第64.1話 名もなき友達
かなり短めです
『ごめん』
『ごめんね』
『ごめんなさい』
『友だちになりたかったの』
『いっしょに遊びたかっただけなの』
『けどね、嘘つきなあたしが台無しにしちゃった』
『いっぱいひどいことしちゃった』
『ごめんなさい』
『ごめん……』
外なる闇の中で、自由を得た少女は嘆く。
声も出せず、体も動かせず。カリニャンはただ自由となった少女の残滓を感じることしかできない。
(この子は……)
カリニャンの中に、少女の思い出が流れ込む。
代替品として造られ〝贋物〟として生きてきた、その半生を。
愛し愛されていたと思っていたものは、偽物でしかなかった。
何者にもなれず、ただ操り人形として道化を演じ続ける日々。
罪の意思、後悔。さまざまな感情が形を作り出しては崩れ闇に触れ融けてゆく。
『君たちのことがうらやましかった』
彼女は夢を見ていた。
鼻の長い人形なんかじゃなくなって、普通の子供になれる日を。
己を操る糸を断ち切って、お空を気ままに飛んでみたかった。
ただ、自由になりたかった。
けれど、生きて自由になることは叶わなかった。
それでも――
『ああ……これだけは言わなくちゃ……』
間もなく彼女の残滓すらも消える。
その前に、残った力で言葉を振り絞る。
『――ありがとう』
『遊んでくれて、あたしを自由にしてくれてありがとう。そう……あの子にも伝えてくれるかな』
カリニャンは、心の中で頷いた。
身体は動かせずとも、彼女の遺志を叶える決意を抱いた。
『あぁ……これで、やっと自由に――』
†
「そっか……。空虚なる道化にそんな事情が……」
空虚なる道化との戦いの後、目を覚ましたカリニャンはコハクに夢で見た事について包み隠さず話した。
「彼女……ありがとうって言ってました。遊んでくれて、自由にしてくれてありがとうって」
彼女は、確かに救われたのだ。
道化の人格はコハクたちを害しようとした。
けれど、それは助けを求める彼女の心の裏返しのようなものだった。
だから祝福の簒奪者との戦いの間にコハクたちへは攻撃しなかったのだ。
「救われた……のか。これで、よかったんだよね」
何か掛け違いがあれば、手を取り合えていたかもしれない。
けれどそうはならなかった。道化は死をもって自由になることを選んだ。
コハクにもカリニャンにも、アナテマにも罪はない。
「それでお姉さま……あの子について、少し手伝ってほしいことがあります」
*
彼女の亡骸は残っていない。
絶命と同時に塵となり風が拐っていってしまったから。まるで初めから存在しなかったように、いつか誰の記憶からも消えてしまうだろう。
それでも――
「――できました!」
花園の一角……メノウの仲間の墓石の隣に、もうひとつ小さな墓標が新しく建てられていた。
岩を粗く削っただけのそれには、この世界の文字でとある少女の名前が刻まれていた。
彼女は己の名前すら贋物だと思っていた。自分自身を名もなき虚ろな人形だと思っていた。
けれどカリニャンには、そうは思えなかったのだ。話を聞いたコハクも同じだ。
彼女は何者かになろうと、自由を求めてもがき苦しんだ。
誰も知らなくとも、誰も覚えていなくとも。
コハクとカリニャンだけは、ずっとずっと忘れないだろう。
――『シレネ』という愉快な友達のことを。




