第60話 サプライズは突然に
最終章前最後の山場です
猛毒の沼は触れるモノを侵し殺す紫の気泡を吐き出し、氷樹の森は侵入者を氷像へと変え、ヒダルガミがあちこちで仲間を求め這いずり回る。
そんな魔境の一角。
「んむ……」
花々咲き誇る魔境のお屋敷で、主人と従者が夢うつつ。
花畑の真ん中で並んで夢見に落ちていた。
そんな時だった。
夢とも現実ともつかない曖昧な世界の中で、〝彼女〟は舞い降りた。
「――れでぃーすあんどじぇんとるめーん!! お元気ですか? そうですか!!」
「っ!?」
「にゃははぁっ! にゃーっはっはっはっはっは!!!!」
花園の隅、嘗て魔境で命を落としたメノウの仲間の墓石の上に腰かけて、〝彼女〟は虚ろに笑い出した。
「あたしはシレネ! 二度目の邂逅、気分はどう!? にゃはははははっ!!!」
襤褸を纏い、白い髪を振り乱し、彼女は狂ったように虚ろに笑う。
シレネ――以前にユルタ砂漠の遺跡で遭遇した、謎の少女であった。
「……なんでここにいるの? 君は何者なの?」
「あたしはねぇ、どこにでもいて、どこにもいない。空虚で虚実なシレネちゃん!!」
意味不明だ。
ただ分かることは、彼女がただの少女ではないこと。
コハクとカリニャンは警戒を一切緩めない。
「世界を救いたいだの? 愛する人を守りたいだの? みーんな何者かになれてて羨ましいよ!!
だからあたしが奪っちゃおう! にゃははははっ!」
シレネの動きがぎくしゃくとし始めた。
それはまるで、操り人形のように――
「この世界が現実か夢かなんて、だーれにもわからないもんね! あたしもキミもみんなみーんな夢見る胡蝶!!!」
そしてシレネは、両の手の甲を合わせるように手印を結ぶ。
――それは反合掌と呼ばれるものに酷似していた。
「それにしたってどーしてみーんな愛なんてものに群がって、それを求めて生きるんだろうねぇ?
教えてよ――
――――〝変身〟」
その少女は、贋物だった。
愛の代用品だった。
故に決して本物にはなれない。
それを知った少女は嘆き悲しみ、そして虚なる怪物へと姿を変えた。
怪物の名は――
―――――
レイドボス:【空虚なる道化】
名前:シレネ
Lv:458
異質技能
【愚かなる傀儡】
―――――
マリオネットのように無数の紐で吊るされ、顔を笑い仮面で隠した灰色の道化。
「にゃーっはっはっはっはっは!!!!!
遊ぼうよ? 遊びましょ! 一緒にゲームを楽しもう!!!!」
世界は薄暗い円形の檻に囚われた。
それはさながら、観客席と舞台を鉄の柵で隔てた、サーカスの舞台のようであった。
その舞台に、コハクと道化は立っていた。
「囚われているのは世界のほう! 自由の身なのは我々だけ!!
ゲームしましょ! しなきゃ彼女はあのままさ!!」
ゲラゲラと笑いながら、道化はコハクにゲームとやらをもちかける。
(――やる……しかないか)
コハクに選択肢はなさそうだ。
「いいよ……それでそのゲームっていうのは何?」
「にゃはは!! ルールは簡単簡単!!
君たちの、命尽きたらキミの負け!!!」
「!!」
コハクは月影の刀を召喚し、檻を破壊できないか試しつつ道化の攻撃にも備える。
しかし檻は刀による攻撃を一切受け付けていないようだった。
「いいかい? いいかい? 準備はいいかい? 楽しいゲームの幕開けさ!!」
かくして、自由なゲームが始まった。
長い長い、死のゲームが。
世界が回る、廻るよ世界。
「くっ、こんなものっ……」
道化の分身たる人形たちが、コハクを切り刻まんと硬質な糸を張り巡らせる。
コハクは糸を切り刻みつつ人形を破壊し、道化の本体へ攻撃しようと間合いを詰める。
しかし……
「にゃははっ! 間違い探しのお時間です!!」
パンッ!
コハクをスポットライトが照らし出す。
そしてコハクの周囲には、高さ2mはあろうかという無数のトランプカードがぐるりと取り囲んでいた。
『ルールは簡単! この中からワタシの隠れたカードを見つけ出せ!! 見事当てたらごほうびだ!!! 』
この中から1枚だけ。
一発で当てるのはよほどの強運でもなければ無理であろう。
しかしやるしかない。
コハクは、最も近くにあるカードへと手を伸ばした。
はらり。カードが裏返る。
そこに描かれていたのは――
『ざんねんハズレ! 残念賞はバクダンです!!』
拙い爆弾の絵とその一文。
それを認識したその瞬間、コハクを真っ白な光が包み込み、爆風が襲った。
「ぐ、うぐ……」
咄嗟の衝撃に、なんとか耐えたコハク。
ダメージは少なくない。
だが動けない訳でもない。
『当たりが出るまで何度でもリトライ!! さあさ選んで選んで選びまくれ!!!』
この場から逃げる……事も檻に囲まれているため不可能だろう。
カードを捲らず裏を覗きこむ……見えない壁に阻まれ失敗。
やはり、1枚1枚捲るしかないようだ。
だが幸いにも選んだぶんカードが補充されることはないらしい。これならそのうち当たりのカードとやらにもたどり着けるだろう。
「……近づかずに遠距離からやればいいだけだよね」
コハクは手の中に〝祝福の拳銃〟を呼び出すと、爆発に巻き込まれない距離から1枚ずつ撃ち抜いていった。
あるカードを撃ち抜いた時は爆発し、あるカードの時は小鳥が飛び立ち、あるカードの時は間抜けな効果音が響き、またあるカードの時はなぜか緑茶が噴き出した。
どうやらハズレのカードを選んだときの罰ゲームとやらは爆発だけではなかったようだ。
だが付き合ってやる道理もない。
コハクはどんどんカードの数を減らしてゆき――
『ぎゃはっ!! みつかっちゃったー!!!』
並んでいたカードの1枚……JOKERを撃ち抜き道化を見つけ出した。
すかさずコハクはもう片方の手に月影の刀を召喚し、そのまま道化へと間合いを詰める。
そして――
『ぐはっ!!! うっぎゃぁ~~~!!!!!!!!』
道化の身体を袈裟斬りに、まっぷたつに切断したのであった。
chaosだよ、chaosだねぇ!




