第69話 弑逆前哨戦
殺した。
何度も何度も、憎い男の精神が摩りきれるまで殺し続けた。
そして摩りきれた憎き男が復活しなくなると、カリニャンは晴れやかに最愛の人のことを想う。
「さて、このままお姉さまの助太刀に向かいましょうかね。しかし……他の皆さんはどうしているのでしょうか?」
ランリバーほどの強者は他にはいないはずだ。
とはいえ、少しは心配になるというもの。
――帰るんだ。誰一人、欠けることなく。
命はひとつしかない。
コンティニューなんてできやしない。
命は懸けても、死ぬつもりは微塵もない。
きっとみんな大丈夫。カリニャンはそう自分に言い聞かせると、最愛の人の元へ向かうのであった。
†
――品川、目黒川側。
四角く無機質な摩天楼が広がる夜の街。
珍しくその一角に木々が繁茂している場所があった。そこには三角の屋根の赤い建物が建ち、その周りを石灯籠や提灯が照らしている。
そしてその前にある石造りの鳥居にもたれかかり、紅い髪の少女はやがて来るであろう強者を待っていた。
「へぇ、わざわざ待っててくれたんだぁ?」
「あーね。待っててもみんな来てくれるしね。あーしったら人気者?」
「人気者なんじゃーないの? 無機獣神零式さん」
そう言って紅髪の少女――人型形態の麒麟に槍を向ける、橙髪の女。
「その呼び方は好きじゃないなー。麒麟ちゃんって呼んでくんなーい?」
「へぇ、お酒造ってそうなイカつい名前してんじゃん」
「ふーん……。あんた、名前は?」
「あたしはカエデ。覚えなくていいよー、すぐ殺してやるからね! きゃはっ――」
すると空気に溶けるかのように、カエデの姿が消える。姿の視認が不可となり、気配すらも常人には察知不能なほどに薄れてゆく。
カエデの技能【幻霧】は、相手の視覚や聴覚といった感覚を逸脱……あるいは惑わすものである。
(カエデ……カリニャっちを虐めてたって女かー。ちょー胸糞なんですけど!)
カエデの姿が見えずとも、麒麟は一切焦ることはない。
『きゃははっ!!!』
カエデの笑い声すら能力で掻き消され認識されることはない。
カエデのやりかたはいつも同じだ。意識外から、分裂させた槍を放ち相手が気づかない内に貫き仕留める。
定型ながら、非常に強力な戦法であった。
だが……
「ま、あーしにはぜんぶ見えてるんだけどね」
『!?』
麒麟の額の角から紅い光の弾が撃ち出され、姿の消えていたカエデの腹部へと直撃した。
放たれる寸前だった槍は地面へとカラカラ音をたてて転がり、うずくまるカエデの姿が現れる。
「な、んでわかんのよ……」
「相手の五感から消える能力だっけ? 実際強いと思うよー? でもね、あーしを出し抜くには五感じゃ足んないのさ」
――麒麟は生体器官を持つ機械生物である。
人間同様、生体神経知覚組織による五感もある一方で、機械によるレーダー探知や空気の流れを視る機能、更には先日のアップデートにより『魂』を知覚する機構まで備わっている。
これにより、カエデは麒麟にとって真正面から槍を片手に裸一貫で突っ込んでくる蛮族でしかなかったのである。
「ざっけんな……! まぐれに決まってる!!!」
再びカエデの姿が消える。
今度はレーダーの探知から反応が消えた。多少は学習しているようだ。
が、いくら透明になろうと存在している限り空気の流れまで消すことはできない。
「そこ! みんなやっちゃって!」
『は?』
カエデの足元に、小さな四つ足の生き物が群がってゆく。
鼠によく似たそれは、透明なはずのカエデの足を登ってくる。
『や、やめっ……あたし鼠嫌いなのよ!!!!』
その声は自身の能力により掻き消されている。
「さて、あーしもさっさと決着つけて他のみんなと合流しないとね」
鼠型の無機獣がカエデを足止めしている間に、麒麟は人型から機獣形態へと光に包まれフォルムチェンジする。
そして……
「神獣模倣機構、モード【獬豸】」
鋭く長い刀剣のごとき角を持つ、全身を羊のような毛皮で覆われた馬のような姿へと変貌する。
そこから麒麟は、角に魔力を集中させ……
『――っ!?』
紅い雷撃が、カエデの体を焼き焦がし吹き飛ばした。
カエデの体は神社の隣の学校の校舎を突き破り、校庭へと叩きつけられて絶命した。
――…
1分ほどして、カエデは近くの駅の中で復活した。
「くっそ、なんなんアイツ……ちょームカつくんですけど」
レベルは半減……カエデは現在、Lv203まで弱体化している。
とはいえ、まだ並大抵のプレイヤーよりは強い。
まだやれる――
「おいそこのアンタ!」
「んー? あんたら、プレイヤー?」
