第71話 全能であり絶対でないもの
時間は二週間前に遡る。
決戦に向けて会議を行おうとして、まず最初にアイリスが切り出した。
『ヴォルヴァドスの能力は全能じゃ』
「全能……?」
『うむ。ヤツが命令した通りに現実が改編されるのじゃ。例えば〝大地よ割れよ〟と言えばその通りになるし、〝流星よ降り注げ〟と言えばそれが現実になる。要は何でもできるのじゃ』
「おいおい……そりゃ〝死ね〟って言われたら負けじゃねーか?」
顔面蒼白なヒスイに、アイリスは落ち着けと言いつつこう返す。
『そう都合の良いものでもないらしい。生物には効きづらい上に、存在値……プレイヤー風に言うなら〝レベル〟が一定より高いモノには干渉が難しくなるようじゃな。レベル100もあれば自ら受け入れもしない限り、直接干渉されることはなかろう』
全能だが絶対ではない。
そこに突くべき弱点があるとアイリスは語る。
『あやつが想像できうる事は大抵が実現する。じゃから妾たちは、あやつの想像の斜め上から叩く。それが勝利のカギじゃ。コハクの魔法少女たちならば可能じゃろう?』
†
宝石を散りばめたかのような夜の東京の街並みを金色の光が覆い尽くした。
夜だというのに真夏の陽の下のような輝きを纏いながら、その大輪の花たちは落日のごとく咲き誇る。
アスファルトやビルの壁を突き破るようにして街中あちこちに咲き誇るヒマワリたち。
言ってしまえば、墨田区中が1面ヒマワリ畑になったのだ。その数十万の全てが上空のヴォルヴァドスを見つめていた。
『……』
箱庭の妖精がすっと指振るうと、ヒマワリたちの花それぞれから金色の光が放たれ、それらはやがて1本に纏まり極太のビームとなる。
「人を罪から守る花。それがヒマワリらしいよ?」
そして、ヒマワリのビームはヴォルヴァドスの巨体をも飲み込んだ。
――ヴォルヴァドスには実体がない。
揺らめく炎のように、次々へと形を変えて行く。
故に切る、叩くといった物理的な攻撃はほぼ効かない。
彼岸の勇者の剣技ならば通じるだろうが、基本は魔法攻撃で攻める他ない。
そして、ヴォルヴァドスの持つエネルギー量は極めて膨大である。同格のアイリスの10倍以上だ。
だから、能力の使いすぎによるエネルギーの枯渇はあまり狙えない。急所となる部位も少なくともコハク側からは認識できない。
ならばどうするか。
反撃の暇を与えず、その燃える炎の薪を消費し尽くすまで、アイリスと魔法少女たちの攻撃で削り続ける。
『やるではないか……』
ヒマワリのビームが消えると、そこにはいくらか炎の勢いが弱まり小さくなったヴォルヴァドスが浮かんでいた。
だが炎の勢いはすぐに戻ってしまうだろう。薪はまだまだある。
「血縛!!」
コハクの手のひらから、学校のプールほどの量の血液の塊が波のように放出される。そしてそれは赤い蜘蛛の巣のような網状となり、ヴォルヴァドスを銀の霞ごと丸く包み込んだ。
実体の無いヴォルヴァドスを閉じ込めることはできない。だがコハクの目的は閉じ込めることではない。
「広域雷魔撃!」
東京に一瞬だけ、白い光の柱が立った。
本来ならば長さ数百キロにもなる稲妻が僅か400mほどになるまで密集し、ヴォルヴァドスを飲み込んだのだ。
しかしやはり、それでもヴォルヴァドスは消えることはない。
『〝真空よ刃となれ〟』
「!! アイリスさん!」
コハクが呼び掛けるよりも早く、アイリスは虹の衣を纏いコハクと近場の魔法少女たちを庇うようにとぐろを巻いた。その上にアルバの盾も展開する。
空気が、世界が、崩壊してゆく。
無数の白い真空の刃が全方位に射出され、一瞬にして墨田区のあちこちに刀傷のような巨大な溝がいくつも刻まれる。
スカイツリーも例外ではない。
竣工に4年、500億円の巨額を投じて建設された日本最大の電波塔が、その中央あたりで切断されひどくゆっくりと崩落していった。
宝石を散りばめたかのような街並みは、切り刻まれてまばらに黒く染まっていた。
『コハクや、無事かのう?』
「なんとか……。魔法少女たちもみんな消えてはいないみたい」
