第75話 最高のハッピーエンド
NPCが一二三大賞の一次選考を通過しておりました。めでたいですね。
『……♪』
なにやらもじもじしている薄明の聖騎士の頭を、しぶしぶといった様子で彼岸の勇者がなでなでしていた。
そのすぐ横で、祝福の簒奪者は無表情のまま頬を膨らませていた。なぜか不機嫌そうだ。
それを更に端から見ながら、箱庭の妖精と愛染の舞踏姫がクスクス笑っている。
「……ねえ」
「うん?」
そんな様子を見ていたコハクとカリニャンを、横から誰かが話しかけた。
それは糸で吊るされた白黒のピエロ、空虚なる道化ことシレネであった。
「ありがとう、あたしに役割をくれて。友達の力になれて本当に良かった」
「僕たちこそ君には感謝したい。シレネの力がなかったら僕はやられていたからね」
「うん……」
空虚なる道化はその仮面を外し、無垢な本物の顔でコハクに微笑みかけた。
……シレネは既に死者である。
現世にずっと留まり続けることはできない。
「また、呼んでね」
シレネ含む魔法少女たちの体が光の粒子となって消えてゆく。
きらきらと星屑のように散って行くその様は、どこか切なくて懐かしくもあった。
消えてゆく他の魔法少女たちに向けて、同じように消えつつあるソリトゥスも別れを惜しむように手を振った。
それはきっと、ソリトゥスだけが元の世界で生きているからなのだろう。
コハクたちに魔法少女たちの事情はわからない。けれどきっと、彼女たちにもまた別の物語があるのだろう。
「またね……」
コハクは、去り逝く魔法少女たちの幸せを祈るのであった。
†
能力を制御することで、カリニャンは自身の体躯を以前と同様の3mほどに抑えることに成功した。
これで今まで通りお屋敷でメイドとして働ける。
そんなカリニャンとコハクを取り囲み
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
と言いながら拍手を捧げる意味不明な集団がいた。
カリこは大好きなプレイヤーたちである。
全員事情は知らされている。
ヴォルヴァドスという存在が消えたことで、プレイヤーたちもすぐ元の世界に戻されてしまうだろう。
彼らにできることはそうはない。だからせめて、コハクとカリニャンの新たな門出はこうして祝福で送り出したい。
プレイヤーは彼らだけではない。
ヒスイやメノウもじきに地球へと戻され、2度とあの世界へは帰れないだろう。
「メノウお姉ちゃん……おれ、ずっと――」
「あたしも一生他の人を愛したりなんてしないから……」
ヴォルヴァドスが消えたことで、セクシャルガードは完全に消滅している。
こっそりとビルの物陰へ姿を隠すのは、二人の最後の思い出作りをするためだろう。
「……アイリスさん。ヴォルヴァドスがいなくなった地球ってどうなるのかな」
「さぁのう。ヤツの言うところによれば、地球の神はヴォルヴァドスだけじゃないようじゃな。断言はできぬが、大丈夫じゃろう」
「そっか……」
仮にもヴォルヴァドスは地球を守っていた神だ。それがいなくなる事は、地球は外敵からの抵抗力を失ったことを意味する。
今のコハクには、地球の平和をただ祈るしかなかった。
「それよりよいのか? ヒスイとの最後の別れじゃろう?」
「そうだったね。……これで本当にお別れか……」
コハクは1度死んだ。
その時はなにも言えないままヒスイの前を去ってしまった。
けれど今は、『さようなら』が言える。
「やー!! ママといっちょがいーいー!!!!」
「ごめんなすーちゃん……。アイリスさん、すーちゃんのことよろしく頼む」
「うむ」
「さて、コハク……」
泣きわめくすーちゃんをアイリスに預け、ヒスイはコハクとゆっくり語り合う。
一歩後ろにはカリニャンが立っている。カリニャンもヒスイには大恩がある。
「……良い表情するようになったな」
「そ、そうかな?」
「ああ。前まではずっとチベットスナギツネみたいな顔してた」
「チベットスナギツネ」
「しかし今は違う。……それもこれもカリニャンちゃんのおかげだよ。ありがとう」
唯一の肉親から愛を与えられず、何者にもなれずただ希薄に生きる日々。親友でさえコハクに意味を与えるには至らなかった。
そんなコハクが、今では幸せそうに笑うようになった。
カリニャンがずっと側にいたから。
愛を教えてくれたから。
「わたしからも言わせてください。……お姉さまの友達でいてくれて、本当にありがとうございます。ヒスイさんがいなかったら、お姉さまはきっとわたしに出会う前に壊れてしまっていたと思います。ああ見えてお姉さまって繊細ですから」
「……そっか。コハク、カリニャンちゃん。……どうか幸せにな」
「ヒスイ……いや、久敏。これからも僕たちはずっと友達だよ。ずっと、忘れない」
「古波蔵……」
プレイヤーたちの身体も白い雪の結晶のように散りつつある。
間もなくこの仮初の世界も崩壊を迎える。
二人の人生はもう交わることはないのだろう。
「……」
「……ヒスイ?」
「ん、ああ大丈夫。ちょっとぼーっとしてた」
目頭を押さえ、ヒスイは今一度コハクと向かい合う。
そして、小さなコハクの体をぎゅっと抱き締めた。
「昔はこうしてお前のことを抱き締めてたよな。俺がこうしないと何処かへ消えてしまいそうで……」
「でももう大丈夫だよ。今はカリニャンが抱き締めてくれるから」
「はは、そっか。ちょっとだけカリニャンちゃんに嫉妬しちゃうな」
「ちょっと! お姉さまは渡しませんよ!!」
「これは参った、カリニャンちゃんには勝てそうにないや」
名残惜しそうにヒスイはコハクから手を離す。
――嗚呼、これでもう親友と二度と会えなくなるだなんて。
もう言葉を交わすこともない。けれど、君がどこかで笑って生きてくれるならこれ以上の結末はない。
だから――
……
『――』
この物語の顛末は、最高の色で飾ってやろうではないか。
胸が痛い。
この痛みは心の痛みだろうか。冷たく突き抜けるようで、熱く焼きつくかのようでもあって――
「お姉、さま……?」
「えっ……?」
喉の奥から熱く煮えた鉄のようなものが溢れだす。
いや、違う。これは……
「げぼっ……?!」
熱いものがびしゃびしゃと口から溢れ出して、地面を真っ赤に濡らす。
ここでコハクはようやく気がついた。
己の胸から、真っ白な刃が生えていることに。
「本当に、俺のことを友達だと信じてくれて助かったよ」
背後からヒスイの嘲笑うかのような声が聞こえる。
――ああ、そうか。
コハクはようやく理解した。
ヒスイが、背後からコハクの心臓を剣で貫いたのだと。
認めたくない空想が、そこにはあった。