「あぁ。もしかしてアンタ、ランリバーのとこにいた〝カエデ〟さんか?」
リスポーンしたばかりのカエデの元に、数人のプレイヤーが現れた。
それぞれレベルは150ほど。
カエデは考える。うまく使えばあのムカつく麒麟とかいうレイドボスに一泡吹かせられやしないかと。
麒麟――レベル712。
勝てやしなくとも、ギャフンと言わせてやらなければ気が済まない。
「ねえあんたら。アタシに手を貸してくんない? この近くにいるレイドボスを倒したいんだけど」
「そいつはできない相談だな」
「……は?」
間抜けな声をあげるカエデの胸に、刃が突き刺さっていた。
口から熱い鉄臭い液体が溢れ出す。
「俺らはな、白獣姫……カリニャンちゃん親衛隊だ! 俺らの役目はお前みたいなプレイヤーを狩って少しでもカリニャンちゃんらが勝てるようにする事なのさ!」
「は、ぁ゛?! ふざげん゛な゛っ゛!!」
突然のプレイヤーの裏切り……そもそも初めからカリニャンを助けるつもりであった者たちの襲撃を受け、カエデは怒髪天を衝く思いであった。
「ふざけるなはこちらの台詞だ! 貴様、レイドボスとなる前のカリニャン様を傷つけ虐めていたな?! ランリバーの下郎の配信で見たことがあるぞ!!!」
「それの何が悪、い゛ん゛だよ゛?! ゲーム、なんだがら゛……別に……」
そこまで言いかけて、カエデは再び死亡した。
が、数秒後に再び同じ場所にリスポーンする。
「ゲームだから、我々はカリニャン様に味方する! 好きに遊ぶのがゲームであろう!」
「ざけんなよ!!!? アタシのパパは国会議員なのよ!? あんたらぜったいに社会的にぶっ殺してやる!!!!!」
そう喚くカエデの首が飛んだ。
そして復活、そして死亡。
何度も何度も繰り返す。
カエデは気づいていなかったが、彼女は既に【蕃神の呪い】を受けていた。
数日後、新聞にとある議員の〝楓〟という名前の娘が変死したという記事が載ることになる。
同時に、ネット上で『あたしのパパは国会議員』がトレンド入りすることとなった。
カリニャン親衛隊の一人が配信していた動画に映っていたカエデというプレイヤーが、変死事件で亡くなった15歳の少女とあまりにも特徴が一致していたのだ。
死した後の彼女の魂がどうなったのか。
冥福を遂げられたのか。
輪廻転生に帰れたのか。
その顛末は、語るまでもないだろう。
†
「こんなに綺麗な夜景、初めて見たよ」
星空が眼下にあるようだった。メノウは目の前の絶景に心を踊らせていた。
「メノウお姉ちゃん……」
「なあにジンくん?」
「いや、その……すごく、綺麗だなって」
頬を朱色に染めて、ジンは好きな人の顔を直視できないでいた。
メノウはそんなジンに、かわいいねと微笑みかける。
夜景なんて見慣れているはずだった。
ここ東京タワーにも学生時代に何度か訪れているし、この景色を見るのも初めてではない。
けれど、同じ景色でも好きな人と見るものは格別だ。
「メノウお姉ちゃん……離れたくないよ……」
「あたしもだよぉ……。ずっとずうっと一緒に、いたいよぅ……」
この胸の中の温もりも、可愛らしい声も、この心さえも。
この戦いが終わったら、もう感じることはできないかもしれない。
この戦いに勝っても負けても、二人は離れ離れになってしまうのだ。2度と会えない。今生の別れとなってしまうかもしれない。
それでも……二人は選んだ。ヴォルヴァドスの眷属にはならないことを。世界を守ることを選んだのだ。
……既にジン目当てでやってきたプレイヤーどもは返り討ちにしている。
――勇者の剣
嘗て勇者たるジンの先祖が、空島に封印していた神の剣である。
子孫であるジンにしか扱えないものの、その力は極めて強大であった。
というのも、回数限定ながら攻撃の瞬間に対象の弱点となる属性に変化するのだ。
斬撃にも打撃にも炎にも氷にも電撃にも風にも光にも闇にもなれる。
嘗て四神獣やアイリスと共に戦った勇者は、これを用いてヴォルヴァドスに致命傷を与えるに至った。
二人……というより、東京中の仲間たちは頃合いを見てヴォルヴァドスへ総攻撃を決める予定だ。
ただ、その前に決着がつく可能性もある。
――コハクには、よもやすればヴォルヴァドスに匹敵できる可能性があるのだ。
そうなればほぼ勝ちであろう。が、慢心はしない。
いつでも決戦の舞台スカイツリーへと向かえるようにしつつ、二人は展望台で最期の一時を噛み締めるのであった。
†
――遡ること数分前。
ヴォルヴァドスと相対するコハクが、ある魔法少女を召喚した。
これにより、アイリスありきで拮抗していた戦況は大きく覆ることになる。




