最終話 君たちの未来に祝福を
『本日は世界的集団昏睡変死事件から5年。当番組は、この事件について専門家の推察を交えて――』
自称専門家の見当違いな考察を映すテレビの電源を、久敏は欠伸をしながら片手間に消した。
今日は貴重な休日だ。その上、あの日から5年の月日が経った。
「ほらしゃんとしなさいな。尊くんのお墓参りに行くんでしょ?」
「わーてるって和布浦さん」
「今はもう和布浦じゃなくて翠川でしょ、久敏くん」
「……そうだったな」
久敏は大学在学中から、10歳近く歳上のメノウこと和布浦明香と交際を続けていた。
そして卒業と同時に、結婚を果たしたのであった。
「ほらほら行くよアナタ♥」
「……あんまりからかわないでくれ」
ポリポリ頭を掻きながら、久敏は腰を上げる。
夫婦仲は円満、歳の差をものともしない誰が見てもおしどり夫婦である。
……しかしそれは、あくまで〝外向き〟での話だ。
2人の仲がいいのは事実だ。同棲しており距離感もそれなりに近い。
ただし、2人の間に肉体関係や夫婦としての『愛』は一切無い。
結婚式でも口づけをすることはなかった。
2人とも、向こうの世界でのパートナーを忘れることなどできなかったのだ。和布浦はジンを、久敏はすーちゃんを。
しかし久敏は大学時代妙にモテてしまったし、和布浦は田舎の両親からさっさと男を作って孫の顔を見せろとせがまれている。
だから、利害の一致で『恋人・夫婦』を演じる事となった。
何年かして子供ができないことを訝しまれたら、その時はまた何か考えるとしよう。
きっと2人の間に愛が芽生えることはないのだから。
さて。
久敏は久々に尊のお墓に手を合わせた。
死者を弔う……という感覚とは少し違う。尊は別の世界で女の子として生きていることを知っているからだ。
あの戦いの結末をヒスイとメノウは知らない。
ヴォルヴァドスにアバターを乗っ取られた瞬間から、記憶は途切れている。
「尊……いや、コハク。それからカリニャンちゃんにすーちゃんも……みんなどうかそっちで元気で幸せに過ごしててくれよ……」
2人は祈る。
ただ、大事な人たちの幸せを願って。
「おや、久敏くんじゃないか。久しぶりだねぇ」
「お久しぶりです古波蔵さん。お元気そうで何よりです」
墓参りを済ませ踵を返す2人は、ある老夫婦に鉢合わせた。
古波蔵尊の祖父祖母である。
「久敏くんこそねぇ。綺麗なお嫁さんも貰っちゃって、幸せそうじゃないの」
「ハハハ……」
思わず渇いた笑いが出る。
「ああそうそう、ちょうどよかった。探してたんだよ」
「探してたって、俺の事をですか?」
「まあね。そっちの奥さん……明香さんもね」
久敏どころか、明香まで関係のある話とは一体なんだろうか?
そう聞くと、尊の祖母は不思議そうに答えた。
「長い話じゃないのよ。ついさっき、あたしたち不思議な女の子たちに会ってね。
一人は真っ白な髪をした女の子で。そうそう、すっごく大きくってねぇ」
外国のスポーツ選手かしらねぇ……と、尊の祖母はこぼした。
「もう一人は小さな女の子で、銀色の髪をして綺麗なお洋服に身を包んでてねぇ、お人形さんみたいに可愛らしい娘だったわぁ……」
「……え? それって……」
久敏には心当たりがあった。
大柄な白髪の女の子に、銀色の髪の幼い娘……
いや、心当たりなんてものじゃない。
「なんでも2人は生前尊にとってもお世話になったそうでね。……いつ外国のお嬢様たちと知り合いになったのかしらね。
その娘たちに、久敏くんと明香さんに会ったらよろしくって言われたのよぉ」
「……彼女たちは何処にいるか分かりますか?」
「さぁねぇ。けれど、思い出のある場所を巡るって言ってたわぁ。そう言えば久敏くんにも伝わるだろって言ってたよぉ」
「しかし……不思議な女の子だったな。初めて会ったのに、不思議とそんな感じがしなかったな」
「……そうですか。ありがとうございます。すぐにでも彼女たちを探してみます」
それからそうかからずに、久敏は道を歩く『彼女たち』の後ろ姿を見つけた。
一方は真っ白な髪をなびかせ、黒いキャスケットをかぶっている。目視だけでも身長は2m以上ありそうだ。
