第66話 決意
木漏れ日が射し込み、小鳥が囀ずっている。
花は咲き誇り、小川のせせらぎが静けさの音をたてる。
「お父さんおはよう!」
「おぉ、おはようカリニャン。今日もどこかの手伝いに行くのかい?」
「うん! 今日はオルドさんの畑を耕して来るの!!」
コハクと出会うずっと前のことだ。
カリニャンはこの山奥の名もなき村で育てられた。
「そうかい。カリニャンは本当に人の役に立つのが好きだねぇ」
カリニャンは獣人族である。
獣人は人間よりも優れた身体機能を持ち、力や体力の必要な作業にはたいへん向いているのだった。
「おやカリニャンちゃん。一昨日はうちの箪笥を運んでもらってありがとねぇ。これはお礼だよ」
「わぁ、ありがとうございますアリナさん!」
カリニャンはいっつも村の人達の役に立とうとしていた。
白猫族という異種族の自分を受け入れてくれたみんなに報いるために。
血の繋がりの無い自分を育ててくれた両親のために。
「カリニャンおねーちゃん! さっき裏山ででっけーダンゴムシがいるの見たぜ!! 納屋くらいでっけーの!!」
「それ魔物じゃないですかっ! お姉ちゃんとおじさんたちで見てきますから、村から出ないでくださいね」
大好きなみんなのために。大切なものを守るために。
人の役に立つ、誰かを喜ばせることが好きな、ちょっと力の強いだけの女の子。
「――カリニャンは強い。だからこそ、歩むべき道には気をつけなさい」
「道?」
巨大なダンゴムシ型の魔獣の死骸を横目に、カリニャンの母は言った。
「そう。力の強さも心の強さも、それ自体は善でも悪でもない。道具と一緒で、持つ人間の使い方しだいなんだ。
カリニャンは正しい強さを持つんだよ。人のために、人を守るために――」
まるで竜巻が通ったかのようだった。
家屋は軒並み消し飛ばされ、優しかった人たちは一瞬で物言わぬ肉塊へと変わり果ててしまった。
「ギャーハッハッハッ!! いや今度の新技当たり判定広すぎだろ!!! おい今の観てたかリスナーども?」
平和を奪った本人は、罪悪感など全く無い様子で現れた。
「おと……さん、おかあさん……?」
カリニャンは、瓦礫の中で辛うじて生きていた。
両親が咄嗟に重なり合うようにして庇ってくれたおかげで、辛うじて致命傷は免れていた。
「お父さんっ、おか、さん……」
愛しき人を呼んでも、誰も返事はしてくれない。
この村の生き残りは、カリニャンただ一人だった。
†
星屑の海のような摩天楼が、森の木々のように聳え立つ。
カリニャンは無人のスクランブル交差点の中央にて、ようやく現れた待ち人と相対していた。
「――よぉ、白獣姫サマ。直々にお出迎えたぁ優しいじゃねぇか」
金髪の青年は自身より遥かに逞しい巨躯のカリニャンに、恐れることも悪びれることもしなかった。
「――ひとつ、あなたに聞きたいことがあります。
……何があなた達を駆り立てるんですか。何故、罪なき人たちを傷つけ殺めるのですか?」
カリニャンは問う。
彼らが弱者を踏みにじる、その理由を。
「はっ、そりゃあ決まってるだろ。現実じゃこんなことできないからさ。法律的な意味でも、俺の良心的な意味でも。
だがここはゲームの世界だ。いくら非道なことをしても、誰も傷つかない。誰も苦しまない。だったらやらなきゃ損だろ?」
車道側の信号が、青から黄色、そして赤へと変わる。
「……そうですか。なら、質問を変えましょう。
このまま一歩でも進むというなら、もう容赦はしません。それでも進むと言うのですか?」
「……やるに決まってんだろ。たかがゲーム、されどゲーム。一度決めた事は貫かなきゃ男じゃねえ!」
ランリバーは、一切躊躇することもなく一歩踏み出した。
そして同時に歩行者信号が青へと変わる。
――清々しい夜だ。
月明かりがよく通り、夜風がとても心地いい。
「あぁ、こんなにも素敵な夜に貴方のような人は――」
人気のない静かな街並みに、信号機から無機質なとおりゃんせが鳴り響く。
「地獄の底で、燃え尽きてしまえっ……!!!!!」
そして戦いは始まる。
決して相容れない二人の争いが。
正しさと楽しさの押し付け合い。
