第73話 『吊られた者』『愚者』の魔法少女
あたしはあたし。あなたもあたし。あたしの心の裏返しなあなたも、あたしそのものなんだ。
だからね、もうあたしは間違えない。
あたしを自由にしてくれた友達のためになら、もう一度傀儡になったって構わない。
さぁて、今度は何して遊ぼっかなぁ?
†
「〝踊り明かして〟――
――『空虚なる道化』」
きいきいと糸を引き、鳴らすよ音を。
天より吊られた幾束もの糸の先に、道化の形をした人形が吊り下げられていた。
『にゃははっ……』
空虚なる道化はぎこちなく笑った。
仮面の裏面の少女は心の底から笑った。
道化を中心に、世界が上から塗り潰されてゆく。
――そこは、夜闇にいくつもの光の点る東京のような街並みであった。ただしそれらは決して本物ではない。
四角く切り出した板にビルの窓や看板の柄を塗った、さながら人形劇に使われるようなハリボテの街並みである。
空に瞬く星はみな、細い糸で吊られていた。
それは、嘗てコハクと戦った檻の舞台とは異なる風景であった。
『仮初とはいえ、我の創りし世界を上書きするか。……我のような神、あるいは〝界游魚〟でもなければ不可能なはず……』
ハリボテの世界でも轟々と燃えたぎるヴォルヴァドスの前に、空虚なる道化は杖を衝いてくるりくるくる踊り舞い降りる。
スポットライトが道化を照らす。
『れでぃーすあんどじぇんとるめーん!! 今宵はこのあたし、シレネがあっと驚くショーをご覧に入れましょう!!!!!』
世界が廻る、廻るよ世界。
さあ、ゲームを始めよう!!!
*
『吊られた者』であり『愚者』の魔法少女、〝空虚なる道化〟。
クローンとはいえ元は人間であった彼女は、何故この世界で唯一の魔法少女となってしまったのか。
その答えはヴォルヴァドスがコハクたちを招いたこの外なる闇にある。
世界と世界の狭間に無限に満ちる、虚空の海。
物質などはほぼ存在せず、同時に物理的時間も流れていない。だが無明ではあるが、虚無ではない。
そこでは稀に〝生命〟に酷似したナニかが蠢き泳いでいるのだ。
虚空の海に僅かに漂う物質やエネルギーを糧とし、時に点在する〝世界〟に侵入し星を貪る存在が。さしずめ〝上位存在〟とも形容できようか。
ヴォルヴァドスや近隣の神々は、それらを『界游魚』と呼んでいた。
とある世界において〝災獣〟と呼ばれているそれらの中には、極めて稀ながら知性と自我を持つ個体も存在する。
彼らは得てして『神』と呼ばれるものに値する。ヴォルヴァドスなどもまた、その一例なのである。
……空虚なる道化――シレネは、嘗て龍脈の暴走に巻き込まれ外なる闇へと飛ばされた。
そこで彼女は意思なき『界游魚』に捕食されてしまう。
だが偶然にも、彼女と捕食した界游魚とエネルギーの波長が一致する。そしてシレネは逆に、己を捕食した界游魚を内より乗っ取る事に成功した。
それらは全て自覚なき偶然に成された出来事であった。
そしてヴォルヴァドスが作り出した世界と世界を繋ぐ『道』。
そこを通して、世界にシレネの意識を伴った『影』が投影される。
それが、空虚なる道化の正体。
虚空の海より世界に投影された界游魚の幻影こそが、シレネの正体だったのだ。
故に影をいくら踏みしめようとも、本体がある限り虚像は元の形を留めてしまう。それが彼女の不死性の由来だったのだ。
さて……。
現在、シレネこと空虚なる道化はコハクの幻影召喚により、界游魚の力もろとも完全に再現されていた。
『さあさ観客参加型ゲームのお時間ですよ!!!
