第70話 『恋人』の魔法少女
その少女は、愛を求めた。
誰からも愛された少女は、消えた星がそうしたように、闇の中でせめて煌めこうとした。
誰もが愛し憧れる。
誰もが崇め奉る。
そんな完璧な偶像になることで、1番星の代わりに舞い踊った。
それが――〝恋人〟の魔法少女。
彼女を召喚するためにコハクが形作った手印は、『ハート』であった。
両手の人差し指と中指を合わせて、愛の象徴たるハートの形を作り出した。
「〝歌って〟
〝踊って〟
〝さんざめけ〟――
――『愛染の舞踏姫』」
いくつものスポットライトが、東京で1番高いタワーの頂点を目映く照らす。
するとそこに、桃色のツインテールの天使が舞い降りた。
魔法少女らしく、背に白い翼のある桃色のフリルのついたドレスを纏っている。そして右手にはハートの柄のついたピンク色のマイクが握られていた。
その顔は両目と口をホチキスで留められており、『笑顔』で固定されていた。
『……異界の英雄の影を召喚したか』
ヴォルヴァドスは新たに召喚された魔法少女を警戒する。
……が、すぐに警戒の対象をコハクへと変えた。
幻影召喚は、召喚者であるコハクさえ殺せばどんな厄介な能力を持つ幻影体であろうとも消滅する。
それに、幻影を召喚すればコハクは大幅に弱体化する。
故に、ヴォルヴァドスは舞踏姫が何かをしてくる前にコハクを仕留めるつもりであった。
……舞踏姫は、スカイツリーのてっぺんでマイク片手に歌って踊って楽しそうに跳び跳ねている。
サイリウムのような光が彼女の周囲を漂ってはいるが、別段ヴォルヴァドスに攻撃を仕掛けてくる様子はない。
優先度は低い。
『〝堕ちなさい〟』
「っ!!」
ヴォルヴァドスは、そう世界に〝命令〟した。
「コハク!!」
アイリスが声を荒げる。
コハクは、ヴォルヴァドスが命令した通りに地面へとまっ逆さまに堕ちていってしまった。
――ヴォルヴァドスの力は、ほぼ全能である。
『命令』するだけで現実を改変しありとあらゆる事象を実現する。
それによって、コハクが地面に落下するという空想を現実に変えたのだ。
だがコハクは、高所からの落下程度ではかすり傷ひとつつかない。
ヴォルヴァドスもそれは分かっている。続けて紡ぎ出す命令は――
『――〝流星よ、降り注ぎなさい〟』
銀の霞の奥で炎の巨人は呟く。
そしてそれは現実となる。
天より、帚星の群れが墨田区中へと降り注ごうとしていた。
それらはひとつだけでも街ひとつ消し去れる程の厄災。
それが、目測で100個以上。
その内のいくつかは、ピンポイントでコハクを狙って堕ちてくる。
『相変わらず無法な力じゃのう?』
アイリスは、降り注ぐ流星たちを防ぐべく天に虹のベールをかけた。
それに触れると流星は、瞬く間に星屑となって消えていった。
【幻想打破】
長年の封印の中でアイリスが造り上げた、ヴォルヴァドスへ対抗する力である。
それは、ヴォルヴァドスの『命令』により実現した現実を空想へと戻す能力である。
ヒスイの破邪に近しいものだ。
これにより降り注ぐ流星群は、7割が地上へ堕ちることなく霧散したのであった。
しかし、3割の〝コハクを狙って〟落された流星は、虹のベールを掻い潜ってしまっていた。
およそ数十個、直径は10m以上のものが大半である。
そんな隕石が地上へ到達すれば、被害は尋常ではない。他の場所にいる仲間たちも危険かもしれない。
……が、問題はない。想定通りである。
「〝守り抜いて〟〝今度こそ〟
――『薄明の聖騎士』」
上空に星の刻印の施された巨大な〝盾〟が浮かび上がる。
その幅はおよそ3km。
盾は降り注ぐ流星どもを全て受け止めると、光に包まれて姿を消した。
