第74話 ある魔法少女たちの鎮魂歌
『我はっ!! 負ける訳にはいかぬのだぁぁぁ!!!!!』
炎の巨神が猛る。
ヴォルヴァドスがこれほどまでに追い詰められたのは、初めてであろうか。
嘗て地球を貪らんとした焰の神。アレはヴォルヴァドスよりも強大な存在だったが、地球侵略にそこまでの意思はなかった。だからヴォルヴァドスたちが抵抗する素振りを見せると、すぐ意欲を欠いて退散したのだ。
今ごろは何処か別の世界でも貪っていることだろう。
アレが本気だったなら、ヴォルヴァドスに勝ち目はなかった。
……だがそれでもヴォルヴァドスは立ち向かったであろう。
人類を護るために、人間には理解できぬヴォルヴァドスなりの正義のために。
「……わたしはあなたが憎いです。けれど、あなたが自分の世界を守ろうとしている気持ちはわかります」
『……』
「だからこそ、わたしたちはわたしたちの世界を守るために! あなたをここで倒します!!」
苦しげなヴォルヴァドスにカリニャンはそう宣言する。
その瞬間――上空から無数の火の玉がヴォルヴァドス目掛けて殺到した。
『お、オォォォ……!!!』
苦しそうに呻くヴォルヴァドス。
火の弾幕を放ったのは――
「ヒスイさん! すーちゃんさん!!」
「助けに来たぜコハク! 首尾はどうだ!?」
緋色の巨鳥――すーちゃんとその背に乗ったヒスイであった。
「順調! ヴォルヴァドスのHPは残り3割くらい!!」
「そうかぁ!! そんじゃみんなで畳み掛けて幕引きといこうじゃねぇか!!」
仲間たちが続々と集まってきている。
『〝流星よ――』
「あーしもここいらで手柄が欲しいねぇ!!」
〝命令〟をしようとしたヴォルヴァドスを、赤い雷が迸り止めた。
それは麒麟の角より放たれた攻撃であった。
普段ならばヴォルヴァドスに痛痒すら感じさせないであろう一撃。
だがしかし、コハクとアイリスに削られて満身創痍となった今はもはやその程度の攻撃でさえ決定打になりえる。
『オ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛!!!!!!!』
まるで獣の咆哮のように、ヴォルヴァドスは苦し紛れにエネルギーを熱に変換し全方位へ勢いよく放出した。
弱っているとはいえ、エネルギー量は依然としてアイリスよりも多く、ただの苦し紛れの攻撃でさえ尋常ならざる破壊力を持っている。下手をすれば向こうに一転攻勢だ。
しかし全方位の攻撃……避けきれるものではない。
だが
『にゃはっ!!』
シレネが、空虚なる道化が、【確率改竄】によってエネルギーの濁流をそよ風同然に変えてしまう。
しかし薄明の聖騎士だけは意図的に盾で『防ぐ』。
――星の怒り!!
煌めく星のエネルギーが、ヴォルヴァドスの身体を貫いた。
それでもなお、やはりヴォルヴァドスは死にはしない。だが再び生命力を大きく削ることには成功している。
『……♪』
そのとき、東京の夜空に一匹の蝶が羽ばたいた。
蝶はキラキラ瞬く鱗粉を、辺り一面に撒き散らす。
さながらそれは、天の川のごとき光景であった。そしてその鱗粉は地上に舞い落ちると、血のように真っ赤な花へと姿を変える。
『……! これは――』
――【〝三綱五常沙華爛漫〟】
嘗て箱庭の妖精が奥の手として使ってしまった、禁断の魔法である。
彼岸花によく似たその花園は、獲物の生き血を啜って咲き誇る。
下手をすれば敵も味方も己さえ糧にしてしまう、禁断の花園であった。
(まずい、残り少ない魔力を尽く吸われかねん……!!)
