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第62話 糸を引き 鳴らすよ音を

少しながめです

「にゃはっ! にゃはははははっ!!! 世界を回すのだぁーれっ!?」


 空虚なる道化は、不可解な笑い声をあげている。


 その背後には、巨大な5枚のトランプのカードが並んでいた。



「僕が勝ったらカリニャンと、君への攻撃のチャンスをもらうよ?」


 対するコハクも同様、5枚のカードを背に道化と向かい合っていた。


「にゃーっはっは! にゃーはっは!! あたしが勝ったらその命、あたしがもらってあげましょう! 地べたを舐めさせてやりますよ!!!」



 ――ポーカーゲームのルールは、それぞれ山から5枚のカードを引き『役』を揃えること。

 そして一番強い『役』を揃えた者が勝つ。



「……」


 このゲームの勝敗はほぼ運だ。


 もちろん心理や運以外の要素も無いことはないのだが、今回に限っては棄権もなしの一発勝負である。


 故に、コハクとカリニャンの命運は天に任された。





「……いくよ」


「にゃははははは!!!!」




 そして二人は互いのカードを開示した。










 †














「触るな贋物がぁっ!!!!」


 絢爛な服を纏った男が、突然少女の頬を殴り突飛ばした。


「お、お父様何を……?」


 少女は〝父親〟に突然殴られた事を飲み込めず、膝を床につけたまま頬を押さえ男を見上げる。


「黙れぇっ! 私を父と呼ぶなこの贋物! おい衛兵! この失敗作を地下牢に死ぬまで閉じ込めておけ!」


「そっ、そんな! 私は……!」


 そうして少女は暗い暗い地下の牢へと閉じ込められてしまったのであった。




 ――少女を殴った男はこの国の王である。

 そして、嘗ては一人娘がいた。


 娘の名は〝シレネ〟。


 王はシレネを溺愛していた。それはそれは目に入れても痛くないほどに、可愛がっていた。


 しかし、シレネは生まれつき体が弱かった。


 医師の努力も虚しく、シレネは流行り病で王の目の前で息を引き取ってしまう。


 ……その日から王はおかしくなった。



 死者蘇生の禁術を試し、反魂の秘術を試し、娘を取り戻すべくありとあらゆる方法を試した。


 しかし何1つとして成功したものはなかった。



 ある時王はこんな方法に手を出した。


 シレネの遺体から血肉を採取し、それをフラスコの中で魔法を用いて培養し生きた人形を作り出す……。


 〝ホムンクルス〟と呼ばれる、所謂クローンである。


 ホムンクルスは普通の人間よりも成長が遥かに早い。

 半年ほどでシレネが死んだ歳と同じ見た目となっていた。


 シレネの代用品(・・・)として産み出された彼女は、シレネ本人となるべく必死で学んだ。


 最愛の娘を完璧に演じ、一時は王の心に平穏をもたらした。


 しかし、それは所詮〝代用品〟に過ぎない。クローンとはいえ、彼女は結局シレネとは他人なのだ。


 その事実にやがて王は耐えきれなくなり、そしてある日突然彼女を地下牢に幽閉する暴挙に出たのである。


 そして王は、また再び亡き娘を蘇らせる方法を探しだす。


 何者でもない少女は、ただ一人、暗い誰もいない地下牢で辛うじて生かされていた。










 *









 ――シレネ。


 その名さえ贋物でしかない少女は、誰もいない無明の世界に暗く深く堕ち込んでゆく。






 王国は滅んだ。



 娘を蘇らせんとする王は、とうとう隣国で奉られている『聖女』に手を出してしまったのだ。


 彼女の癒しの力を解析すべく、その身体を刻み切り開きあらゆる苦痛を聖女に負わせた。


 その報いなのだろう。


 聖女アイリスの悲鳴は、大陸の地下で眠っていた大いなる力、あるいは意思なき星の神を呼び覚ましてしまった。


 龍脈と呼ばれるそれは聖女の感情に呼応し、王国に災厄を齎した。


 栄華を誇った国は国民もろとも一瞬にして空間ごと『蒸発』した。

 残された土地も、草木も育たぬ不毛の大地となってしまった。





 彼女もまた龍脈の暴走に巻き込まれてしまった憐れな命の一つであった。


 ただし、彼女の場合は他とは少し異なる。


 彼女は唯一の『生存者』だったのだ。


 龍脈の引き起こした災厄は、空間を粉々に分解し、そこに生じた歪みが戻ろうとする反動で膨大な魔力熱の爆発により発生した。


 彼女は運良くそのごく僅かな刹那にのみ存在した空間の歪み……あるいは世界の穴に飲み込まれ、引き起こされた爆発に巻き込まれずに済んだのだ。


 だが、それは彼女にとって最大の不幸の始まりに過ぎなかった。



 何も無い。


 木も、草も、太陽も、月も、星も、光も、音も、無い。


 ただひたすらに広がる無明の闇の中へと、名もなき少女は放り出された。



「……!? ……っ!」




 ――世界と世界の狭間に存在する、虚空の海。

 そこでは物理的時間は流れておらず、ただ虚無だけが広がっていた。


 彼女は言わば、ゲームで言う裏世界に迷いこんでしまったのである。




