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第68話 NPCなんかじゃない!

 龍神アイリスの完全復活と共に、青龍と玄武もまた蘇生を果たしていた。


 しかし……


「えっ!? ワレがここで守るんですか!?」


「うむ。蘇生を果たしたばかりで、玄武も青龍も赤子のような状態でな。戦力として連れていく訳にはいかぬのじゃ」


 空島に住むアイビーの元へ、アイリスが小さな亀と蛇を持って訪ねてきた。


「ま、守るってワレそんな、戦うことなんて……」


「大丈夫。決戦の間、ここで預かっていてくれるだけでいいんじゃ」


 玄武も青龍も蘇生は成功したものの、無力な幼体の状態となっていた。記憶や人格はそのままだが、神獣としての力は今のところほぼ扱えない。


 ヴォルヴァドスとの決戦に連れていく訳にはいかないのだ。


 これはアイリスにとっても想定外だった。2体の神獣に与える予定だった(龍脈)が、なんと余ってしまったのだから。


 これには困った。困って悩んで、考え抜いた末に思い付いた。



 ――そうじゃ、ならばカリニャンに余った神獣2体ぶんの(龍脈)を注げばいんじゃね?




 ……と。


 同じく神獣のすーちゃんは、表立った戦闘を行う予定はない。

 ならばより強敵に対峙する可能性の高いカリニャンに、この力を二つとも扱わせるべきだろう。


 使用……自身の永続的な強化という形で、カリニャンはこの【獣神昇華】を任意のタイミングで発動させる能力を得た。


 すなわちカリニャンは、全盛期の神獣3体ぶんの戦力となったのである。









 †








「ぐ、おぉぉぉぉぉぉ……!!」


 自動車くらい鷲掴みにできそうな手のひらが、ランリバーを上から押し潰さんとする。


 ランリバーは必死にそれを受け止め潰されないよう抵抗する……が、カリニャンが少し体重をかけるだけであっけなく力負けしてしまった。



 ――犯した罪の数々が、肩にのしかかる。



 骨は砕け、肉は裂け、体の内側から異様な悲鳴を立てながら、ランリバーの肉体は血と内臓(はらわた)を噴き出しゆっくりとゆっくりと潰れていった。





 ――痛い






「ひゅっ……」



 数秒後に復活(リスポーン)したランリバーは、こちらを見つめ満面の笑みを浮かべるケダモノの神を前に動けなくなってしまった。



 ――嫌だ




「ろっ、ログアウトっ……! あ、なんでぇ!? ログアウトができないっ!?」



 ランリバーのアバターは、一定以上の痛覚を遮断する設定を施していたはずだった。


 しかし、巨神となったカリニャンの攻撃は、なぜか痛覚遮断を貫通し、現実と遜色ない痛覚をランリバーに与える。


 ゆっくりと骨がひしゃげ、肉が張り裂け腹が潰れ破けるあの感触を、ランリバーは味わったのだ。


 更に、だ。





 《逃げるな。抗うな。罪を受け入れろ》




 何者か(・・・)の妨害により、緊急脱出(ログアウト)が不可能となっていた。




 ゆっくりとカリニャンの手のひらがランリバーへと向かう。


「ひっ、やめろっ!! 来るんじゃねぇ!!!」


 背を向けて走り出す。

 ランリバーが自ら始めた配信はまだ続いている。今現在、彼はその情けない姿を全世界に晒しているのだが、ゲーム世界ではあり得ない恐怖を前に、そんな些事忘れてしまっている。


「た、たすけて……誰かぁ!!」


「逃げるんじゃないですよ、まだまだこれからなんですから!!」


 瓦礫に躓き転んでしまうランリバー。顔は泥で汚れ、金髪の美青年のアバターは情けない涙でぐしょぐしょになっていた。


 そんなランリバーをカリニャンは容赦なく掴むと、そして大きく振りかぶって投げ飛ばした。

 投げ飛ばした先は、見える中でも一際大きなビル。


 東京都庁舎の45階へ突っ込んだランリバーは、辛うじてまだ生きていた。


「はっ……はっ……」


 偽の肺が小刻みに空気を出し入れし、偽の心臓がばくばくと偽の血液を全身へと送り出す。


 ランリバーはよろけながらも、四つんばいで這ってガラス片まみれの床を進む。



 ――逃げなければ



 ――何処に?