3秒以内にこのシレネちゃんの好きな所を答えてね!!!』
そして唐突にゲームは始まった。
この場にいる全ての者を巻き込んだ『ゲーム』が。
「そういう愉快なとこ」
コハクは即答する。
「……」
アナテマも、スッとフォニィの仮面を指し応えた。
『……?』
ヴォルヴァドスだけが未だ〝理解〟していない。
そうこうしている内に3秒が経過した。
『お答えできたお二方へ祝福を!! できなかった1名様からは没収です!!!』
『何だこれは……』
ヴォルヴァドスの内から目には見えない〝何か〟が抜け落ちた。
それを確認したフォニィは、コハクとアナテマに仮面越しに目配せする。
「畳み掛けるぞアナテマ!!」
「……!」
こくりと頷くアナテマとコハクは、ヴォルヴァドスへと全力で攻撃を仕掛ける。
『……無駄である。〝世界よ引き裂け〟……』
ヴォルヴァドスが世界へ向けそう命ずる。
……しかし、何も起こらなかった。
『あなたの世界は没収しちゃった!! ここから始まる一転攻勢!!!!』
ケラケラと楽しそうに笑うフォニィを横目に、2人の攻撃がヴォルヴァドスへと殺到する。
コハクは先に看破したヴォルヴァドスの弱点属性たる氷結を。
アナテマは無数の銃弾を雨のように降り注がせる。その内に1発〝致命の弾丸〟を織り混ぜて。
『この……下等存在どもが!!!!』
顔も口もなくとも、ヴォルヴァドスが強い怒りを滾らせていることは想像に難くない。
ヴォルヴァドスの能力は封じた。
あとは削れるだけ削り、残りの〝致命の弾丸〟でとどめを刺す。
……そのはずだった。
『〝貪欲なる神焔よ、尽く燒き滅ぼせ〟っ!!』
ハリボテの世界の街に、小さな赤い花が咲いた。
いや、それは花などではない。まるで花のような形をした〝焰〟であった。
――ヴォルヴァドスの能力は封じられている。
〝世界に命令する力〟は完全に抑え込まれている。
だが、消えている訳ではない。
ヴォルヴァドスの持つエネルギー量はアイリスの10倍以上。それにモノを言わせれば、押さえ込む制約すら突破してしまうのだ。消耗は極めて大きいが。
――ちらりと炎の花が揺らめいた。
次の瞬間、3人とハリボテの街並みは尽く業火に呑み込まれてしまった。
嘗て地球に顕現しようとした〝貪欲なる焰神〟という神がいた。
幸いにも完全顕現する前にヴォルヴァドスや他の神々が抑え込み追い返す事に成功したが、その力は極めて強大であった。
ヴォルヴァドスがコハクたちに向けて放った〝命令〟は、それの力の一部を再現したもの。
1度でも燃え移ってしまえば、何をしようとも対象を焼き尽くすまで炎が消えることはない。そしてそれは概念にさえ及ぶ。
平時でさえこれを再現するには莫大なエネルギーを必要とする上に、今は制約を突破するために消耗が倍増している。
ヴォルヴァドスの持つエネルギー量は、万全の3分の1以下まで減少していた。
だが、これで終わりだ。
何もかもを呑み込む業火を前に、ヴォルヴァドスは勝利を確信する。
やがて業火はこの小さな世界の全てを灼き尽くし、鎮火した。燃やせるもの全てが消滅したのだ。
『魂すら灼き尽くす業火。貴様らを輪廻転生に還せぬ事は心が痛むが、必要な犠牲であった』
せめてもとヴォルヴァドスはコハクたちのために祈った。
『なんてね!』
『!?』
その時、ヴォルヴァドスを〝黒い弾丸〟が貫いた。
『何故だ……まさか防いだというのか!? 我すら滅ぼしかねぬ神の炎だぞ!?』
『にゃははっ!!! そーだねぇ、あんなの防げる訳がないもんねぇ!!』
苦しげなヴォルヴァドスの目の前で、道化は楽しそうに躍り狂う。
辺りの空気を自由が満たす。
……3人は神の炎を防いだ訳ではない。
当たらなかったのだ。
【確率改竄】
空虚なる道化が持っていた潜在能力である。
それは文字通り、ありとあらゆる事象の『確率』を思いのままに操作することができる。
これにより道化は、コハクとアナテマと自身の『存在確率』を極限まで薄めたのだ。そのおかげで貪欲なる焰神の炎に喰われることなくやり過ごすことができた。
『にゃっはは~! 名残り惜しいですがショーはこれよりカーテンコール!! さあさいらっしゃいみなさんおいで!!!』
この灰の山となったハリボテの世界の幕が上がる。
そこには、ハリボテではない『夜空』が広がっていた。
『……!? しまっ――』
ここに来て、ヴォルヴァドスは気づく。
道化の狙いは、この仮初の世界の座標を動かすことだったのだと。
仮初の世界が崩壊してゆく。舞台は再び『東京』へと戻った。
「白雷一閃!!!!」
そしてヴォルヴァドスは防ぐ隙すら与えられることもないまま、白い雷に貫かれていた。
「お姉さま! 無事ですか!?」
「カリニャン! 大丈夫だよ。……なんかずいぶん大きくなったね?」
「えへへ、神獣の力を取り込んだらこんなに大きくなっちゃいました!」
白き獣の姫君が愛しき主人の元へと駆けつけた。
カリニャンだけじゃない。各所から仲間たちコハクの元へと向かっている。
『我は……負ける訳にはっ……!』
ヴォルヴァドスはもはや満身創痍だ。
ここから、魔法少女と全ての仲間たちの力をもってして畳み掛ける。
弑逆は間もなく為されようとしていた。
もうすぐクライマックスです