 ――動けない




 物理的な時が存在しないために、彼女はフリーズしたかのように身体を動かせない。


 ただ意識だけはそこに在り続け、自害することさえできなかった。



 何年も、何十年も、何百年も……


 彼女は虚空の海を彷徨い続け――


























 ……数百年後





 比較的近くの世界から、そこを統べる神が隣の世界を侵略すべく『道』を作り出した。


 時空を拓き作り出されたその『道』に、少女は再び巻き込まれる事となる。



 気がつくと、久方ぶりの光が眼に射し込んできた。

 どうやらベッドの上で寝かせられていたようだった。


「こんにちは! 君の名前ってなあに?」


 おもむろに目の前で元気に話しかけてくる、金髪の女性。快活な様子で少女に名前を聞いてくる。


「う……あたし? あたしは……」


 少女は……何も思い出せなかった。


 ヴォルヴァドスが作り出した『道』に巻き込まれた影響か、裏世界にいた時以前の記憶をほぼ失っていたのだ。


 ただ、唯一覚えていたのは――



「――〝シレネ〟」


 ――シレネ。


 覚えていたのは、それだけだった。

 それが自分の名前なのかどうかさえも思い出せない。


 けれどきっと、『シレネ』が己の名なのだろう。そう彼女は思うのであった。


「シレネちゃんか! そっか! 私の名前はカノンだよ! よろしくね!!」


 カノン。


 彼女はゲームを始めたばかりのプレイヤーであった。


「ね! 私の仲間になってよ! シレネちゃん!!」


 どうやら仲間のNPCを求め、道端で倒れていたシレネを仲間にすることを決めたようだ。


 シレネにそれを断る理由は無い。


「よろしくね、カノンちゃん」


 そうしてシレネは、カノンというプレイヤーの初めての〝仲間〟となるのであった。










 *







「記憶、まだ戻りそうにない?」


「うん……でもね、あたし記憶が戻んなくてもいいの! 今がとっても楽しくって幸せだから!」





 シレネはカノンのパーティメンバーとなり、世界中を巡った。


 炎の雪原


 氷の火山


 触れることのできない城……



 様々なものを見て冒険して回ってきた。


 それはシレネが『贋物』と呼ばれていた時では絶対に見られないものたちであった。


 カノンと過ごした日々は、文字通り空っぽの人形だったシレネの中を満たしてゆく。


 いつしかシレネは、カノンに言い表せぬ感情を抱くことになる。


「カノンお姉ちゃん……」


「どーしたのシレネちゃん?」


「ううん、呼んだだけ。えへっ……」


 頬を絹で包んだ苹果(リンゴ)のように紅く染め、うやむやに誤魔化すシレネ。


 鈍いシレネとはいえ、この感情の正体については薄々気づいていた。


 けれど……




「そうそうシレネちゃん! 私ね、ついに彼氏ができたの!!」



 シレネの想いが報われることはない。


「そう、なんだ……。おめでとう!」


 頬を伝う生温い雫を拭い、シレネは目元を隠しながらそう言った。


 けれど、その祝福の言葉は裏表のない無垢な感情から出た思いであった。


 貴女に幸せになってほしい。


 貴女が笑ってくれるなら、それだけで――



 それこそが、シレネの本心。

 それこそが、シレネの願い。




 シレネの想いが報われることはない。



 けれど、それでも――








「カノンお姉ちゃん……?」


「あぁ、シレネちゃん。……今日は西のダンジョンに行こっか」


 ある日のカノンは、目に見えて様子が違っていた。


 元気がない。

 何だか上の空で、どうにも無気力だ。


「……お姉ちゃん、何かあった?」


「何にもないよ」


「でも……」


「大丈夫だから。心配しないで」



 カノンの声は今までに聞いたことがないくらいに冷たいものだった。

 シレネはこれ以上は詮索するのをやめ、いつも通りに振る舞うことにしたのであった。






 ――獅子の迷窟


 通称、西のダンジョン。


 中級者向けのダンジョンとして有名で、際限なく涌き出る獅子型のモンスターはレベル上げにうってつけである。


 カノンたちは今日はこの馴染みのダンジョンでレベルを上げる予定だ。


 ちょくちょく訪れるダンジョンであり、攻略は慣れたものである……ハズだった。





「お姉ちゃんっ!!」




 なんということもない、ライオン型モンスターの爪攻撃。

 簡単に避けられる、今まで何度も何度も見てきた攻撃であった。


 それを、カノンはなぜか避けられずに喰らってしまった。



「お姉ちゃんから離れろっ! 〝糸刃〟!」


 シレネの作り出した糸が獅子のモンスターをまっぷたつに切り裂く。


 そしてすかさずカノンの元へと駆け寄った。



「お姉ちゃんっ! 大丈夫?」


「大丈夫だよ、大したダメージじゃないから……」


「そう、だけど……。今日のお姉ちゃん変だよ。ずっと元気ないし、いつもならあんな攻撃簡単に避けられたのに……。元気がないなら、今日はもう休んでたほうが……」


