第57話 『月』の魔法少女
――その少女は戦い続けた
世界を救うために戦った。
セカイを守るために戦った。
己の存在証明のために戦った。
もう誰も傷つかないように戦った。
戦って戦って戦い抜き、その果てに彼女は見た。
勝ち取りし平和の証と――仲間の屍の山を
それでも彼女は、己が命ある限り戦い続ける。
セカイを守り抜くために。未来のために。
それこそが、果てなき運命に抗い誰よりも強く在った〝月〟の魔法少女――
「〝斬り拓いて〟
――『彼岸の勇者』」
結ぶ手印は『狐』
顔を隠すように狐の手印を結ぶ。
――まるで世界に黒漆の椀を被せたかのように帳が降りる。
そこへ、蒼く爛々と輝く満月が昇った。
そして月と共に、少女は舞い現れる。
〝彼岸の勇者〟
夜闇の中でも際立つ黒いポニーテールに、紺のセーラー服。首には紅いスカーフがたなびいている。
女学生を彷彿とさせるその姿の中でも一際目を引くのは、顔を包み隠す狐の面であった。
『……一式〝月影〟』
彼岸の勇者が前に翳した両手の内に、蒼き月の光を宿す刀剣が現れる。
二本の刀を握りしめ、そして彼岸の勇者ははるか上空より見下ろす巨龍へと切っ先を向けた。まるで『かかってこい』と宣戦布告するかのように。
『アァァァァァッ!!!』
巨龍――アイリスの肉体が咆哮する。
と同時に、彼岸の勇者の立っている場所の砂が鰐の顎のような形となり挟み込んだ。
彼岸の勇者はそれを危なげなく回避する。
しかし、彼岸の勇者を襲う鰐はそれだけではなかった。
砂、あるいは岩でできた鰐どもが、まるで水面から獲物に襲いかかるように彼岸の勇者へと群がる。
『……』
埒が明かないと判断した彼岸の勇者は、その場で鰐どもを引き付けてから一気に切り払った。
そして、さも当然のように宙を駆け抜けてアイリスの肉体、骸の龍神へと接近してゆく。
『いっアァァァァァッ!!!』
骸の龍神もただで接近される訳にはいくまいと、その口から指向性をもった白い高密度のエネルギー波を放つ。
街や都市ひとつ、簡単に蒸発させられるほどの熱量がある魔法であった。
しかし彼岸の勇者は、危なげもなく避けつつぐんぐんと骸の龍神の元へと辿り着く。
『……』
骸の龍神の額に、白い砂の塊が根を張るようにめり込んでいる。
恐らくはそこが核なのだろう。
コハクと彼岸の勇者はそう推測する。
故に、彼岸の勇者は骸の龍神の眉間へと斬撃を叩き込む――
『う、いぃぃあ……ムイみ、じゃ』
『!?』
しかし彼岸の勇者の攻撃は、寸前の所で止まってしまった。
刃が眉間に届く寸前から動かない。不可視の壁に止められているようだ。
それは、氷の結界。極めて高い練度で組まれた術式であり、かつて神獣白虎が得意としていた魔法のひとつであった。
彼岸の勇者はこれ以上刃を押し通そうとするのを諦め、反撃に備え待避する。
『あひっ、ひひひひっ……いい判断じゃぁ』
アイリスの肉体を乗っ取ったヴォルヴァドスが、アイリスの声で嗤う。
次の瞬間、夜の世界を昼間に塗り替えるほどの強烈な光が骸の龍神から放たれた。
桁違いの熱量と光量。
まるで太陽が地上に顕現したかのような灼熱の地獄が現れた。
退かなければ最強の魔法少女たる彼岸の勇者といえど、無事では済まなかったであろう。
しかし、それだけではない。骸の龍神はその巨体で彼岸の勇者を追いかける。
圧倒的な質量と熱量を前に、彼岸の勇者は――退かず、立ち向かった。
彼岸の勇者は両の手の刀から手を放した。