そして代わりに、目映く輝く白い騎士の少女がヴォルヴァドスの眼前に迫っていた。
『――〝星の怒り〟!!』
ヴォルヴァドスを、白い光の帯が包み込んだ。
星の怒りは、何もかも全てを焼き尽くす終末の炎。
それに巻き込まれ無事な者は、神さえ含めてここには存在し得ない。
『小癪な……これが貴様の能力か』
銀の霞と炎の揺らめきがやや鈍くなったヴォルヴァドスは、不機嫌そうに愛染の舞踏姫を睨み付けるのであった。
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【頑張れコハクちゃん! あんな胡散臭い神様に負けるな!!】
【カリこはてぇてぇ】
【生きて帰って、またカリニャンちゃんとの尊い絡みを見せてくれ】
【まさかレイドボスを応援する日が来るとはなぁ】
コハクの視界の端で、地球からの応援コメントが流れて行く。
――ヴォルヴァドスが睨む通り、コハクが魔法少女を2体も召喚できているのは愛染の舞踏姫の能力のおかげである。自身や味方の強化が、彼女の能力なのだ。
ただし、その能力の発動条件まではヴォルヴァドスは分かっていなかった。
〝偶像崇愛〟
――それが、愛染の舞踏姫の能力。
愛とは力だ。
最強なのだ。
より多くの人間に愛されるほど、応援されるほど、崇拝されればされるほど、それがそのまま強さとなる。
50万人以上の視聴者の応援が、愛染の舞踏姫の力によってコハクの存在値へと変換される。
現在のコハクのレベルは、1984。
――コハクの幻影召喚には、完全召喚を行うとレベルが1割まで低下するという欠点があった。
しかしこの一月の間でレベルの低下は半分まで抑える事に成功した。
その上で、愛染の舞踏姫の能力だ。
現在のコハクは、幻影召喚のレベルを代償とするデメリットを実質帳消しにしているのだ。
これにより、コハクは複数の魔法少女の召喚が可能となった。
『……〝串刺しにしなさい〟』
アイリスの巨体に巻かれるヴォルヴァドスは、そのアイリスには目もくれずスカイツリーの頂上で歌い躍るアイドルに向けてそう呟いた。
舞踏姫の周囲を、無数の槍が取り囲む。そしてそれらは意思があるかのように彼女へと殺到する。
命令通り、彼女をくし刺しとしようとしているのだ。
アイリスの幻想打破では間に合わない……
しかし、槍が舞踏姫へ届くことはなかった。
槍と同じ数だけ出現した星の盾が、全て相殺してしまったのだから。
『厄介な……。これが、神に比類する異界の英雄の力か……』
「妾もおるぞ!!」
巨龍の口から、プリズムのごとき虹の光が放たれる。【幻想打破】に指向性を持たせた攻撃であり、ヴォルヴァドスの存在そのものを薄める力があった。
『ぐぅっ……』
それを浴びた炎の巨人は怯みを見せる。
そうこうしている内に、コハクは次の魔法少女を召喚した。
「『可憐に舞い散れ 華やかに』
――箱庭の妖精」
熊のぬいぐるみを抱えた、妖精のような少女が現れる。
〝女帝〟の魔法少女だ。
……長期戦になるほど、コハクはよりたくさんの魔法少女を呼び出すことができる。
地球からコハクを応援する人々の声が、皮肉にも地球を救おうとしているヴォルヴァドスの首を絞めるのだ。
……いや、皮肉ではなく必然なのかもしれない。
ヴォルヴァドスは人間の情緒や機微など意に介さない。
人類を救いたいと願ってはいるが、人間を救おうとは思っていないのだ。
人類を救うために人を蔑ろにしてきた。その事に気づいてすらいない。
そのツケが、巡りめぐってヴォルヴァドス本神に牙を剥く。
――犯した罪の数々が、全身を駆けめぐる。
弑逆は間もなく為されようとしていた。
脳内BGM:地平を喰らう蛇




