第63話 『正義』の魔法少女
ポーカーにおいて最も強い『役』は何か?
――5枚全てが同じマークの『フラッシュ』
――5枚のカードの数字が階段状に並ぶ『ストレート』
――そして上記の二つを併せた『ストレートフラッシュ』……
その、更に上。
ストレートフラッシュに加え、『A(1)』『K(13)』『Q(12)』『J(11)』『T(10)』という、特定の数の並びのみが名乗る事を許される、至高の役――
それを賭博師たちは『ロイヤル・ストレート・フラッシュ』と呼ぶ。
出れば勝ち……他全てのいかなる役をも紙切れ同然として扱える、究極の並び。
ただしそれは、天文学的な極少確率でしか成立しない。
一人の賭博師が、人生で二~三度遭遇するかどうかというレベルである。
まして己が出す機会など、一度でもあれば御の字であろう。
「――Qのフォーカードぉ!!」
道化がカードを開示する。
コハクがこの賭博に勝つためには、これよりも強い〝役〟を出さなければならない。
フォーカードは、ストレート・フラッシュに次ぐ3番目に強い役だ。
フォーカードでさえ、出ればほぼ勝ちのこのゲーム。
対するコハクが出したのは――
「僕もフォーカードだ」
同じ役であった。
このように双方が同一の役を出した場合、勝敗は何をもって決めるのか。
それは、数の大きさである。
同じフォーカードでも、2よりも3の方が強い。3よりも4が強い。
では、最強の数字は最大の13たるKだろうか?
答えは、否。
――なぜロイヤル・ストレート・フラッシュには最少の1たる『A』が含まれているのか?
それは、Aだけは他全ての数よりも強く扱われているからである。
「――『A』のね」
コハクが出した役は、Aのフォーカード。
すなわちこの賭けは――
「僕の勝ちだ」
道化が抱えていた白い虎のぬいぐるみがパッと消え、コハクの胸の中に移動していた。
「カリニャンは返してもらったよ。そしてここからは、反撃させてもらうね」
そう言うとコハクは、右手の拳の人差し指と親指を立て、『銃』の形を作った。
そしてそれを、自身のこめかみへと突きつける。
「〝貪り喰らえ、星も使命さえも〟――」
その魔法少女は、手を伸ばす。
作り物だとしても、君が微笑んでくれるなら手を伸ばした。
星の手を取ろうと、星の隣で煌めこうとした。
しかし、やがて光る星は消えた。
彼女は星を求める人々に絶望した。
光を失った彼女は、何も見えぬ夜の底で目を閉ざし、世界を呪い己に呪われた。
それでも、やがては再び星に廻り逢い、呪縛を絶ち切った。
それが――世界と未来を救うために戦った〝正義〟の魔法少女。
「――〝祝福の簒奪者〟」
舞台の中央に、はらはらと四つ葉のクローバーが1枚舞い落ちる。
それが床に触れた瞬間、眩い光が道化の世界を包み込んだ。
そこに立っていたのは、ずいぶんと幼い白髪の少女だった。
見た目の歳は12歳ほどだろうか。
黒き軍服を思わせるロリータめいた服装に身を包み、クローバーの意匠が施されたつばの長い軍帽を深く被っている。
胸元に縫い付けられた天秤や星や月やハート型の勲章は、彼女が生前世界に大きな影響を遺した事が伺い知れる。
帽子のつばに隠れた両目は、どちらも外からは見えなかった。
「にゃははっ!」
空虚なる道化が、糸で空気を震わせアナテマを切り裂こうと指を振るう。
対するアナテマは、両手の内に白い拳銃を召喚し、細い細い糸に向けてトリガーを引いた。
ドンッ! ドンドンドンッ!!