ヴォルヴァドスの炎の身体を維持するエネルギーが、凄まじい勢いで彼岸花に吸収されてゆく。
吸収したエネルギーは箱庭の妖精の他にコハクや他の魔法少女たちに分配され、さらにヴォルヴァドスを追い詰めて行く。
「……滅せよ」
祝福の簒奪者は銃身に〝黒い弾丸〟を込め、ヴォルヴァドスへと照準を合わせる。
しかし危険を察知したヴォルヴァドスは、咄嗟に【多次元結界】を構築し致命の弾丸を防ごうと試みた。
だがしかし、彼岸の勇者によってその『境界』は否定される。
『……~~っ!!!!』
切り裂かれた次元の壁。
ただでさえエネルギーを彼岸花に吸い取られているこの状況で、これ以上削られるのはまずい。
更にアナテマの〝致命の弾丸〟までもが突き刺さり、ヴォルヴァドスの命に王手がかかろうとしていた。
『かくなる上は……』
突如としてヴォルヴァドスの姿が消える。
否、消えたのではなく高度を上げたのだ。
音速をはるかに上回る移動速度で、ヴォルヴァドスは高度1万m以上まで上昇していった。
「……逃げたのか?」
「いや、違う……」
『――〝双子の新星よ、契り交わり破滅の仔を成せ〟』
それはヴォルヴァドスの『最後の切り札』であった。
貪欲なる焰神のような外なる神が襲来した時に備え編み出した、究極の現実。
――中性子星、と分類される星がある。
直径は数十kmほどでありながら、太陽以上の質量を持つ規格外な天体である。
この星はブラックホールほどではないが、時空にさえ影響するほどの超重力を纏っている。
よく使われる喩えだが『スプーン1杯で山脈ほどの重量』と言えば分かりやすいだろうか。
この重力により中性子星内部では、本来単体では存在できない『クォーク』という素粒子がバラバラの状態で散らばっているという。
そんな中性子星の内部でのみ生成される理論上の粒子『ストレンジクォーク』。
この粒子は他のクォークの情報を書き換え、自身と同様のストレンジクォークに置換してしまう特性がある。
仮に地球上にストレンジクォークが飛来してしまった場合、地球は瞬く間に数百mのストレンジ物質の塊と成り果て生物もなにもかも跡形もなく消え去るだろう。
その『中性子星』をふたつ、ヴォルヴァドスは空想から実現させた。
本物よりもはるかに小さいものの、存在するだけで地球を跡形もなく滅ぼしうるほどの凶星。
――そんな中性子星同士を、衝突させる。
ヴォルヴァドスがやろうとしていることは、それによって発生する破滅的な爆発現象。
〝キロノヴァ〟
ひとたび発生すれば、周囲30光年へ数千年にわたり強烈な放射線を照射し周辺の惑星系の生物はみな死に絶えるとされる。
ヴォルヴァドス自身さえ危険な破局的天文現象。
しかしここで使わねば、ヴォルヴァドスは確実に負ける。
『滅びよ、仮初の世界よ』
蒼白く輝くふたつの小さな光がヴォルヴァドスの背後に浮かび上がり――。
(……おかしい。虹龍は何処へ行った?)
ここでヴォルヴァドスは、違和感に気がついた。
「それがお主の切り札かのう? させぬよ」
ヴォルヴァドスの認識の外より、金髪の少女が現れる。
次の瞬間、虹のベールが蒼い光もろともヴォルヴァドスを包み込む。
『しまっ――』
ヴォルヴァドスの『切り札』は、あっけなく空想に散ってしまったのであった。
それだけではない。
地上で舞い踊っていた愛染の舞踏姫が、上空のヴォルヴァドスを指差してあざとく首を傾けた。
『……?!』
ヴォルヴァドスの体が、堕ちる。地上へと引っ張り込まれるかのように落ちる、墜ちる、堕ちる。
愛染の舞踏姫の能力は、『愛』による自他強化の他にも対象に重量を付与するものもある。
愛は重い。とても重い。圧し潰されてしまうほどに。
そうして地に墜ちた炎の巨人の身体へと、実態なき人形の『何か』が群がり押さえつける。
「今だよジンくん!」
メノウが叫ぶと、光かがやく剣をかかげたジンがまさにヴォルヴァドスへと斬りかかるところであった。
ヴォルヴァドスを抑えていたのは『精霊』たちである。
界游魚と同質でありながら、世界の内側で産まれる精神生命体である。
界游魚を魚とするならば、精霊はさしずめプランクトンのようなものだろうか。
ヴォルヴァドスは既に精霊ですら力で抑え込めるほどまで削られていた。
『こ、の……下等存在どもめ……』
ジンの『勇者の剣』による弱点属性攻撃は、ヴォルヴァドスに極めて大きなダメージを与えていた。
もはやその炎の体もずいぶんと小さくなってきている。
「お母さん、お父さん……。わたし、今から世界を救いますよ!!」
カリニャンは、地に墜ち燻るヴォルヴァドスへと駆け出した。
ヴォルヴァドスも黙ってはいない。
せめてもの抵抗として炎による攻撃を試みるが……
『往け……異界の名も無き魔法少女よ』
彼岸の勇者がカリニャンの行く先を切り拓く。
「はああああああ!!!!!!」
カリニャンの拳は雷を纏い、氷の爪がヴォルヴァドスの小さくなった炎の体を叩き潰さんと襲いかかる。
『祝福を。死に逝く貴方に花束を』
同時に、3発の〝黒い弾丸〟がヴォルヴァドスへ向けて放たれる。
『お、おぉぉぉぉ……………』
カリニャンの一撃は深く遠慮なくヴォルヴァドスの中核近くへと到達していた。
それと同時に、ヴォルヴァドスのエネルギーが底をつく。
魔法少女たちの度重なる猛攻に、神核を砕く7発の〝致命の弾丸〟。
そして、数多の人々の『愛』を背負い強化されたカリニャンの全身全霊の一撃。
『我はっ……――』
ヴォルヴァドスは何かを言いかけると、それを最後に跡形もなく消滅した。それはさながら、蝋燭の火を吹き消した時のようであった。
「や、やった?! やりました! 勝ちましたよお姉さま!!!!!」
実感が追いつかない。
しかし、確かに成し遂げたのだ。
ヴォルヴァドスを、神を倒した。
今ここに、弑逆は為された。
『……』
『やむを得んか……』
もうちっと続くんじゃ
 