それが渋谷の街を巻き込み、繰り広げられるのであった。
――行きはよいよい 帰りはこわい
†
新宿、上空――
「そろそろプレイヤーどもも来てる頃かな?」
「ママ、ちゅかれたからあそこに留まっていい?」
大きな大きな緋色の鳥人と、その背に乗る蒼髪の少女。
すーちゃんとヒスイである。
三ヶ月の間にすーちゃんはすっかり大きくなり、今やヒスイを背に乗せ空を飛べるほどになった。
地上で背筋を伸ばせば、身長だけならカリニャンと同じくらいだ。
「よしよしすーちゃん……」
「ぴちゅ~……」
すーちゃんは一旦東京都庁舎のてっぺんに降りる。
東京中いろいろと回って疲れたのだ。休憩は必要だろう。
さて、二人の役目はというと、まず味方を東京都中へ送るというものだった。
カリニャンと麒麟は最初から単独で動いているが、それ以外のコハクとアイリス、メノウとジンは各々戦いやすそう・他の仲間の邪魔にならなさそうな場所へと送り届けている。
その役目を終わらせた後は、仲間の邪魔にならない範疇で上空から雑魚プレイヤーを絨毯爆撃することになっている。
が、今はまだそこまでプレイヤーは現れていない。
こうして一休みしていても文句は言われないだろう。
――さて。東京都庁は渋谷のすぐ北にあり、カリニャンの方に何か動きがあればすぐわかる。
「ママ、あそこ」
「んー?」
すーちゃんが羽で渋谷駅の方を指す。
ヒスイが視線を向けたその瞬間――
一瞬、青白い光が渋谷を包み込み、遅れて落雷にも似た爆音が鼓膜を叩く。
同時に、都庁のビルのガラスも全てが粉砕さればらばらと地上へと降り注いでいった。
「うっわぁ……カリニャンちゃん、めちゃくちゃ怒ってるじゃん」
――ヒスイは目撃する。
巨大なビルが吹き飛び宙を舞う光景を。
数キロ南の街並みが、あっという間に変わり果ててゆくその過程を。
――『神獣白虎』の怒りを。
†
「さっさとや――」
「白雷一閃!!!!!」
カリニャンの体を青白い雷が包み込む。
そして目にもとまらぬ音すら超越した神速で、ランリバーの認識から逸脱した。
僅か1秒にも満たない時の中で、カリニャンは音速の壁を幾重にも蹴破り上空1kmまで上昇。
そして、そのまま更に更に速く下へと宙を駆ける。
着弾目標地点はスクランブル交差点、ランリバーの脳天。
その速度は音速の50倍以上。更に超高密度のエネルギーも纏っている。
そして着弾の瞬間、渋谷の街を音より速くまるごと青白い光が包み込む。
ほんの一瞬だけ昼間のように明るくなると、次の瞬間渋谷駅前はスクランブル交差点もろとも塩の山を吹くように崩壊した。
周囲のビルも次々に原型を留めぬ程にバラバラに吹っ飛び、瓦礫の一部は新宿にまで降り注いだ。
カリニャンが技を発動してから僅か5秒。
渋谷という街に、直径一キロ深さ200mほどのクレーターが形成された。
「……小手調べなんてしません。最初から必殺技です。だって、本気で殺したいんですから」
更地となった渋谷の中心で、カリニャンはぽつりと呟いた。
ランリバーも当然、これを直に食らって生きてはいない。
だが、ランリバーはプレイヤーだ。
「……こりゃ悪い冗談か?」
しばらくして、顔を青くしたランリバーがクレーターの中央に出現する。
復活したのだ。
ヴォルヴァドスの加護により、ランリバーは死亡時のレベル半減等のデメリットを全て帳消しにしている。
さらに双方共に気づいていないが、副次的な恩恵として〝蕃神の呪い〟を無効化していた。
よって、ランリバーは残機無限のまさに無敵と呼べる存在と化していた。
「まさか1回殺しただけで勝ったと思ったのか? だからお前は無能なんだよ。俺様が勝つまで続けるからな?」
「……いいえ、安心しました。おかげであなたを何度でも殺せるんですから。さぁ、楽しいゲームを続けましょう!!」
カリニャンの勝利条件。
それは、ランリバーの心を折ることだ。
再戦することがこの上なく苦痛であると、あるいはこの〝ゲーム〟に飽きさせる事。
それが、勝利条件。
「ふふっ……」
――何度でもぐちゃぐちゃに殺してやる。
その心を徹底的に、そして2度と戻らぬほどにへし折ってやる。
カリニャンは、黒い決意を抱いた。