乾いた破裂音がサーカスの舞台に響き渡る。
銃を撃った空気の振動が、アナテマのボロボロのマントがめくり上がり、短いスカートを揺らす。
「にゃ?」
道化は困惑する。
アナテマを切り刻まんと向けた糸が、全て千切れていたからだ。
そう、アナテマは細い細い糸を弾丸を当てて千切ったのである。
「すごいねぇ!!! にゃははははは!! 楽しくなっていた!!」
「……」
うつ向いていたアナテマが顔を上げる。
それにより、彼女の顔が道化からも見えた。
その左目は前髪で隠れており、右目は針金で縫い付けられ閉ざされていた。
そこから流れ出る血の涙が濡らす彼女の顔に、表情は無い。
「うぎゃっ! ぎゃばばばばば!!!!」
次の瞬間、道化の身体はアナテマが放った弾幕により蜂の巣となった。
だが、道化は不死身。
バラバラになろうとどうなろうと、たちまち再生してしまう。
「にゃははは! どんなにすっごい攻撃も! フジミのあたしにゃ意味ないの!!!」
一瞬で元通りに再生し、道化は余裕綽々だ。
だがコハクには、この魔法少女ならば不死身を殺せるという策があった。
「――」
アナテマが、何かを呟いた。
その刹那――
「ぎはぁっ!?」
道化の心臓をどす黒い銃弾が貫いた。
傷はすぐに塞がる。
肉体のダメージはなんともない。
だが、道化は今の一撃になんとも言えない違和感を抱いていた。
――痛い。
それは、身体が異常を検知し知覚するための信号。
傷が塞がってなお、撃たれた箇所から痛みが消えない。
何かが起きている。
シレネは期待を胸に踊らせた。
「にゃははははっ!! 時間切れ!! 次のゲームを決めましょサイコロで!!」
道化の能力により、再びゲームに勝つまでの不可侵が発生する。
だが、アナテマは消えることなく留まり、次のゲームにそのまま参加する事となった。
「お次は〝ミリオンシェルゲーム〟!!! 当たりを当ててね確実に!!!」
シェルゲーム……それはカップの中に豆を一つ隠し、他の空のカップの中に混ぜてシャッフルしどれに入っているかわからなくさせる。そして複数のカップの中から、豆の入った当たりを選ぶというゲームだ。
今回のものはそれの大型版。
カップの大きさは人の背丈ほどあり、更に千どころではない数の『ハズレ』が浮かんでいた。
そして『当たり』は道化自身。
そしてカップは凄まじいスピードでシャッフルされてゆく。
コハクには数秒で見分けがつかなくなっていた。
……が。
「ぎゃっ!?」
アナテマは、僅か2秒で一切迷うことなく道化の隠れたカップを撃ち抜いた。
そして再び、道化へ攻撃し放題のボーナスタイムが始まる。
「にゃはっ、にゃはぁっ!!!!!」
道化が10体ほどの分身をアナテマへとけしかける。
「……」
アナテマは、拳銃からより大きな機関銃を召喚し、迫り来る分身たちをめった撃ちにしていった。
ズドドドドドドドドドドッ!!!!!!
次々に粉砕され、文字通り木っ端の微塵へと姿を変える道化の人形たち。
だが道化の目的は、人形による時間稼ぎだ。
「にゃはははははっ! これでも食らえ~っ!!!」
僅かな隙を掻い潜り、鎌のように湾曲した刃がアナテマの首へと迫る。
だがアナテマは、寸前で空中へと身を翻しそれを回避。そして着地するまでの合間に刃へと数発弾丸をぶつけて破壊した。
「それだけじゃないよぉ! にゃはははは!」
鎌……だけではない。
スペード、ハート、ダイヤといったトランプのマークを模した刃が幾何学的な弾幕となってアナテマへと迫り来る。
「にゃははは! 弾幕が燃えてるよ!!!」
「……」
そこでアナテマは、見当違いの方向へと銃を放った。
「にゃははっ! どこに向けて……ぎゃんっ!?」
道化の背中へと、どす黒い弾丸が突き刺さった。
――跳弾である。
檻に当てて跳ね返らせ、弾を道化に当てたのだ。
そもそもこの世界に銃なんてものは存在しない。
道化が跳弾というモノに対応できなかったのも無理はない。
「にゃは……なぁんてステキなアイデア!! それならあたしもやっちゃうぞ!!!!!」
アナテマの背後に、むっくりと巨大な影が立ち上がる。
「……!!」
それは、巨大な巨大な道化の上半身であった。
もちろんこれも分身。だが、これまでのものとは桁違いの力を有していた。
「にゃひゃはははははははははっ!!!!!!! 世界が廻る! 廻るよ世界ぃ!!!! にゃぁひひひひひひ!!!!」
巨大な道化の人形の両の手の指が糸を引く。
するとアナテマを挟むように、2体の人形が現れた。
「何……あれ?」
コハクはその〝人形〟を前に動揺を隠せなかった。
その〝人形〟は、今までと異なり道化の分身ではない。
真っ白なドレスアーマーを纏った少女――
狐面で顔を隠すセーラー服の少女――
「――まさか薄明の聖騎士と彼岸の勇者……!?」
コハクの手札にとてもよく似た、2体の可愛らしい人形がアナテマの前に立ち塞がった。
「……っ!!!」
そして祝福の簒奪者は、薄明の聖騎士の人形を前に初めて表情のようなものを見せた。
縫い閉じられた瞼から更にどくどくと血の涙を溢れさせる。
まるで、そう……まるで泣いているかのように。
「……」
それでも彼女は、銃口を向ける。
彼女が迷うことはもうない。
そう、決めたのだから。
最期まで貫き通したのだから。
ジャッジメントなのはミスではありません。
NPCを完結させたらアナテマちゃんが主人公の短編を投稿しようかと思っています。