「大丈夫だから……」


 それはシレネの心の底からの心配であった。


「あたし心配してるんだよ? 何かあったんならあたし何でも聞くからさ――」


 だが、それはカノンにとって――



「うる……さい! うるさいうるさいうるさい!!! 造り物のクセに、NPCなんかの分際で一丁前に慰めてんじゃねぇよ!!!!」


「うっ……」


「お前らみたいな贋物に、愛する彼氏に捨てられた私の気持ちがわかってたまるか!!!!!」


 ――痛い


「私は慰めなんか求めてないんだよ!! 勘違いしてんじゃねぇよ、ウザいんだよポンコツAIが!!!! NPCなんかが愛を分かってたまるかっ! NPCなんかに憐れまれてたまるかっ!!」


「うぅ……」


 ――頭が割れそうだ。


「ごめん、なざい……お姉ちゃん……あだじ――」




 ……その瞬間、シレネは〝全て〟を思い出した。


 己の過去も、なにもかも。


『シレネ』というものが自分の名前ではないことも。


 即座に発狂してもおかしくないような情報量に、シレネの脳は悲鳴をあげていた。


 それでも、何者かになれた、何者かにしてくれたカノンへの気持ちがシレネの心を辛うじて繋ぎ止めていた。



「はぁ、はぁっ……だからシレネちゃん……NPCは、私たちプレイヤーの言うことに大人しく従っていればいいの?」


 だが、それもか細い糸のように切れかかっている。






 *






 ダンジョンでの一件以来、カノンが目を覚ます(ログインする)ことはなかった。





「ごめんなさい……ごめんなさい……」







 ――触れるな贋物が!!!






「あたしを捨てないで……本物らしくするからぁ……」






 ――NPCなんか






 ――お前なんか






 ――お前は造り物だ





 ――お前は代用品に過ぎない





「も、う……イヤだ。生まれ変わったら、今度こそホンモノに……」



 そうしてシレネは、自分の喉をナイフで掻き斬った。



 ――来世こそは、本物の人間になりたい。

 愛なんて、いらない。


 ただ本物に――







「……?」






 しばらくして、シレネは自分が死んでいないことに気がついた。


 喉の傷が癒えている。


 そこらじゅうに血が撒き散らされているから、切り裂いたのは確かなはずだ。


 けれど、回復魔法を使った記憶はない。





 ――首を吊った。


 崖の上から飛び降りた。


 猛毒の花を飲み込んだ。


 頭を斧で叩き割ってみた。


 けれど、何をやっても死ねなかった。



「はは、あはっ、にゃはは……」





 〝I am Ferry EXP(フリー経験値)



 そう書かれた札を首に提げ、シレネはプレイヤーの多くいる街を歩いてみたりした。



「一思いにサクッとやってやんよ。苦しくはしねえからな?」


「にゃははっ! ありがとうございます!!!」


 自分で死ねないなら、誰かに殺してもらうのはどうだろうか。


 そこで見知らぬプレイヤーの手を借りてみたのだが……





「にゃは、は? な、なにこれ?」


「ん? なんだそれ?」


 気がつかぬ間に、シレネは道化師のような服装と仮面を身につけていた。もちろん着替えた記憶はない。


 だが関係ない。このまま殺してもらえれば――





「にゃははっ! なーんちゃって!」



 道化の腕が、プレイヤーの放った魔法を勝手に(・・・)弾いた。


「騙された? 騙されたねぇ? にゃはははは! 愉快愉快!!!」


 シレネの口が、勝手に言葉を吐き出してゆく。


「クソ! よくも騙したなクソNPC!!!!」


「にゃははっ! それじゃバイバーイ!!! お馬鹿なプレイヤーさん!!!」



 ――なんで? あたしはこんなこと言ってないのに!!


 シレネの身体は、シレネの意図に反し、まるで〝何者かに操られている〟かのように勝手に動いていた。







 糸を引き、鳴らすよ音を







「にゃははははははははは!! 自由! 自由!! フリーダムッ!!! なぁんでもできる!!!!!」





 ――殺して。


 ――誰か殺して、あたしを。




 誰かあたしを自由にして――





 シレネは観客に泣きついた。


 シレネは観客に祈った。


 「らーるーらーりーらー♪」


 空虚なる道化は観客の方を向いて笑った。


 ……観客は、いない。




カノンさんはもう故人です。

あのあと線路に飛び込みました。













星評価や感想などよろしくおなしゃす

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― 新着の感想 ―
[良い点] 救いどこ? [気になる点] あれ? 救いようなくね?? [一言] こんなことある?
[良い点] このゲームではただのNPCだと思って舐めたら酷い目に遭いますよね……。
[良い点] 救いが……救いがない……どこに……どこに……?
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