヒヤヒヤしているようだ。
「たまにはまた遊びに来いよ? いつだって歓迎するからな。ついでに仕事を手伝ってくれると助かる」
「ははは、善処するよ」
――後にヒスイは、地球の神々との交流やら未知の蕃神との戦いに巻き込まれる事となる。
彼らの未来はこれからもずっとずっと続いてゆくのだ。
けれどもそれは、また別の物語なのである。
ここまでお読みいただきありがとうございました! また気が向けばカリニャンたちのエピソードを追加するかもしれません!!
それでは皆様、次は『影魔ちゃん』と『あるまほ(新作)』でお会いしましょう!!