もう一人は、13歳くらいの幼い少女のようだった。銀色の髪は後ろに纏められ、服装はゴシックなものであった。さながら異国のご令嬢かのようだ。
目立つ。たいへん目立つ。
そこにいるだけで周囲の視線を集めている。
……いや、あえて目立つことで見つけやすくしてくれているのだろう。
「そこのお嬢さん。道にでも迷ったのかい?」
久敏はあえて意地悪な表情で声をかけた。
「うん。久しぶりに帰ってきてね、土地勘はあるつもりだったんだけど迷っちゃった。そうだ、お腹空いたから何か奢ってくれない? 奢ってくれなきゃ悪戯されたって叫んじゃうぞ?」
「おいおい、辛辣じゃねえか。……久しぶり、尊」
「うん。久しぶり、久敏」
それは、かつて共に戦った親友の生まれ変わった姿そのものであった。
†
「――反使徒っていう地球侵攻を企てる組織があってね。それをカリニャンとドついたついでに次元上昇の術式を手に入れたんだ」
「あぁ~、なんかあったなぁそんなの。すっかり忘れてたわ。ド突いたっていうけど、苦戦したのか?」
いつかの海辺の無人駅前で炭酸飲料を一緒に啜り、コハクと久敏は互いに5年間にあった出来事を語り合う。
「ぜんぜんです! お姉さまの手を煩わせたくなかったので本拠地はわたしが踏み潰しました!! こう、ぷちっとです!」
「踏み潰した?」
「あぁ~、そっか久敏は知らないんだったか。……カリニャンね、ヴォルヴァドスとの戦いの中で超でっかくなれるようになったんだ」
「でっかくって、もとから大きい気がするけど……」
「今のカリニャンが全力出したら身長東京タワーくらいになる」
「うおっ、でっか……」
今のカリニャンは地球に合わせて獣成分をかなり抑えてほぼ人間と同じ姿となっている。
唯一変化しない虎の耳だけはキャスケットで包むことで隠している。
この姿でも既に2mはあるのだが、東京タワーサイズと言われると霞んでしまう。
「メス巨ケモメイド……」
「なんか言った?」
「いやなんでも? そうだ、明香さんもコハクに聞きたいことあるでしょ?」
肩をすくめて久敏は首を横に振り、今度は明香に話を振った。
「ジンくんは……元気にしてますか?」
「もちろん元気だよ。成長期にあまり身長伸びなくて悩んでるみたいだったね」
「そう、ですか……良かった、良かったぁ……」
思わずほろほろと涙がこぼれてしまう。
ジンのことは今でも夢に見るほどに想っているのだ。
「……来る?」
「へ?」
「実は僕たち、向こうの世界とこっちの世界に行き来できるんだ。だから、みんなに会いに来る?」
「そんなウチ来る? みたいな感覚でいけるのか……」
「5年間頑張ったからね。褒めろ崇めろ奉れ」
「神様かよ」
「神様だよ。……ホントにね」
†
〝世界の彼岸〟を航るには、それなりに強い力と『設定条件』が必要だった。
コハクとカリニャンなら単身でも彼岸を飛び越えられるが、久敏や明香はそうはいかない。
外なる闇は虚無のエネルギーに満ちており、それは常人にとっては即死するほどの猛毒なのだ。
「で、で、でっか……」
「もはや怪獣ね……」
人気のない山奥へ移動した一行。
そこでカリニャンは〝真の姿〟を解放した。
300mもの巨躯の獣人。背には太陽に似た光輪が浮いている。
――ヴォルヴァドスを斃しその存在値を取り込んだカリニャンは、虚無のエネルギーを常時中和できるほどのエネルギー量と耐久力を獲得していた。
……要するに、カリニャンの肉体は虚無のエネルギーを遮断する。
「一番虚無のエネルギーから身を守れる場所はカリニャンの体内なんだけど、二人にとってはそれはそれで危険だよね」
「え、体の中にお姉さま以外の人を入れるなんてゼッタイ嫌です……!」
「逆にコハクならいいのか……」
それはさておき、内臓とまではいかずとも、二人をカリニャンの肉で包んでしまえばそれでいい。
「……うぅ、ソコはお姉さまの特等席のつもりでしたのに……お姉さま以外の人は入れたくなかったですのに……」
そこは真っ暗だった。まるで洞窟のようでいて、壁は触ると温かくて脈動している。コハクが魔法で光を灯すと、あちこちに白くふわふわの毛が繁っているのが見てとれる。
「悪いね、僕のわがままに付き合ってもらって。帰ったらカリニャンのお願いをなんでもひとつきいてあげる」
