第67話 断罪
数分前まで渋谷と呼ばれていた場所にできた盆地に、青白い閃光が迸る。
神獣の怒りの一撃で発生したクレーターの中で、カリニャンとランリバーはもはや戦いと呼べぬものを繰り広げていた。
「うぐぅおおぉぉ!? おもっ、重ってえぇぇぇっ……!!」
カリニャンの攻撃を紙一重で辛うじて回避するランリバー。しかし避けてなお、その攻撃の余波だけでランリバーの身体は吹き飛ばされる。
「クソっ、バケモノめ……」
ランリバーは地面に叩きつけられる前に受け身を取る。
そして体勢を立て直すが……
「おーにさんこちらっ」
すぐ背後に回り込んできていたカリニャンの爪が、ランリバーの首を切断する。
双方に圧倒的な力の差があるのは明白であった。
「ククッ……過去一の強敵だぜお前」
「それはどうも!」
数秒後に復活したランリバーは、めげる様子もなくカリニャンへと立ち向かう。
「これならどうだっ!! 陽炎剣!!」
ランリバーの剣が炎を纏い、鋭く巨大な業火がカリニャンを襲う。
……が。
ぱしっ――
カリニャンはそれを蚊でも払うかのように片手で弾き逸らした。
「なっ……」
そしてランリバーはカリニャンの拳で虫のように叩き潰され、再び死亡したのであった。
ランリバーとて弱くはない。
このゲームをやっているプレイヤーの中でも、ランリバーの右に出るほどの猛者はいないだろう。
――――
名前:ランリバー
Lv:610
――――
本人も、まさかカリニャンがここまで強いとは思ってもいなかった。
良い戦いを演じた後に、カッコよく魅せ倒す。
配信者として、そういう理想的な筋書きがあったのだ。
だが、蓋を開けてみればどうだ?
災害の如き破壊力と対処不能な速度。
戦いが成立するだとか、もはやそういう次元ではない。
――最強のレイドボス。
場合によっては仲間プレイヤーと共に戦うつもりでもいた。しかし、先の一撃で皆木っ端微塵にやられてしまっている。
何故か復活する様子が無いのは気になるが、したとしてもレベル半減の状態ではまともな戦力としては期待できないだろう。
残っているのは、死亡のリスクが皆無な自分だけ。
かと言ってランリバーでは、カリニャンに対抗できうる力を持ってはいない。
……いや、ひとつだけ奥の手はある。
だがそれを発動させるには条件を満たす必用があるし、そもそもカリニャンに当てるのは至難の業だ。
カリニャンはそれでもめげずに立ち向かってくるランリバーを今度は氷に閉じ込めた。
「あなた達にわたしの気持ちは分かりはしない。遊びで家族を殺され、命を弄ばれる気持ちなんて――」
そして、氷ごとランリバーを粉砕した。
しかしやはり、少しするとランリバーは復活する。
だが――
「なんなんだよその攻撃力はよぉ!? チートじゃねぇか!!!」
「それはお互い様でしょう?」
――カリニャンの技能である【叛逆の意思】は、この3ヶ月の間に別のモノへ変質していた。
――【異譚断罪】
その効果は、ランリバーのような上位プレイヤー特攻のような性能である。
『対象が保有する罪が多いほど、与えるダメージが増す』
というものだ。
ランリバーは多くの罪なき人間を玩具として傷つけ苦しめた。
ランリバーはカリニャンの攻撃を僅かに掠るだけで絶命するほどの業を背負っている。
己のレベルを上げるために得てきた経験値が、牙を向く。
――犯した罪の数々が、背筋を伝う。
(あの様子……何か策があると見た方が良さそうですね)
カリニャンへの対抗手段など無さそうなランリバーが、まだ焦る様子も見せていない。カリニャンは、それを悟られないように注意を払う。
……それに、奥の手があるのはランリバーだけではないのだ。
ランリバーの心を、プライドを、魂をへし折る。
2度とこのゲームをプレイできないほどに、もう2度とログインさせないために。
こちらの奥の手は、ランリバーに奥の手を使わせた上で発動させる。
一瞬の希望を見せたあとで、絶望に叩き落としてやる。
散々ランリバーがやってきたことだ。
それは温厚なカリニャンとは思えないほどに、どす黒く邪悪な笑みであった。
†
「――これで10回目の死亡でしょうか? おめでたいですね、盛大にお祝いしましょうか? ……まぁ貴方に祝ってくれる友達なんていないんでしょうけど?」
「へへへ……だんだん慣れてきたぜ。昔やった死にゲーを思い出すなぁ!」
問答は成立しない。
互いの理想を、欲求を、ひたすらぶつけ合うだけである。
カリニャンはランリバーの魂の死を
ランリバーは、100回に一回の勝利を。
カリニャンとランリバーの勝利条件は異なる。
カリニャンがランリバーを何度も殺して心を折るという曖昧なものに対し、ランリバーは千回中一回でもカリニャンを殺せればいいのだ。
条件はカリニャンの方が圧倒的に不利であるように見える。
だがその実、内心で焦り始めているのはランリバーの方だった。
