第6話 はじめてのレベリング
「それじゃ早速……と、その前に。これを渡しておくね。幻影召喚――」
「……? なんでしょうか、これ?」
「変わった形をしてるけど、一応武器。使い方はここを――」
*
枝の隙間から射し込む木漏れ日が、うねる大蛇の黒い身体を照らす。
コハクの屋敷より数百mは離れた森の奥。そこに、二人はいた。
「僕の〝技能〟でカリニャンの姿を消してるけど、合図するまでは動かないでね?」
「はい、お姉さま……」
「それじゃ、行ってくるよ」
「む、無理はしないでくださいね……」
しげみの中から飛び出して、コハクは大蛇の前に躍り出た。
『シャアアアアアアアアッッッ!!!!!!』
―――――――――――――――――
種族名:黒蛇龍
Lv:145
性別:♂
技能
【熱源感知Lv6】【猛毒吐息Lv8】【強化分身Lv7】
固有技能
【石化の眼光Lv7】
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黒曜石のように黒く照った体表、木々の背丈ほどの太さはある胴体。睨み付けた全てを石と化す眼光。
魔境の外ならば伝説に語られる魔獣として畏れられる怪物――バジリスク。
それが、今回のターゲットだ。
『ギシャアアアアッ!!』
コハクを視認するや否や、バジリスクは家一件は呑み込めそうなほどに開かれた口から真っ黒な毒霧を放出した。
並大抵の生物ならば、飛沫を僅かに受けただけで即死の【猛毒吐息Lv8】。
しかしコハクは、全く焦る様子も見せずに手のひらから魔法を放つ。
「広域風魔撃!」
『シャアァッ!?』
コハクを中心に暴風が吹き荒れ、毒霧もろともバジリスクを遥か上空へと巻き上げる。
「カリニャン、今だよ」
「うぇ!? は、はい!!」
気配を殺し隠れていたカリニャンは、コハクに渡された〝それ〟を構えて狙いを定める。
銀色の筒を纏めたかのような不思議な形をした武器――
コハクの故郷では『銃』と呼ばれるそれの引き金を、カリニャンの指が弱々しく引いた。
ドォンッ――!!!!
聞き慣れぬ鈍い破裂音が森に響き渡る。
放たれた銀色の弾丸は、慣性の軌道を無視して宙に巻き上げられたバジリスクの眉間へと吸い込まれるように命中した。
そして――
カリニャンのレベルが大幅に増加した。
――幻影召喚
それは、こことは別の世界に存在する〝誰か〟の力を、『幻影』として呼び寄せ使役する技能である。
【祝福の杖銃】
カリニャンが用いたのは、コハクがこの能力で召喚した武器である。
この杖銃は、【絶対命中】……つまり『狙った対象に絶対に命中する』という特性が備わっている。
更に弾丸にはコハクの【一撃必殺】も付与されており、レベル10のカリニャンが放っても問題なく即死効果が発動したのだ。
ただし経験値の分配……戦闘貢献度だけは、武器で直接攻撃したカリニャンが大半を占める。
半ばバグのようなレベリングである。
「お姉さま……私のレベル、どうなってますか?」
―――――――――――――――――
称号:邪神の狂信者
名前:カリニャン
Lv98
性別:♀
種族:白猫族
技能
【縮地Lv1】【空中跳躍Lv1】【暗視Lv1】【猛毒耐性Lv1】【自己再生Lv1】
固有技能
【白雷魔術Lv1】【白氷魔術Lv1】
異質技能
【蕃神之寵愛】Lv繧ォ繝翫Φ
―――――――――――――――――
「ふむふむ、レベル98だね」
「きゅっ!? た、たしかさっきまで私10だったんですよね?」
「うん。遥か格上を下せばこのくらいは伸びることもあるよ」
参考までに――プレイヤーの中でも上位層と呼ばれ始める者のレベルは、100前後からである。
カリニャンは既に、この世界でも強者の類に足を踏み入れていたのだ。
「今のカリニャンなら、この間の葉っぱの魔物にも負けないと思うよ」
「そうでしょうか……」
とはいえ、いきなり強くなったという実感はあまりないのが実状だ。
カリニャン自身がしっかり戦闘すれば実感はあるのだろうが。
「さて……それじゃスキルレベル上げも兼ねて、次は一緒に魔獣を倒してみようか?」
「わ、私の力が、あんな怪物たちに……通じるでしょうか……」
「だいじょぶ。今のカリニャンは色んなスキルを使えるようになってる。
