第54話 無機獣神・零式
昼は熱せられた鉄板の上で焼かれているような、夜は氷水に浸されているような。
もしこの場所で死ねば、数十度もの寒暖差に死体は腐ることなくたちまちミイラとなってしまうであろう。
そんな極端な気候の下歩き続けること、数日。
「にゃひぃ~……今日も今日とて暑いですぅ」
もはや聞き成れたカリニャンの悲鳴に、コハクはいつもとは違う言葉を返す。
「カリニャン、目的地までもうすぐだよ。あと半日も歩けばつくかな」
「ほんとですかっ!?」
ぐったりしていたカリニャンの表情がぱっと明るくなる。
カリニャンの服の下で尻尾が嬉しげにぴょこぴょこ跳ねて、布をつんつく突いている。
この長旅の終着がよほど嬉しいと見える。
「確かにな。無機獣をたくさん見かけるようになってきたしな」
目的地であるアイリスの肉体の封印場所は、同時に無機獣たちの親玉も鎮座しているという。
敵対しないよう気をつけながら、一行は歩みを進める。
そして、やがて遠目に比較的新しい建造物が見えてくる。
巨大な石柱が五芒星を画くように並び、その中央には砂に埋もれつつある石の祭壇のようなものがある。
「あれが……」
あの場所の地下に、アイリスの肉体が封じられているという。
数百年も砂漠で野ざらしになりながらもあまり砂がかかっていないのは、無機獣たちが手入れをしていたからだろうか。
何はともあれ、と4人は石柱群へと近づいてゆく。
しかし。その時を待っていたかのように、〝それ〟は現れる。
白い白い、人の形を模した人でない何か。
踊り狂ったかのように全身をくねくねとうねらせ、体から白い砂を舞い散らしながら四人へと近づいてゆく。
「やっぱり来たか……」
―――〝砂を騒がせるもの〟
地球でヒスイを襲ったこともある、ヴォルヴァドスが送り込んだ刺客とみられる怪物。
ステータスにはレベルとスキルの表記がなく、代わりに『抗うなかれ』などというメッセージが表示されている。
それが、一体だけではない。
あちこちで起き上がるように、砂の中から這い出てきた。
その瞬間――
『敵対存在ヲ発見 排除シマス』
『排除シマス』
『排除シマス――』
無数の無機獣がどこからか押し寄せ、砂を騒がせるものどもへと襲いかかった。
そこからは蹂躙のようであった。
砂を騒がせるものはさほど強くはなく、無機獣に一撃加えられるだけであえなく崩壊してしまう。
それを見ていたコハクは、「……変だ」と呟いた。
「何が変なんですか?」
「奴らは大して強くない。だからこそおかしいんだ。
いくら弱い砂人形をレベル300台の僕らにけしかけても無意味だって、ヴォルヴァドスもわかってるはずなんだ」
「つまりあいつらは陽動か、あるいは別の目的があると。そうコハクは言いたいんだな?」
「そうだよ。とにかく、無機獣たちが砂人形たちを抑えてくれてる内に急ごう!」
三人は駆け、一羽は翔ぶ。
アイリスの肉体にさえたどり着ければ……。
しかし、ヴォルヴァドスにとってそれは想定内であった。
『排除���侵�者……�エラーが����――』
「!? カリニャンっ!!!」
石柱群へと向かう一行の背後を、真っ赤な光線が襲う。
狙われたのはカリニャン。
咄嗟に反応し防御こそできたものの、凄まじい爆風にヒスイとすーちゃんが吹き飛ばされる。
その先には――
白く白く、世界を白で塗り潰さんとするような、巨大な砂の巨人が掌を広げ待ち構えていた。
「ママっ!!!」
「すーちゃん!!!!!」
きりもみ回転しながら墜落してゆくすーちゃんは、砂の巨人の頭部へと吸い込まれるように落下してゆく。
そして、のっぺらぼうだった砂の巨人の顔にぐぱっと開口部が現れ、そのまますーちゃんを呑み込んでしまった。
「すー、ちゃん……?」
現実感が置いてけぼりにされている。
頭の中はひどく冷静で、ただ沸騰する直前の熱湯のようにじわじわと感情が泡立ってゆく。
そんなヒスイを嘲笑うように、たくさんの砂人形たちが立ち塞がる。
「ざっけんなよ……!」
そして、ヒスイの心は沸点を迎える。
「おいクソ砂人形ども! うちの子に手ェ出したって事は覚悟はできてんだろうなぁッッッ!!!!?」
†
「……っ」
「大丈夫カリニャン?」
「なん、とか……。それよりヒスイさんとすーちゃんが」
不意打ちに近い攻撃を辛うじて防いでみせたものの、カリニャンはそこそこのダメージを負っていた。
「向こうは大丈夫、ヒスイは簡単にはやられない。それより――」
――それより、眼前の敵をどうにかしなくてはいけない。
―――――
レイドボス:【無機獣神・零式】
Lv:301
状態:聖躯化
―――――
最初に見た無機獣を狼とするならば、これは馬に近い姿であろう。
幾何学的な光の走るプレートが全身を覆っている。
馬を模したロボットと言った方が早いかもしれない。
そして額には、剣ごとく鋭い角が伸びていた。
「油断しないで。レベル300越え。あいつかなり強いよ」
「わかってます。けど……少し様子がおかしい気もしますね」
「確かにね」
無機獣たちは砂を騒がせるものどもを攻撃していたのに対し、無機獣神はそれらを無視しカリニャンを攻撃してきた。
――無機獣神は本来、味方のはずである。
というのも、無機獣神はアイリスの肉体を守護するために配置された番人であり、4体の神獣を模して造られたいわば5体目の神獣なのだ。
それ故、本来ならば神獣であるカリニャンを襲うなどあり得ない。
「……来る!」
無機獣神が駆ける。
砂の上をものともせず、なめらかに走る。
そして2人の周囲を囲うように駆けながら、角から赤い砲撃を途方もない連射速度でカリニャンたちへと放つ。
砂塵が巻き上がり、外から中で何が起こっているのかわからないほどに2人を包み込む。
その様子はさながら絨毯爆撃であった。
「幻影召喚! 〝薄命の星盾〟!!」
コハクは呼び出した魔法少女の盾で、無機獣神の爆撃からカリニャンを守る。
「上位雷魔弾……!!!」
カリニャンも負けじと雷の魔法を砲撃のように無機獣神へと放つ。
……しかし、無機獣神の移動速度は常時数百キロに及ぶ。コハクやカリニャンでさえ、この砂の上ではまともに追うことは難しいだろう。
まして並大抵の魔法では捉えきれない。
(とにかくヤツは脚が速い。スタミナも恐らく切れることはない……。となると、動きを止めなきゃ戦いにすらならない、か)
コハクは逡巡する。
動きを止める方法は無いわけではない。しかしそれはかなりリスキーだ。
砲撃を1発でもコハクがまともに喰らってしまえば、再生する間もなく粉々にされ死んでしまうかもしれない。
「わたしが前に出ます」
「了解。悪いけど頼むね」
このやりとりだけで、互いの意図が伝わり合う。
――カリニャンが一瞬でも無機獣神に触れられたなら。それで決着はつく。
ならばコハクのやることはカリニャンのサポートである。
(最悪の場合、白兵戦最強の魔法少女を……あの子を呼び出せば……)
切り札はある。
勝算もある。
あとは賭けである。
コハクとカリニャンは、辺りを包み込む砂煙のなかで不敵に笑っていた。
なんだかんだで凶級レイドボス全員登場させられましたね。
よかったよかった。




