第52話 ユルタ砂漠Ⅱ
代わり映えのしない砂漠の道なき道を歩んでいると、些細な変化や物にも新鮮さを感じるものだ。
「なんでしょうかこの白いつぶつぶ……? 貝殻……でもないですね?」
砂の上に落ちている大きな塩粒のような何かにカリニャンは興味津々だ。
「舐めちゃダメだからね?」
「な、舐めませんよ!」
図星を刺され、尻尾を握りながら咄嗟に否定するカリニャン。
かつてこの砂漠の半分くらいは海だったそうなので、塩の結晶が落ちていても不思議ではない。
とはいえ、よくわからないものを口に入れるのは単純にやめたほうがいい。
カリニャンは白いつぶつぶを捨て、歩みを再開した。
それから数分後のことである。
「白いつぶつぶ」の正体を知ることになるのは。
「おい、あそこなんかいるぞ……」
最初に気づいたのはヒスイだった。
カリニャンたちは近くの岩陰からその生き物をこっそりと観察する。
《種族:スナシカモドキ》
それはふわふわした毛皮に覆われた、シカのような生き物だった。
どうやらここは砂漠の真ん中であるにも関わらず、僅かながら草が生えている。地下に水脈でもあるのかもしれない。
スナシカモドキはそんな草を必死に食んでいた。
「すごいですねぇ、こんな所でも生き物っているんですね」
「そうだね。ん? ちょっと見て、あれって……」
草を食べることに夢中なスナシカモドキの後ろ足の間から、ぽとりぽとりと何か白いものが落ちる。
それは――
《スナシカモドキ
砂漠の環境に適応した結果、水分を排出せず不要な成分のみを排尿する事ができるようになった。なのでスナシカモドキの尿は白い結晶状をしている》
「えっ……じゃああれっておしっこだったんですか!?」
ついさっきカリニャンが拾い上げた白いつぶつぶ。
その正体は、スナシカモドキの排泄物だったのだ。
「舐めなくて良かったね」
「……ソウデスネ」
思わず真顔になるカリニャンなのであった。
*
この灼熱の大地を歩くには、ちょこちょこ休憩を挟む必要がある。
具体的には、パラソルを立てて日陰で冷たい飲み物を飲みながら寛ぐことである。
「こんなに暑いのに夜は真冬みたいに寒くなるって信じられないですよ~……」
「カリニャンは寒いの苦手?」
「いえ! むしろ冬場は大得意です!」
「ふわふわだもんなあ」
今は暑くて暑くて仕方がない様子だが、夜になれば逆転するだろう。カリニャンは氷を操る特性上、寒さにはめっぽう強いのである。
「あたちはさむいのやだなぁ」
「夜はママがぎゅーっと暖めてあげまちゅからねー?」
「わあい!」
すーちゃんはある意味カリニャンとは真逆なのかもしれない。
今もパラソルの外で陽射しを浴びて、心地良さそうにしている。
「もうすぐ夕方ですかねぇ」
「もう少し進んだら今日は野営しようか」
そうして一行は再び歩き始める。
目的地までの道のりは、ゲームとしての機能であるマップを確認することで迷うことはない。
マップに従って真っ直ぐ歩けばいいのだ。
なので道のりは順調である。……が、いかんせんユルタ砂漠は広い。
まだまだ道半ばである。
それから一時間ほど進んだ時のことだった。
黄昏が砂漠を緋色に染めて、異界のごとき光景を作り出す。
間もなく世界に夜の帳が降りる、その直前にのみ訪れる異界。
「ママぁ、あれなぁに?」
「なんだいすーちゃん? 何か見つけたのかい?」
「うん。こっちに来るよ? ママのこと見てる」
「へ……?」
――白く、白く、異常な白さを持つ人影
それが、手足をばたつかせるように、あるいはくねくねと関節などないかのように人外じみた動きでうねりながら、こちらへと水平に接近してくる。
「あ、あれは……」
それは、地球でヒスイ――久敏を襲った〝何か〟であった。
「ヒスイを襲ったという怪物によく似てるようだけど……あれは一体――」
――――
呼称名:砂を騒がせるもの
Lv:存在しません
・罪人よ抗うなかれ
――――
「……見るからにヴォルヴァドス関連だね」
見たことのないステータス表記。レベルが存在しない。
更にはスキルの項目の代わりに『抗うなかれ』などと書いてあり、極めて異質であった。
「戦うしかない……か」
「気を付けろよ。地球でのことだけど、体を動けなくしてきたりするからな」
仮にあれがヴォルヴァドスの手下……あるいは、化身のような存在だとすれば。
ヴォルヴァドスに本格的に目をつけられたということになるのだろうか。
〝砂を騒がせるもの〟はそしてついにコハクたちの眼前へと迫る――