けど、使わなければスキルの強さ……熟練度は上がらない。それに、大幅に向上した身体能力にも慣れておかないとね」
「わかりました……やれるだけやってみます」
「もし怪我とかしそうになったらすぐに助けるから」
2回りは小さなコハクに背中をぽんぽんと叩かれて、カリニャンは覚悟を決めた。
強くなりたいと言ったのは自分だ。
『強くなりたい』のは、腕っぷしだけじゃない。
恐ろしくても立ち向かう勇気……何者にも屈しない、不屈の精神を得たいと願ったのだ。
それはまるで……お伽噺に語られる〝勇者〟のように――
*
「お姉さま。あの魔獣はどうですか?」
「うーん……レベル113か。カリニャンにとってはかなりの難敵になりそうだけど、やってみる?」
「やります……!」
カリニャンたちが見つけたのは、捕らえたであろう獲物を貪る巨大な獅子の後ろ姿であった。
―――――――――――――――――
種族名:人面獅子王
Lv:113
性別:♀
技能
【飛毒針Lv4】【空中跳躍Lv5】【嵐天魔術Lv5】
固有技能
【獅子王の覇気Lv5】
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それは、体長10mはあろうかという灰色の獅子。尾は蠍のものとなっており、見た目通りそこに毒針を備えているようだ。
『ぐルルル……』
気配を消して背後から接近していたのに、すぐに気付かれた。
(不意を突く……のはもう無理そうですね)
マンティコアはかなり知能の高い魔物だ。
その上、極めて高い身体能力を有している。
蠍の尾部をカリニャンたちへ向け、臨戦態勢だ。
(ならせめて、先制攻撃を……!)
「上位雷魔弾!!」
カリニャンの手のひらから真っ白な電気の塊が射出され、マンティコア目掛けて飛んで行く。
雷の弾丸はマンティコアには当たらずすぐ脇の木の幹に炸裂すると、大きく爆ぜてそのまま周囲の木々をも吹き飛ばした。
(な、なんて威力……これで、スキルレベル1……なんですよね?)
想像を遥かに上回る破壊力に、自身でも驚き恐怖するカリニャン。
『オ? オオ……グオオォォォォッッ!!!!!』
マンティコアは着弾した雷の威力を目の当たりにし、カリニャンを自分の命を脅かす『敵』と認定した。
下手な様子見は危険。ならば、殺られる前に最初から全力で屠る――。
「速っ!?」
マンティコアが地面を一蹴りしただけで、カリニャンとの距離を一気に縮めてきた。そしてそのまま、叩き潰さんと前足を振り下ろす――
「っ……?」
「速いって感じられるって事は、いまの速度が〝見えている〟って事だよ」
目を開けて前を見てみる。
すると、マンティコアの前足がカリニャンを叩き潰す直前でコハクの背から伸びる翼に受け止められている異様な光景がそこにはあった。
マンティコアよりもはるかにはるかに小さくて華奢な少女が、力で勝っている。
「さ、この隙に攻撃だよ」
「は、はいっ!!」
カリニャンは無意識に理解していた。
自分に刻まれた『技能』の扱い方を。
さっきは弾を飛ばすように放った魔法だが、今回は違う形で発動させる。
その形は、拳。右手の拳に白雷と白氷、二つの魔力を混ぜ合わせ纏わせる。
自身の肉体に魔法を纏わせるなど、本来はかなりの高等技術である。
しかしカリニャンは、無意識の内にそれを成し遂げていた。
『オォォッ!!』
危機本能だろう、マンティコアはカリニャンの様子を一瞥するや否や後方へ飛び退こうとする。
だがしかし――
【縮地】――短距離ではあるが一瞬で距離を詰める高速移動の技能。この距離なら、【縮地】の射程圏内。
「はあっ!!」
飛び退くマンティコアの体に一瞬で追いつくと、【縮地】のスピードを維持したまま拳を前に突く。
『グウッ!?』
マンティコアはカリニャンから逃れるために空中で跳躍しようとする。
しかしその瞬間。
跳躍するための己の脚が無くなっている事に気がついた。
「悪いね、経験値になってもらうよ」
手に刀を持ったコハクが言う。
『グギャアアアアッッ!!』
そして、カリニャンの拳がマンティコアの額に直撃する。
純白の冷気がマンティコアの頭部を凍てつかせた。
その次の瞬間、白い雷が迸り獅子型の氷像を打ち砕いた。
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