引き裂く、叩き潰す、灼き尽くす。
なんども、なんども、なんどでも。
カリニャンにとってはただそれだけの繰り返し。
単調な蹂躙が、だんだんとランリバーのプライドを追い詰めつつあった。
―――
【さっきから死んでばっかで飽きたな】
【そろそろ新しい死因見せてくれよ。あるいは奥の手とか】
【てか白獣姫たん殺そうとか許せんし】
【こんにちは! ぷろふみてね!】
【あんだけ大口叩いてたランリバーがここまでボコられるとか、特級フラグ建築士かよw】
【草w】
【白獣姫ちゃんがんばれ、こんなクズに負けるな】
【草に草を生やすな】
【つまんね、登録解除したわ。ランリバー負けろ】
【قوم_سب_جانتی_ہے】
―――
配信のチャット欄が荒れてきた。
ランリバーが求めていた展開ではない。
このままでは、悪い意味でネタにされてしまう。
音声やら映像を切り抜かれ青い画面を背景に素材として配布されてしまう。
それだけは何としてでも避けたい。
およそ30回目の死亡を経て、ランリバーはとうとう『奥の手』を切る事を決めた。
〝条件〟はとっくに満たされている。
「ぐっ、うおおおおおお!!!!! 喰らいやがれぇぇぇぇ!!!!」
当たりさえすれば、化け物のようなカリニャンを倒せるかもしれない。
一か八か、賭けであった。
「……!」
カリニャンは肌で感じ取ったその圧に、ランリバーが何らかの切り札を発動させたのだと確信した。
それを、あえて受ける。受けた上で更にランリバーを嫐る。
ヤツの魂を折るにはきっとそれが一番効果的だろう。なによりカリニャンはまだひとつも奥の手を使っていないのだから。
「――【断罪の剣】っ!!!!」
ランリバーの剣が金色の輝きを纏い、カリニャンへと斬りかかる。
それは、カリニャンの持つ【異譚断罪】に近しい概念の能力だった。
カリニャンの【異譚断罪】が罪を裁くのに対し、【断罪の剣】は対象がランリバーをを殺害させた回数で威力が変わる。
カリニャンのものと異なり一発それっきりの攻撃であるが、その破壊力は神性を得る前のカリニャンの白雷一閃をも凌ぐ。
カリニャンは、その威力を見誤った。
――当たる。
そう確信したランリバーは、先程の焦りが嘘のようだった。
史上最強のレイドボスを討伐できる。
その様子を世界中が見ている。
そして、大地が爆ぜた。大きく青白く爆ぜた。
土煙が辺りを包み込み、カメラにはなにも映らない。
ランリバー自身もその爆風で吹き飛ばされ、一瞬だが失神する。
だが次の瞬間に確信した。
断罪の剣が当たった。当てられた。
つまり、倒せた――
「っしゃあああ!!! ざまあみろクソNPC!!!」
高らかに勝利宣言を果たし、カメラの前で決めポーズをとる。
だが――
――――
【ポーズだっさw】
【ん? なんか後ろ光ってねえか?】
【後ろ、志村後ろー!!】
【フラグ回収乙】
――――
「奥の手を当てられた事がずいぶん嬉しいようですね?」
「は? は……ぁ?!」
土煙が薄れ、そこに大きな大きなシルエットが映し出される。
カリニャンが生きている?
いや、しかし。
あれはあまりにも大き過ぎた。
それは先程までのカリニャンとは異なる姿をしていた。
雲のような真っ白な毛並みに、紺色の縞模様。
その体つきは人間の女性のものとよく似ており、胸もあれば腰も丸い。だが、毛並みが肌を一切隠し、それが獣である事を物語る。
服は纏っていないが、全身を長い毛で覆われているため局部は完璧に隠れていた。
さながら二足歩行の白い虎であろうか。
額から青白く輝く一本角が伸びている事以外は、今までのカリニャンと見た目は大差ない。
だが、決定的に違う点がひとつだけある。
「ずいぶんと小さくなりましたねぇ?」
カリニャンは、人1人丸呑みにできてしまえるほどの巨体となっていたのだ。
およそ、身長12m。
しかもただ大きくなっただけではない。
――――
レイドボス:【墓守の白獣姫】
Lv:2320
――――
レベルも、さらに倍以上に上昇していた。
もはやランリバーでは如何様にしても勝ち目はない。
「な、なんだよその姿はっ……!!」
「奥の手を持っているのが自分だけだと思ってましたか? 貴方は本当に馬鹿ですね」
そしてランリバーは、気づく。
弄ばれていたのは自分の方だったのだと。
――許せない。
「クソクソクソクソ!! 調子に乗りやがって!!!! NPCはモブらしく俺たちプレイヤーの引き立て役をやってりゃいいのによぉ!!!! 覚えてろよ!!!」
「何を言ってるんですか? お楽しみはまだまだこれからですよ?」
……そう。
まだ始まったばかりだ。
これは戦いではない。カリニャンが己の人生にケリをつけるための儀式なのだ。
……ランリバーは、思い知ることになる。
己の罪の重さを。
自分たちがしでかしてきたことを。
間もなく、その身に、魂に、永久に刻まれることになる。
進撃のカリニャン




