第8話 喜劇か悲劇か
コハクとカリニャンが街に出てから一週間が経った。
何度も森の屋敷に帰りつつ、定期的に街でショッピングを楽しんでいた。
「カリニャン……僕にこういうのは似合わないと……」
「似合ってますよお姉さま!!!! 世界の誰よりも可愛らしいです!!!」
メイド服のカリニャンの側で、ゴスロリの銀髪少女――コハクが赤面しながら歩いていた。
ここ数日でカリニャンのプレイヤー恐怖症はずいぶんと落ち着いてきて、今では仕立て屋のプレイヤーと談笑するくらいにはなっていた。
……とはいえ、まさか仕立て屋と共謀してゴスロリをここまでフリッフリにされるとは思わず、コハクは今度は別の方向に不安になっていた。
「ふへへ、お姉さま可愛い……♡」
慕ってくれるのは嬉しいが、最近のカリニャンは少し何か様子が変でもある。
別に悪意はなさそうなのでコハクが何か言うつもりはないが。
なぜか頭をなでなでされながら、コハクはさっきの仕立て屋の言葉を思い出す。
『おお、そういやあな。最近また迷惑なプレイヤーがこの辺で何かしてるらしいぞ。気を付けな?』
ランリバーほどではなくとも、悪質なプレイヤーかもしれない。
カリニャンには悪いが、またしばらく街に出るのは控えた方がいいか。
「どうしましたお姉さま?」
「ううん、なんでもないよ」
軽く昼食を食べたら早めに帰ろうか。
二人はすっかり馴染みのカフェテラスで、サンドウィッチを食べコーヒーを飲む。
「そういえばカリニャンって猫舌じゃないんだね」
「ネコジタ? なんですかそれ?」
「熱い飲み物が苦手な人の事だよ。カリニャンは平気そうだけど」
「なるほどです。それなら昔は私もネコジタでしたけど、お母さんに飲み方のコツを教わってからは飲めるようになりました!」
懐かしい記憶を思い返す。
もう戻れないあの日常を、奪われた平穏を。
けれどカリニャンはもう泣いたりしない。
今は隣に愛しい人がいるのだから。幸せなのだから。
「最近さ、カリニャンが来てから生きてて良かったと思えるんだ」
「? お姉さまくらい強かったらいろんな楽しい事も見つけられそうなものですけど、そうはいかないんですね」
「強かったら、か……。そうだね、僕がもっと強かったら……違った人生もあったのかな」
「お姉さま……?」
「でも、カリニャンに会えた。それだけで、弱くても生きていて本当に良かったと思えるんだ。いつもありがとうね、カリニャン」
コハクの無垢な笑顔に、カリニャンも思わず微笑み返す。
コハクの過去に何があったのかカリニャンは知らない。
けれど、お姉さまが幸せなのならそれでいい。
二人の談笑はそれからもう暫く続けられた。
*
「さて。小腹も膨れたし、そろそろ戻ろっか?」
「えぇ、もう少し遊びたいですよお姉さま~?」
「ごめんね。ゲルドさんも言ってたけど、最近この街にまた厄介なプレイヤーが来てるらしいんだ。出くわす前に戻った方が良いと思う」
そうそうバレる事はないと思われるが、万が一そのプレイヤーにカリニャンが討伐指定のNPCだと気付かれたら……。
「……残念ですが仕方ないですね。また一緒に来ましょうね?」
「そうだね、落ち着いたらまた遊ぼうね」
二人はゆっくり街のはずれへと歩いて行く。
屋敷への転移に万が一にも他人を巻き込まないために、人気の少ない所へ移動しているのだ。
だがそんな2人の後を追う者がいた。
「お嬢さん、ハンカチ落としましたよ」
「えっ? あ、ありがとうございます……」
カリニャンの肩にポンと手を乗せて、突然一人の男が声をかけてきた。
「あの……これ、私のじゃないです」
「おっと、それは失礼しました。……おや、もしかして貴女はコハクというプレイヤーではありませんか?」
「そうだけど、何?」
「いやはやわたくし、〝セーロンマスクチャンネル〟という名前で配信している〝セイジ〟という者でしてね」
「……僕に動画に出て欲しいっていうならお断りするよ」
そう言って逃げるように立ち去ろうとするコハク。
しかしそこで、予想だにしない事が起きる。
「よお、断るってんならこのNPCを殺すがいいんだな?」
「カリニャン……?!」
何処からかもう一人男が現れ、いつの間にかカリニャンを人質のように抱えていた。
「お姉さま……なんだか、体に力が……」
今のカリニャンならば、この程度のプレイヤーは瞬殺できるだろう。
しかし、プレイヤーも人である。格上を倒す手段はいくらでも持ち合わせている。
「これはわたくしの【衰弱の呪い】という技能。つまり【衰弱】のデバフを与えるスキルです。
わたくしのさじ加減で対象の衰弱度合いを如何様にも切り替えられます。それこそ、呼吸すらできないほどにね」
「そうだそうだ。この可愛いNPCを殺されたくなきゃ、言うことを聞くんだな」
「ちなみに仮にわたくしを倒しても、このデバフは解除されることはありません」
「……何をしてほしいの?」
立つことすらままならないカリニャンの姿を見て、コハクはこの2人の言いなりになる他なかった。
「何をしてほしいか。単純です、このチャンネル登録者数20万人のセーロンマスクチャンネル。次の配信でわたくしたちと戦って負けてほしいのですよ」
「レベル280超のプレイヤーを倒すとかすげえ話題になること間違いなしだな!!」
つまり、コハクという超格上のプレイヤーを倒す所を配信して、話題を取ろうとしている訳だ。
倒される……つまりプレイヤーは殺されると、一定時間後復活する。
一度倒されて復活すると、レベルは倒された時点の半分に減少する。
――カリニャンを救えるなら安いものだ。
「分かった。……君たちの言う通りにしよう」
「へっへっへ、それじゃあ動画の打ち合わせといこうじゃねぇか」
そうして4人は、踵を返して街の方へと向かっていったのであった。
――この後に起こる喜劇、あるいは悲劇も知らずに。
次回! ざまあ展開!(予定)
『面白い』
『続きが気になる』
『コハクちゃんかわいい』
『カリニャンちゃんかわいい』
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