刀はそのまま落下はせず、彼岸の勇者の傍らに留まり続ける。
そしてほどなく彼岸の勇者が掌を迫り来る骸の龍神へと向けると――
『……二式〝月天心〟』
彼岸の勇者の刀――〝月影〟が、無数の刃へと分裂した。
それは鍔も柄もない、剥き出しの刀身たち。
――遠くから見たそれは、まるで蒼い流星群のようだった。
彼岸の勇者の周りの刃たちが、赤き炎を纏う骸の龍神へと発射される。
ただしそれらは、直線的に骸の龍神へ攻撃するのではない。
右から左、左から上、上から下、下から上、手前から奥、奥から手前。
ありとあらゆる様々な方向から、無数の蒼い光の筋が骸の龍神に線を刻む。
『……』
骸の龍神の体に浅いながらも傷が刻まれてゆく。
アイリスの肉体である手前、一刀両断する訳にはいかないのだが、それにしても硬い。
狙うは眉間の核とみられる部位なのだが、そこだけはきっちりと防がれている。
ただ、骸の龍神からしてもこの攻撃は厄介なのか、その突進を止めることには成功した。
『や、やややリお、ルのぅ』
骸の龍神の体を纏う炎が消え、世界が再び夜となる。
彼岸の勇者は次の1手に対しての警戒を怠らないのと同時に、攻勢に転じる。
無数の刀身を更に骸の龍神の周囲に展開。蒼く輝く月光の刃が、時雨のように突き刺さる。
――薄明の騎士が防御特化ならば、彼岸の勇者は直接攻撃に秀でた魔法少女であろう。
彼女の前に立つほとんどの敵は、瞬く間に微塵と化す。人も、災獣も。
故に、元の世界で彼岸の勇者が本気を出した事は数えるほどしかない。
『……』
骸の龍神は、彼岸の勇者の攻撃を食らってなお健在であった。
仮面の下で彼女は笑みを浮かべる。
骸の龍神は巨体に見合う耐久もさることながら、傷をたちまち癒してダメージを無かったことにしていた。
彼岸の勇者はこれでは千日手……いや、この世界に滞在可能な時間の制限がある以上、早急に決着をつけなければならない。
『三式――』
彼岸の勇者が新たな技を発動しようとした、その時だった。
『アァァァァァァァァッッッ!!!!!』
骸の龍神が、突然けたたましく叫びをあげた。
と同時に、世界が銀色に染まる――
空気が、世界が、あらゆるエネルギーが動きを止めた。
氷点下150度もの低温の環境に、彼岸の勇者の動きが鈍くなる。
大気中のいくらかの物質が気体の状態を保てなくなるほどの気温……。
さらに骸の龍神は、追い討ちをかけるように彼岸の勇者をピンポイントに冷却する。
そして到達するは-273.15度。
それはあらゆる全ての原子と分子が動きを止める、絶対的な温度。
則ち、絶対零度である。
――魔力は物質とは異なる温度の法則を持っている。
故に、物質的な熱による影響を受けることはない。
魔力で魔力の熱を冷やす事は可能だが、アイリスの肉体たる骸の龍神とはいえ彼岸の勇者ほどの存在の魔力に干渉することは容易ではなかった。
だから、物質的なエネルギーの停止のみに絞った。
『……っ!』
絶対零度に閉じ込められてなお、彼岸の勇者は完全には停止していなかった。
彼女の今の肉体は魔力で擬似的に作られたもの。
物質に依る物理法則に従うよう設定こそされているが、それでも絶対零度で完全に停止することはなかった。
だが、動きが鈍くなったのならばそれまで。
『お、し、おしマい、じゃ、ひひっ、ひひひひ』
そして骸の龍神の絶望的なまでに巨大な尾が、彼岸の勇者を薙ぎ払い粉々に粉砕したのであった。