カリニャンの顔は見えないが、声は聞こえるし言うこと伝わる。
「仕方ないですね。皆さん、しっかり掴まっててくださいね、少し揺れますから!」
「お、おう! 掴まるってどこに?」
「毛の束でいいんじゃない?」
……ここはカリニャンの耳の中である。
ここならばカリニャンが耳をぴっちり閉じている限り虚無の影響はほぼ受けないだろう。
「それじゃいきますね!!」
そしてカリニャンは、次元を飛び立った。
カリニャンは『鋭角』を起点として世界の彼岸を航ることができるのだ。
……猟犬ではなくにゃんこだが。
「着きました! ほらはやく出てこないとほじほじしちゃいますよ!」
カリニャンに急かされ、急いで耳の中から出てくる久敏と明香。その姿は、気づかぬ間に『ヒスイ』と『メノウ』のものに変わっていた。
「お姉さま、さっきのお願い忘れてないですからね!」
二人を地面に降ろし、カリニャンは普段の3メートルほどの姿へと変わる。
『真の姿』は東京タワーくらいのサイズだが、普段として過ごすのはこの姿なのだ。
「ここは……変わりないな」
「懐かしいねぇ」
花々咲き誇る庭園と、いつかの屋敷。
懐かしき場所へ、ついに帰ってきたのだ。
「おかえりなさいませ!」
コハクが屋敷の扉を開くと、白い髪のメイドの少女がうやうやしく頭を下げる。カリニャンとは別のメイドだ。
「コハク、その子は?」
「この子はシレネ。最近雇ったうちのメイド見習い。シレネ、お茶を出してきてくれる?」
「かしこまりました!」
「ほーん。いい子そうじゃんね」
「実際いい子だよ。……あの子はいろいろ苦労してきたからね、そのぶん報われてほしいよ」
「いろいろあるんだなぁ」
それからヒスイは出された紅茶をズズっと啜り、会えなかった時間を埋め合わせるようにコハクとゆっくり語り合った。
「聞いたぞ聞いたぞ……」
「げげっ、ジンくん?!」
ヒスイの目の前に、ぶっちゃけ一番会いたくない人物が現れた。
ジンを嫌ってる訳ではない。けれど、なんというか気まずいのだ。
「ヒスイさんお前メノウお姉ちゃんに手を出してないよなぁ?」
「ごっ、誤解だ!!!! 俺はただカモフラージュのためにメノウさんと偽装結婚を……」
「結婚したのか!? おれ以外のヤツと!!!? 殺してやる……殺してやるぞヒスイさん!!!! よくもメノウお姉ちゃんを寝取りやがったな覚悟しやがれ!!!!」
「や、やめろぉ! その物騒な刃物はしまって……ぎゃあああああああああああ!!!!!!」
「メノウお姉ちゃんどいて! そいつ殺せない!!!」
それからジンの誤解を解くには数時間を要したという。
「ママ、もう帰っちゃうの……?」
「ああ。けどまたすぐ会いに来るからな」
いつだって別れは惜しいものだ。
けれど、もうお別れさえ言えずに会えなくなることなんてない。
すーちゃんもすっかり大きくなり、舌足らずな時期も卒業していたようだ。
……こちらの世界に移住することも考えてみようか。
行きと同じくカリニャンの耳の中で、久敏は思い耽る。
「ねえ、久敏」
「どうした?」
「平和だったでしょ?」
「そうだな」
それは他愛のない問答だった。カリニャンと明香も聞いている。
「僕さ、すっごく幸せなんだ。幸せのことを幸せだと思えるくらい、恵まれているんだ。……正直、未だに実感が湧かないくらいにはね」
「ひょっとしたら、だけどさ。もしかしたら今もここは誰かの夢の中なのかもな」
ふと、そんな事に思い至る。
「かもね。……けど、それも悪くないかな」
この世界がたとえ、作り物だったとしても。
そうだとしても、構わない。
そこに生まれ生きている人々にとって、それは紛れもない『本物』なのだから。
この世界の人々は誰一人として、NPCなんかじゃないのだから。
――彼らの未来にありったけの祝福があらんことを
おしまい
最後までカリニャンとコハクの物語にお付き合いいただきありがとうございました!
ここまで書き続けられたのは応援してくださった皆様のおかげです!
改めて、お読みいただきありがとうございました!! よろしければ星評価などもおねがいします!!!
追記:望む声が多ければ後日談を書くかもしれません。




