第59話 旧き支配者たちよ
進撃アニメ終わったので初投稿
灼熱の砂に横たわる少女を、そっと抱き抱えるカリニャン。
少女の胸には杭が突き刺さっており、呼吸も鼓動もあらゆる生命活動が停止していた。
「やりましたねお姉さま」
「うん。彼岸の勇者が頑張ってくれたおかげだよ。カリニャンも、僕を守ってくれてありがとうね」
アイリスの肉体を取り戻す――
ヴォルヴァドスに乗っ取られて襲いかかってきたものの、彼岸の勇者の尽力もあって目標を達成できた。
『ご苦労じゃったな』
転移により魔境の迷宮へと帰ってきたコハクとカリニャンの2人は、少女の亡骸をアイリスの前に横たえる。
「うはー、マジで勝っちゃったワケ? アイリス様の体を相手に?」
『勝てそうもなかったら妾が直接出るつもりじゃったんじゃが……さすがじゃな。麒麟までも解放してくれたみたいじゃし』
「それなー。あーしもまさか生きてアイリス様に会えるとは思わなかったし。マジ感謝。ありがとう」
ぺこりとコハクとカリニャンに頭を下げる麒麟。
つられるようにアイリスも深々と頭を下げていた。
『妾の魂を分けた4体の神獣に、肉体。そしてこの心。妾の復活に必要なものが全て揃った。それもこれも皆のおかげじゃ。感謝してもしきれぬ……』
「い、いいって! 俺らもアイリスさんと利害が一致してるようなもんだしさ!」
もはや土下座の勢いで感謝の意を示すアイリスに、やや引き気味なヒスイ。
なにはともあれ、
『……さて、じゃ。妾の復活には――』
そうアイリスが言いかけた、その時だった。
「何あれ……」
メノウがぽつりと呟いたことで、その場の全員がそれの存在に気づいた。
何か、一向の頭上に銀色のもやのようなものが現れたのだ。
『下級の獣神に、我が子どもよ。我に平伏せよ』
男とも女とも大人とも子供とも老人ともつかない声が、その場の全員の脳内に響き渡る。
「なっ……!?」
『ついに来たようじゃな……』
全員に緊張が迸る。
銀色の霞の中より、焔のようなものが人型のシルエットを形成する。
それだけではない。
あの白い砂人形たちが、宙から見下ろす〝それ〟へひれ伏すように囲っていた。
『――我は救世神ヴォルヴァドスなり』
〝ヴォルヴァドス〟――
地球の神であり、地球の人間たちに『ゲーム』をプレイさせるという形でこの世界の侵略を進めている。
嘗てアイリスをバラバラにした張本人であり、全ての黒幕。
それが、目の前に浮かんでいる。
『……何の用じゃ。まさか、直々にこの妾を殺しにきたのかのう? ご足労なことじゃ』
『……これは本体ではない。龍神の心核と眷属神2体、それから敵対的な我が子らと未知数の強者ども。分身でこれらを纏めて相手にして勝てるほど、我は自惚れてはおらん。
……我はただ、貴様らへ提案に来たのだ』
銀の霞の奥で揺らめく人型の焔が肩をすくめる。
存外、人間味があるようなリアクションだ。
「提案、ですか?」
『いかにも。強者たちに獣の子にそして龍神アイリスよ、我の眷属となれ。
我とて無駄な殺生は好まない。強く聡い貴様らは、我の眷属神となる資格を有している。そうすれば貴様の望む幸福なる日常は保証しよう』
穏やかで心落ち着く声色で、ヴォルヴァドスはカリニャンに語りかける。
無論、カリニャンがその提案に乗る事はない。だが、カリニャンが否定するよりも先にアイリスが割り込んだ。
『それで、眷属となった妾たち以外のこの世界の人々はどうするつもりじゃ?』
『8割ほど間引くつもりだ』
間引く。
大半を殺すと言っているのだ。
それは、この場の誰もが無視できない発言であり、ヴォルヴァドスは全くもって人々を殺す事に何の躊躇も抱いていないように思えた。
「なっ、何のためにそんな……!?」
『必要なのだよ。我が子たちの新たな住まいが』
悲痛なカリニャンの疑問に、ヴォルヴァドスは穏やかで暖かみのある声で返す。そして続けてこう説いた。
『我の世界の人類は増えすぎた。星の許容量を大幅に超えるほどに。
我が星は緩やかに滅びへと向かっているのだ。
……だから、必要なのだ。増えすぎた我が子たちが生きられる、新たなる世界が』
「だからって! この世界の人たちを殺すだなんて認められません!!」
『必要な犠牲なのだ。分かってくれ』
「……わかりましたよ、分かり合えないことが!
