第76話 機械仕掛けの悪夢
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「お姉さまっ!!!!」
ヒスイを突き飛ばして、カリニャンは大量の血を流すコハクに駆け寄った。
背後から一突き……心臓は完全に潰されている。コハクの肉体が吸血姫ではなく普人だったならば即死だっただろう。
「なんで……わたしたち友達じゃなかったんですか?! ヒスイさん!!!」
「ふっふっふ……いかにも。友達だとも、親友だったとも。だからそれを利用させてもらったまでだ」
両の手を開き、ヒスイは悪びれもせずに答える。
「……ち、がう! お前はヒスイじゃ、久敏じゃない……!」
「おおさすがはコハク。そこまでわかるのか。これも愛、友愛というものの成せる力か」
「誰なんですかあなたは……!」
「……俺はヒスイであって久敏ではない。
言うなれば、ヴォルヴァドスの分霊かな?」
ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち
その瞬間、カリニャンたちを拍手喝采が世界を覆い尽くすかのように迎えた。
「ハハハ!」
「ははは!」
「わっはっはっ!!!」
「「「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」」」
ヒスイ、だけじゃない――
「こんな……こんなことって……」
見渡す限り全てのプレイヤーたちが、歪に笑いながらまるで機械仕掛けのように手と手を打ち合わせ世界を拍手喝采で満たしていた。
――プレイヤーがカリニャンたちの世界に干渉するべくして造られた〝疑似肉体〟
それは、ヴォルヴァドスが自らの存在の一部を媒体として生成したものだ。
アバターはプレイヤーの器であると同時に、ヴォルヴァドスの一部でもある。
とはいえそこにヴォルヴァドスの意思は介在せず、ただプレイヤーがこの世界で活動するための機能のひとつに過ぎなかった。
……しかしヴォルヴァドスはカリニャンたちに倒される寸前、本体と言える『神核』を自らバラバラにし、繋がりを辿って全てのプレイヤーに埋め込んだ。
そうすることで、ヴォルヴァドスは完全に滅ぼされることを回避したのだ。
「――おっと、俺を殺したら久敏の魂も死んでしまうぜ?」
「!!!」
ヒスイの体が白い砂となって散ってゆく。
ヒスイだけじゃない、目に見える全てのプレイヤーたちの体が白砂となり宙のある一点へと集まってゆく。
その中には血濡れのメノウも混じっていた。
「ま、ママっ!!!」
ヒスイの凶行を未だ飲み込めていないすーちゃんが、砂の塊へ向かってしまった。
「あれに近付いてはダメじゃ!!」
本能からかアイリスは全力で声を張り上げて制止する。
しかし――
「マ――」
どちゃっ
すーちゃんの体が、消えた。
紅い翼の先と脚を残して、えぐり取られたかのように消えた。
地面にぼとぼととすーちゃんの成れの果てが落ちてゆく。
「そんな……そんなのって……」
「カリニャっち! アイリス様!!!」
愕然としていたカリニャンとアイリスを突然、獣形態の麒麟が思い切り蹴り飛ばした。
次の瞬間――
麒麟の頭部と胴体の大半が消滅してたのであった。
庇われた……それに気づいた時には、もう既に麒麟は物言わぬ鉄屑と化していたのである。
「お姉さま……」
「かり、にゃ……」
無数のビルたちが浮かび上がり、上空の白い砂の塊へと飲み込まれてゆく。
近づけば目に見えない何かによって貫かれ、抵抗も許されずに即死だ。
「おのれヴォルヴァドスめ……そこまでっ! そこまで堕ちたか!!!!!」
空に浮かぶ砂の塊へ、虹色の巨龍が襲いかかった。
そして虹のベールが龍もろとも白砂を繭のように包み込む。
その内側は互いに逃げ場なし、どちらかが死ぬまでの空間である。
「お姉さま……どうして、傷が……」
「か、りにゃ……」
本来コハクには高レベルの自己再生スキルがあり、たとえ心臓を潰されようと治癒が可能であった。
しかしヴォルヴァドスにつけられた傷は、入念にも事象を固定する力とスキルの力を打ち消す効力が付与されている。
更には多数の魔法少女召喚の代償として、現在コハクのレベルは一時的ながら10まで減少してしまっていた。
