第64話 銃と自由
全て見てきた。
屋敷へと攻めてきたプレイヤーの集団と戦っていた所も。
神獣玄武との戦いも。
空島での事件も。
麒麟、そして龍神の骸との戦いも。
コハクたちの冒険を全て、見てきた。
――仲良くなれるかな。
――こんなあたしでも、受け入れてくれるかな。
――いっしょに遊びたいなぁ
彼女の瞳には、コハクとカリニャンは焦がれるほどに美しく、そして眩しく映っていた。
気づいている。コハクもカリニャンも〝自分と同じ〟存在なのだと。
それでいて、愛に恵まれているのだと。
……仲良くなりたい。
けれど、空虚なる道化という嘘つきな人格が台無しにしてしまう。
あの時だって、玄武を殺すつもりなんてなかった。
ただ、『友達になろうよ!』と……『君たちの力になりたい』と言いたかっただけなのに。
……もう、どうしようもない。
それならいっそのこと、めちゃくちゃに壊してほしい。愛なんて下らないなんていう幻想を。
空虚なる道化という虚像を。
――殺して
†
「彼岸の勇者……!?」
道化の操る、魔法少女そっくりな人形が祝福の簒奪者へと襲いかかる。
極めて強力な魔力を内包した刀を振り回し、アナテマを斬り刻まんとする。
かといってアナテマが攻撃しようとすると、今度は薄明の聖騎士の盾がそれを防いでしまう。
――再現。
この魔法少女の人形は、シレネが見てきたコハクの幻影召喚を模倣したものに過ぎない。
故に幻影体のものよりもその力は劣るものの、再現度は非常に高くアナテマといえど油断はできぬ相手であった。
――〝油断はできない〟
それだけだ。
アナテマは斬りかかるソリトゥスの刀を杖状の銃で受け止めいなすと、隙を見て腹を蹴り飛ばす。
そしてガシャンッと無機質な音をたてながら吹っ飛ばしたソリトゥスの頭へ、躊躇なく発砲した。
百戦錬磨たる本物のソリトゥスならばこうはいかなかっただろう。
だが、相手は所詮ツクリモノの人形。勝てる道理は無かったのである。
それから砕け散った人形を一瞥することもなく、アナテマは人形を操る巨大な道化人形へと向き直る。
そして掌を翳すと、周囲に無数の銃火器が展開された。
拳銃、猟銃、散弾銃――
ライフル、機関銃、果ては大砲まで。
地球によく似た世界に存在するありとあらゆる無数の銃器が、アナテマの周囲に浮かんでいた。
「――滅せよ」
そう、小さく呟いた。
そこからはまるで戦場だった。
アナテマは単身で国と戦争ができてしまう。
彼女は生前、彼岸の勇者に次ぐ怪物と呼ばれていた。
……いや、時には彼岸の勇者さえ上回る厄介さを持ち合わせていただろう。
「にゃは……にゃははは!!! いいねえいいねえ!! こんなに楽しいのは久しぶり!!!!」
防御に秀でた薄明の聖騎士の人形も、魔法少女を操る巨大な道化の人形も。
アナテマの豪雨のごとき攻撃に、なすすべなく破壊されてゆくのであった。
そして人形どもが完全に動かなくなるのを確認すると、アナテマは召喚した銃器たちを全て道化に向ける。
「にゃははっ! すごいねヤバイね打つ手なし!!!」
そして、集中砲火が道化を襲った。
道化は如何なるダメージを受けようとも不死なため、瞬く間に蘇生・治癒してしまう。
だが、動きを止めることはできる。
「にゃ……うぎゃはっ!?」
完全な死角から、道化の背中に黒い弾丸が3発突き刺さっていた。
肉体的なダメージは即座に回復する。
しかしやはり、この黒い弾丸のみ謎の痛みが残る。そしてそれは受けるごとに強くなってゆく。
照明が粉々だ。
「ここでザンネン! サイコロのお時間です!!!!」
パンッ! とスポットライトがアナテマと道化を照らし、ドラムロールと共にサイコロが転がる。
サイコロによる抽選から『ゲーム』の勝敗がつくまでの不可侵。
サイコロが出した目は――
「お次は楽しいスロットだ!! 絵柄を揃えて豪華景品を手に入れよう!!!」
ドスンと地響きをたてて、巨大なスロットマシンがステージ中央に落ちてくる。
座席はなく、高さは通常のものよりも遥かに巨大。およそ5mはある。
それは目押しで絵柄を揃えるという、運以外に動体視力等が試されるものであった。