瓦礫の中でスポットライトが点灯する。愛染の舞踏姫が、土煙をものともせず舞い再び踊り出した。
コハクの頬の切り傷を、白い百合の花が包み込む。するとみるみるうちに傷は塞がった。
ラクリマの魔法だ。
舞踏姫にも多少のダメージはあったようだが、同様に傷は既に癒されている。
『……〝大気よ固まりなさい〟』
突然、薄明の聖騎士の動きが空中で止まった。
まるで石膏で固められたかのように、ぴくりとも動かなくなってしまったのだ。
『〝夜の帳よ包み込みなさい〟』
ヴォルヴァドスは更に現実を改編する。
アルバの周囲が、真っ黒な膜のようなもので閉ざされ姿を視認できなくなったのだ。
「……まずい」
聖騎士の防御は半自動だ。
攻撃や脅威になりうる存在を検知し、それに対応した数や強度と大きさの盾を展開する。
だがそれには、アルバ本人が攻撃を〝認識〟する必要がある。
帳によって視力を。
〝空気の固定〟によって移動と聴覚を。
盾を展開しようにも、固定化された空気と自身の間に出した場合体が圧し潰されてしまうだろう。
打つ手なし……。アイリスの幻想打破ならば助けられるだろう……が、ヴォルヴァドスはそのアルバに多重の結界を包み込ませた。
現実改編の能力ではない、魔術による魔力の次元結界。
これでは、アイリスの幻想打破は通らない。
『平伏せよ。己が罪を受け入れ、新たなる世界の礎となるがいい。
〝流星よ降り注げ〟
〝真空よ刃となりなさい〟
〝地獄の業火に包まれなさい〟』
天よりは眩い流星群が迫り、街は燃え盛る業火に包まれ、白く巨大な実体なき刃が街を粉々に切り刻む。
終末のごとき様相が顕現していた。
「ぬおぉぉ……コハク! 薄明の聖騎士は脱出できそうにないのかのう!?」
自らの巨体と幻想打破によるオーロラのようなベールでコハクと魔法少女たちを守るアイリスは、必死にそう問いかける。
「無理そう! でも大丈夫……!!」
アイリスの幻想打破でも防ぎきれない現実が、次から次へと押し寄せる。
流星群が間もなく到達する――
「〝斬り拓いて〟
『彼岸の勇者』――!!」
満月の下に少女は舞い降りた。
スカーフを風になびかせ、紺のセーラー服は夜の闇に溶け込んでいた。
顔を隠す狐の面は、彼女があたかも神の化身かのようであった。
『……!!』
彼女を一目見たヴォルヴァドスは、気づく。
――アレは別格だ、と。
彼岸の勇者は、史上最強の魔法少女であった。
その力でかつて神殺しを成し遂げ、とある世界を救いし本物の英雄となったのだ。
神をも殺す力。
幻影召喚で喚び出される魔法少女の多くは、生前の全盛期の能力より幾分か強化されていたり、使うことのなかった潜在能力を扱えるようになっていた。
しかし彼岸の勇者だけは違う。
アイリスの肉体との戦闘時のソリトゥスは、本来の強さを発揮できていなかった。コハクの能力の限界が、彼女の本来の力に枷をかけていたのだ。
しかし、今は違う。
存在値に換算するならば、3000は下らないであろう。
しかも今は満月である。
『〝大気よ――』
ヴォルヴァドスの命令よりも速く、ソリトゥスは夜の帳に包まれ固体のような大気の塊を一刀両断した。
その中から薄明の聖騎士は無傷で脱出すると、なぜか彼岸の勇者に抱き付いた。
ソリトゥスに頭を撫でられて、アルバはどこか嬉しそうに笑っていた。
そうこうしている内に流星群が街を襲う……が、一瞬にして展開された星の盾が街をまるごと包み込み全てを防ぎきった。
そして――
『……星の怒り!!』
光の柱がヴォルヴァドスを貫く。
『忌々しい……』
しかしやはりヴォルヴァドスへの決定打にはならない。
だが、それでいいのだ。僅かにでも隙を作れたのならば。
召喚主たるコハクすら彼女たちの意志を読み取れていなかった。
【――盈式〝鏡花水月〟】
「なんじゃと!?」
「マジか……?」
それはコハクにとっても想定外であった。
これほどまで……魔法少女というものは強かったのか。
『馬鹿な……人の子に、この我が……』
一体ソリトゥスはいつ刀を抜いたのだろうか。
ヴォルヴァドスの実体なきハズの体が、真っ二つに両断されていた。