他所に犠牲を押し付けて何が神様ですか!!! 私は絶対にあなたの下になんかつきませんから!」
カリニャンは爪に雷を纏わせ、ヴォルヴァドスへ攻撃をしかける。
しかし、拳は空を切った。
『そうか、残念だ。分かり合えると思っていたのだが……。他の者はどうだ? 我につくのならば手荒な真似はしないぞ?』
いつのまにかカリニャンの背後に立っていたヴォルヴァドスは、この場の他の者にも問いかける。
しかし、全員が首を横に振った。
『……互いの為であると、有益な提案だと思っていたのだが。こうなれば仕方あるまい』
その瞬間、コハクとヒスイを真っ白な炎が包み込んだ。
悲鳴をあげることもできず、誰も反応できないほどの速さでヒスイは火達磨となっていた。
「ママっ!!!!」
1番最初に動いたのはすーちゃんだった。
二人を包む白い焔を相殺すべく、すーちゃんは己の肉体の一部を炎に変えてヒスイをまるごと炎の渦に飲みこんだ。
それはヒスイそのものは焼かない優しい炎であった。
だがそれでも、ヴォルヴァドスの白い炎は打ち消せない。
「お姉さまっ!!」
一拍子遅れて、アイリスが、メノウが、ジンが、麒麟が、カリニャンが駆け寄ろうとしたその時だった。
――破邪
二人の体から白い焔が一瞬で消え失せた。
「ぜぇー……ぜぇー……」
ヒスイが破邪を発動できたのは、すーちゃんが僅かにでもヴォルヴァドスの力を抑え隙を作ってくれたからだ。
それがなければ――
――コハクとヒスイは、確実に死んでいた。
アバターの肉体の死亡たるゲームオーバーという意味ではない。
ヴォルヴァドスの白い焔は、アバターを操るヒスイの精神を辿り地球に存在する肉体もろとも焼き尽くそうとしていたのだ。
極めて危険な状況であった。
『我の力を打ち消すその力……。本来は破邪にそのような権能は無いはずだ。……何者なのだ』
「俺が何者……? 俺もなんでこんなことできるかしらねーよ」
『ヒスイ、貴様だけではない。異なる世界の存在を呼び出し使役する力を持つ貴様に……白虎、貴様もだ。
何者だ……一体何者が干渉しているというのだ?』
ブツブツと思慮に更けるそぶりを見せるヴォルヴァドス。
しかしすぐに向き直ると、アイリスを見据えてこう〝宣言〟した。
『――旧き支配者たちよ。
此度こそ貴様らに引導を渡し、我こそがこの星を統べる新たな支配者となる。
三月後の満月の日、我が勇者たちを引き連れ〝外なる闇〟にて待つ……』
そう言うと、ヴォルヴァドスの姿は蝋燭の火を消したようにふっと無くなっていたのであった。
――それは宣戦布告だった。
3ヶ月後、この世界の命運を決する戦いが始まる。
『3ヶ月か。好都合じゃな』
「……何がです?」
『妾の復活には二月ほどかかる見込みじゃった。その間にヤツが待っていてくれるというならば、これほどありがたいことはない』
恐らくは、本体ごとやって来るのにそれだけの時間がかかるのだろう。
それが何か意味があるのか、はたまた適当に決めたのかどうかは分からない。
「それにしても……ヤツが言ってた外なる闇って何?」
気になったコハクがアイリスに聞いた。
『うむ、わからん。じゃが心当たりはある』
……らしい。
ともあれ、来る3ヶ月後に向けて準備を欠かさぬべきであろう。
ここより3ヶ月後の運命の日、カリニャンは最愛の人々の仇と決着をつけることとなる。
――〝我が勇者らを引き連れ、外なる闇にて待つ〟
その『勇者』こそが、カリニャンの怨敵であることを、今はまだ知るよしもなかった。