「どーこでーすかー?」


 窓の外からカリニャン(あくま)の声が響く。

 自分のことを探している。


 ランリバーは近くで横倒しになっていた黄色っぽいピアノの影に隠れ、窓の外から中を窺うバケモノから身を隠す。



 呼吸や心臓の音で気づかれてしまうのではないか、見つかったらどんな殺され方をしてしまうのか?


 たかがゲームなのに、なんでまるで現実のような恐怖と苦痛を受けなければならないのか。


「うーん、この階にはいないようですね?」


 青白いバケモノは、巨体に見合わない身のこなしでビルの上へと移動していった。


 依然としてピンチであることに変わりはないが、ひとまずの危機は乗りきれたようである。


「くそっ、なんなんだよ……バグだろこれ、おかしいだろ!!?」



 ランリバーはステータスを開いた。痛覚遮断が働いていないのを、設定の項目から直そうとしていた。



 そこで、異様なものを見ることになる。





 ――――



 名前:ランリバー


 Lv:305





 状態:蕃神の呪い



 ――――






「な、んだこれ?」



 レベルが半分になっている……だけではない。

 見たことも聞いたこともない状態異常。

 その上、設定の項目が開かない。






 《お楽しみはこれからですよ?》






 悪魔(カリニャン)の囁きが聞こえた気がした。


 その次の瞬間、東京都庁は一瞬で上から木っ端微塵に圧し潰された。


 そして逃げる暇も悲鳴をあげる間もなく、ランリバーは再び死亡(ゲームオーバー)する。


「かくれんぼなんかしません。全部壊しちゃえばいいんですよ」


 都庁はカリニャンが片腕だけで放った白雷一閃(オーバードライブ)により跡形もなく崩壊した。


 そしてその瓦礫の上にカリニャンが腰かけると、目の前に怯えた表情をした金髪の青年の姿が現れる。


「言ったでしょう? まだまだこれからなんですって」


「あっ、あぁぁっ、いあぁ……」


 腰が抜けまともに声も出せぬ金髪の青年に、巨大な白い獣の少女が気だるげに指を振った。


 すると青年(ランリバー)の足元から氷の蔦が伸び、全身を縛り上げる。



「ごぇっ、ごべんなざいっ!! もう2度とや゛り゛ま゛ぜん゛がら゛!! だずげでぇ……」


 なおも彼の様子は全世界に公開されている。




「ごめんなさいですか……何がです?」


「ぞっ、そでは……」



 ぐしゃり。


 カリニャンの掌がランリバーを蚊のように叩き潰した。


 が、再び全く同じ場所にランリバーは復活する。



 ぐしゃり。




 叩き潰す。




 ぐしゃり。



 叩く



 ぐしゃり。



 潰す









【うっわ、グッロ】


【これなんで規制されてねぇんだ?】


【てかあのランリバーがレベル1って信じられないんだけど】


【リスキルにも程があるだろ】


【ざまぁw このまま引退しろ】


【あの握手にも笑顔で応じてくれた白獣姫ちゃんがここまでキレてるって、よっぽどのことしたんだなランリバー】



 配信は怖いもの見たさの視聴者で盛り上がっていた。


 同接90万人。ランリバーの配信史上最多記録である。


 だが彼がそれを知ることはない。




「ごめん、なさい……もう、許してください……」


 数十回の死亡の末に完全に心の折れたランリバーは、全身全霊で地面に額を擦り付け土下座をした。


「……何被害者ぶってるんですか? ……ああそうでした、プレイヤーは何やっても許されるんでしたよね。だから今回も許されようとしてるんですね?」


「ちっ、違う! 聞いてくれ、俺はただ――」

「違わない。そもそも貴方たちは、NPCと呼ぶわたしたちの声に耳を傾けたことがありますか? わたしがもうやめて、助けてって言った時も、笑って腕を斬り落としましたよね?」



 ぶちり。


 ランリバーの右腕が、カリニャンの巨大な指によって引き千切られる。

 千切られた部分から赤い糸のようなものが伸び、やがてそれも切れてゆく。


「あがっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


「痛いですか? 辛いですか? 苦しいですか? それが今までわたしたちが貴方たちに与えられてきたものです。

 ……地球からこれを観ている皆さんにも向けて言いますね」


 そして、カリニャンは地球上のプレイヤーやランリバーの視聴者を含めた者たちに向けて〝真実〟を語る。


 カリニャンの神性が、ヴォルヴァドスの認識阻害(・・・・)をも貫通する。



「腕を、足を、尻尾を、耳を、切られればちゃんと痛いんです。

 大切な人が傷つけば辛いんです。

 わたしたちには苦しみを感じる()があるんです!!!!」


 カリニャンは続ける。


 ずっと言ってやりたかった。

 思い知らせてやりたかった。


【嘘だろ?】


【そういう設定?】


【いや、でもなんか……】


【そうだ言ってやれ、オレは本物だって信じてたぞ】


【まさかあの都市伝説がマジだったってこと?】


「この世界はフィクションやゲームじゃありません。

 現実なんです! わたしたちの世界は、わたしたちは、本物なんです!!!