――その時、目を開けていることすらままならない閃光が迸った。
コハクたちも全くの想定外。
突如として、〝砂を騒がせるもの〟をなにかが吹き飛ばしたのだった。
「な、何が……」
おそるおそる目を開き、辺りの様子を伺う。
先程の異様に白い砂の人形――〝砂を騒がせるもの〟の姿はない。
その代わりにそこで見つけたものは――
「ついにおでましだね……〝無機獣〟」
それは、狼のようで狼でない。
形だけは狼なのだが、それは毛皮を持ち合わせず、体表は無機質で黒い金属的な質感であった。
鎧でもない、まるで近未来の地球からやってきたような――異質な雰囲気を纏っていた。
一行は臨戦態勢を崩さない。
――――
呼称名:無機獣・狼式
Lv:108
――――
レベル100超え。弱くはない。並みのプレイヤーならば手も足も出ないであろう。
だが戦闘になったとしても、レベル300ものカリニャンたちが負けることはない。
しかし無機獣の脅威は、その数でもあると言われている。
最低でもレベル80以上の無機獣が、数百もの群体となって襲いかかってくるのだ。
『……』
カリニャンたちの目の前に現れた無機獣は、静かに探るように見つめてくる。
戦闘が始まれば、他の個体たちが押し寄せてくるだろう。
そうなったとしても、やはり負けることは無い……だろうが、消耗は免れない。
一行に緊張が走る。
しかし無機獣はしばらくすると、踵を反して何処かへと走り去っていった。
「み、見逃されたのか……?」
――無機獣は『プレイヤーしか襲わない』という習性がある。
もちろん積極的に敵対すれば非プレイヤーと戦わない訳ではないが、プレイヤーに対しては問答無用で襲いかかってくるのだ。
アイリスいわく、ヴォルヴァドスの因子を感知した対象を積極的に排除するよう設定されているらしい。
それ故、プレイヤーに対して好戦的なのだという。
〝砂を騒がせるもの〟へ攻撃したのも、つまりはそういうことだろう。
ならばなぜ、プレイヤーであるヒスイに反応しなかったのか。
それはヒスイの中のヴォルヴァドス因子が、■■■の力により他のプレイヤーと比べ極めて希釈されているからである。
「はあぁ、どっと疲れましたねぇ」
「何はともあれ、今日はこの辺で野宿にしよっか」
危機を乗り切った一行は、アイテムボックスからテントや焚き火などを設置して夜へと備える。
念のため魔物に備え、簡易的な結界も張っておく。
これで夜を明かす準備は整った。
「さむいでちゅ……ママぁ、暖めて……」
「よしよしすーちゃん、朝までママがぎゅーっとしてあげるからね」
夜の砂漠は非常に冷える。
その気温は氷点下にまで下がり、嘗めているとあっという間に凍死だ。
炎の化身たるすーちゃんだが、まだ雛鳥だからか寒さにはめっぽう弱い。昼間は快適そうにしていたのだが、今はぷるぷる震えながらヒスイの胸の中だ。
「ママあったかぁい……」
これはこれで幸せそうなので、心配はいらなさそうだ。
対するカリニャンはというと……
「わたしって今くらいの気温が1番居心地がいいかもしれません。調子いいです!」
ずいぶんと嬉しそうだ。
けれども、もう明日に備えて眠らなければならない。
「お姉さま寒そうですね。こっちに来てください、わたしが暖めてあげます」
「あ、ありがとカリニャン……」
さすがに吸血鬼という種族のコハクが凍え死ぬことはないだろうが、それでも寒さは感じる。
なのでカリニャンの提案を断る理由もなく、一緒の寝袋にお邪魔する事になった。
カリニャンの寝袋は特注で、サイズに合わせてとっても大きい。コハクが入ったところで大して狭くなるということもない。
「ふわぁ、あったかい……」
カリニャンは眠るとき、いつも裸になる。
その毛皮の上に何か着ていると、気になって寝つきがわるくなるのだという。
今日もそれは例外ではなく、コハクは寝袋という密閉空間の中を埋め尽くすカリニャンのふわふわに包み込まれる事になった。その上、濃厚なカリニャン臭も充満している。
極上体験だ。如何なる高級布団や毛布でも、この最高の安らぎを得ることはできない。
いつもカリニャンに抱きしめられながら眠っているが、同じ寝袋に入って眠るという状態はまた違う安心感がある。
(お屋敷に帰ってからも、たまにお願いしよっかな……)
そんな新たな感覚にすっかり虜になってしまったコハクなのであった。
冒頭に出てきた尿を固形にして出す哺乳類は実在します