「血がっ……止まれっ! 止まってよぉ! このままじゃお姉さまが……お姉さまが!!」
――カリニャンに他者を癒す力はない。あったとしても、治せない。
そして当然のように回復薬などもこの傷には効果を示さない。
「カリニャン……」
「お姉さま! 喋ったらダメです……傷が広がってしまいます……!」
しかし言わなくともわかる。分かってしまう。
コハクの命が、間もなく尽きようとしていることは。
吸血鬼の生命力で辛うじてまだ絶命はしていないが、もはや風前の灯である。
「聞いて、カリニャン。お願いがあるんだ……」
「聞きたくない、です……帰ったらいくらでも聞きますから……だから、今は……」
「頼むよ……僕が、まだ話せる内に……」
目を背けても、もはやコハクの死は避けようがない。
「わか、りました……わたしに、何をしてほしいんですか?」
「これは僕のわがままだ。カリニャンに、すごく辛い思いをさせてしまう……」
紅く染まったカリニャンの腕の中で、コハクは穏やかにその『願い』を語る。
――死ぬことそのものは怖くはない。
だって1度死んだことがあるのだから。
怖いのはそこじゃない。
吸血鬼という種族は、絶命すると肉体は灰となって風に散ってしまう。
たとえこのままアイリスやカリニャンがヴォルヴァドスを倒し、元の世界へ帰れたとしても。
コハクの亡骸を持ち帰る事は叶わない。
ヴォルヴァドスとの戦いの中では、一握りの灰を守りきることさえ不可能だろう。
灰となって散り散りになった亡骸の成れの果ては、この外なる闇の中で永遠に取り残されてしまうだろう。
――もう、独りになんてなりたくない。
――もう、独りになんてさせたくない。
置いてけぼりなんて絶対にいやだ。
何としてでも、カリニャンに〝連れて帰って〟ほしい。
「――だから、僕を……食べてっ」
これはコハクの純粋なわがまま。
カリニャンにとってあまりにも残酷な頼み。
このまま闇に散ってしまうくらいなら、カリニャンの中で生き続けたい。
そうすればきっと、カリニャンは何がなんでも生きようとしてくれるだろう。
そんな、わがままだった。
「わた、わたしは……」
ピシッ――
『繭』にヒビが入った。
その内部で、間もなく決着がつこうとしている。
残された時間は少ない。
「わかり、ました……」
「僕を好きになってくれてありがとう。僕を『何者』かにしてくれてありがとう……。これからもずっと一緒だからね……」
「はいっ……! ずっとずうっと愛しています、お姉さま……!」
パリンッ――
虹色の『繭』が崩壊した。
まるで蝶の羽化のようだった。
それは黒く黒く星空のような巨躯で繭を突き破る。
繭の崩壊と同時に、四肢の欠けた金色の髪の少女の骸が地上へと落下した。
そしてその骸は、大地へ降り立つ黒き巨躯の『獣』に虫けらのように踏み潰された。
「んぐっ……」
額に蒼い角の伸びる、10m以上はあろうという巨体の獣――カリニャン。
先の戦闘でランリバーを蹂躙し、ヴォルヴァドスにトドメを刺した姿だ。
その姿に変身したカリニャンは、頬張るには少し大きいそれを思いきって口に詰め込む。
鉄の味と、慣れ親しんだ最愛の香りが口の中を満たす。
カリニャンはそれを、一思いに飲み込んだ。
「安心してくださいお姉さま……絶対一緒に帰りますからね」
†
それは、全身を東京の無数のビルたちを寄せ集めパーツとして組み合わせ、半人半馬の怪物を象ったような姿をしていた。
その全身は、さながら東京の夜景を凝縮したものであった。体内では幾重もの歯車が廻り、キリキリと異様な音をたてていた。
――それは、全てのプレイヤーの集合体。
この外なる闇だけではない。
ログイン状態問わず〝全て〟のプレイヤーの存在値と〝魂〟を取り込み、ヴォルヴァドスが形を変えたモノ――
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機械仕掛けの神
Lv:9999
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『我は』『私は』
『ボクは』『俺は』
『『『救いもたらすものなり』』』
《ファイル1 ロード中……》