 地球の神様がゲームに見せかけて貴方たちに侵略させているだけなんです!

 この世界の人間は誰一人として――


 ――NPC(・・・)なんかじゃない(・・・・・・・)!」







 †






 ただ、何者かになりたかった。


 現実とは違う場所で、自分とは違う誰かになりたかった。


 ゲームをすれば何者にだってなれる。


 勇者にだって、変哲もない村の住民にだって、カーレーサーにだって、お姫様にだってなれた。


 だから今回は、悪者になってやろうと思ったのだ。


 たかがゲーム。されどゲーム。しかしゲーム。


 あまりムキになっちゃ目も当てられない。


 だからほどほどに。感情移入はしない。







 ――歯車はその時点で狂っていたのかもしれない。






「お、れは……」



 カリニャンの言葉を聞き、ランリバーはようやく今までやってきていたことが『ゲーム』ではない事を理解した。



「すまなかった……俺は君の家族を殺した……酷い事をたくさんしてしまった……」


 それは心からの、本当の意味での謝罪であった。

 ようやくランリバーは、罪の意識と向き合いカリニャンを一人の『少女』として認識したのだ。












「……で?」



 しかしもはや謝罪に意味などない。



「何人傷つけました? 何人殺しました? 何人不幸にしましたか?

 今更なんですか? 謝って許される段階は遥か昔に過ぎているんですよ!!!!!


 貴方にはっ!! お前にはぁっ!!!! 地獄の底で永遠に苦痛を味わう以外許されていないんですよ!!!!!」



 地獄はまだ始まったばかり。


 それからランリバーは、少なくとも100回近くは殺され続ける事になる。


 やがてランリバーが復活(リスポーン)しなくなるまで、ずっとずっと苦痛の果ての死を繰り返し続けたのであった。









 †








「っ! はぁっ! はぁっ……」


 ランリバーという名前でゲームを遊んでいた男は、ずいぶんと長い間地獄を見続けた。


 現実に帰ってきても、まだ心臓がばくばくとしている。


 ……今までやってきていたことが、全て馬鹿な己の罪だった。

 そのツケが回ってきたのだろう。


 途方もない罪悪感が、男の胸の奥でじくじくとささくれ立てる。


 ……償いきれるとは思えない。



 けれどせめて、何か償いになることをしたい。


 それもまた自己満足なのかもしれない。


 けれど……



 彼は心を入れ替えた。これからは人のために、誠心誠意生きていくだろう。


 彼の人生はこれからだ。
























 なワケないでしょ?



 優しいカリニャンちゃんなら、いずれは彼を許しちゃうかもね?


 でもね、私は許さない。


 私の大事な大事な愛する■■■■■を傷つけ悲しませた罪は、万死ですら生ぬるいの。






「……? 部屋の電気が……」




 ふふふ……





 罪なんて償わせないわ。


 輪廻転生にも還らせない。


 未来永劫。そう永遠に苦しみ続けるの。




 それが、貴方に許された唯一の運命。




 そして私は彼の頚に手をかけた。











 †












 翌日、新聞にとある男が都内のマンションで変死したという小さな小さな見出しが端の方に載った。


 ……彼の顛末を知る者は、地球上どこを探してもいない。











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― 新着の感想 ―
[良い点] やっと死んだなぁ……  きっちり殺してくれるところが好きです。全然モヤモヤしません [気になる点] というかアレっすね、黒文字のとこが全く検討がつきません  五文字……五文字かぁぁ……おー…
[良い点] カリニャンがやたらめったら強かったのそういう事だったのカッ! アイリスさん良いセンスしてるぜっ! [一言] なんていうかいわゆる【ざまぁ】じゃなくてちゃんと本懐を遂げられているのが素敵。こ…
[良い点] カリニャン強すぎ! [気になる点] 相変わらずのグロさ。それが良いです。 [一言] 最後地球に降臨?
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