「やりましょやりましょ!!! 賭け金は貴女のイノチ!! 始めるためにはボタンを押してね!!!」
「……」
アナテマは一切の躊躇もなく、スロットの上のボタンを踏んだ。
ドルルルルルル――
大袈裟で派手なドラムロールが鳴り響く。
そして、アナテマはボタンを踏んでルーレットを止めた。
結果は――
「なんと! なんとぉ! なんとぉぉ!!! 大当たりぉ!!!?」
『⑦』の絵柄が3つ横並びに揃っていた。
その瞬間、マシンの下部から大量の金色のコインがじゃらりじゃらりと溢れだす。
コインにはピエロの絵柄が刻まれていた。
だがそれらに特別な意味はなく、あくまでも『演出』に過ぎない。
言うなれば〝豪華景品〟というのは、もちろん『攻撃のチャンス』だ。すなわち、時は金なりという訳である。
そしてアナテマはそれを見逃さない。
「うぎゃっ!?」
道化の認識能力よりも速く、アナテマの放った弾丸がその四肢を消し飛ばす。
即座に治癒が始まる――が、それよりも速く〝黒い弾丸〟が道化の右肺を穿ち抜いた。
「にゃ、は……」
6発。
道化がこれまでに受けた〝黒い弾丸〟は6発だ。
他の攻撃と異なり、黒い弾丸を受けた箇所のみ治癒してもなお痛みが消えない。
そして道化には妙な確信があった。
――あと1発でも黒い弾丸を喰らえば、道化にとって何か不都合なことが起きる……と。
「にゃは、にゃははっ! 良い……良いですよ!!!」
それでいい。それでいいのだ。
シレネは、道化は。
〝最後の戦い〟を始める。
「にゃははは!!! ラストゲームのお時間です! 構えて! 構えて!! 早撃ち対決!!!」
いつの間にか、道化の腰にホルスターがくくりつけられ、そこに一丁の拳銃が収まっていた。
アナテマとの戦いを経て、銃を糸で再現したものだ。
対するアナテマも、召喚する武器を拳銃を一丁のみに絞り、道化と同様に黒いホルスターの中にしまい込む。
――アメリカ西武開拓時代。
ガンマンたちが命をかけて行う『決闘』があった。それが早撃ち対決だ。
ルールはいくつかあるものの、主に『合図と同時に銃を抜き、相手より先に弾を当てる』というのが大まかな概要である。
「にゃはっ♪」
道化が先のジャックポットで溢れ出たコインを1枚、指で上に弾く。コインはくるくる回転しながら宙を舞う。
静寂が両者の合間に満ちる。
そして――
コインが床に落ちた刹那――
「にゃはっ!!!」
アナテマよりも音よりも先に銃を抜いたのは、道化であった。
アナテマがまだホルスターに手を伸ばしているその間に、道化はトリガーを引き弾丸を放つ。
しかし
身を翻し、道化の弾丸よりも速く横方向に跳躍。
アナテマはその一瞬の間に拳銃を構え照準を合わせる。
そして、引き金にかかる指に力を込めた。
道化へ向け〝黒い弾丸〟が放たれる――
†
あたりの空気に自由が満ちる。
コハクが道化をも倒せると睨んでいた祝福の簒奪者の持つ能力のひとつ。
――【魔弾の射手】
簡単に言うならば、7発の特殊な弾丸を外さず命中させることで、如何なる対象をも必ず絶命させるものである。
1~6発の弾丸で対象の〝急所〟を解析しつつダメージを与え、7発目でその急所を貫き破壊する。
そして破壊される〝急所〟は必ずしも物質的なものに限らない。
アナテマは生前、〝薄明の聖騎士〟や〝彼岸の勇者〟等に並ぶ屈指の魔法少女であった。
しかし、ただ強いだけでは『支配』には勝てなかったのだ。
――『支配』は『戦争』の先にある。
だからこそ、必要だったのだ。
防御もあらゆる制約をも無視して、敵の急所を直に破壊できる〝審判〟の弾丸が。
「にゃ、はは……」
糸が切れたかのように、道化は力なく横たわる。その仮面が、眉間に穿たれた銃創から砕けてゆく。
それに呼応するかのように、サーカスの舞台が崩壊してゆく。
同時に、召喚可能時間を過ぎたアナテマの姿も薄れ消えていた。
「……そっか。君も、あたしとおんなじ……」
消える寸前……アナテマはシレネに微笑みを向けた。
それを視て、シレネは何かを悟った。
サーカスの舞台が完全に消失する。
今日も魔境の奥の花園は、相も変わらず華やかに咲き乱れていた。
花々に包まれ、シレネは待ち望んだ〝終わり〟を静かに迎えるのであった。




