第51話 ユルタ砂漠Ⅰ
東京ドーム換算の計算、間違ってたら指摘してください……
ユルタ砂漠
この世界でも最大級の面積を持つ砂漠地帯であり、その面積は約48万平方キロメートル……東京ドームおよそ1020万個ぶんである。
ここでは所によって昼夜の寒暖差が軽く50度を超すこともあり、到底人間が生きてゆける環境ではない。
この世界において、『魔境』に並びプレイヤーすら立ち入る事が困難な地帯として名を馳せている。
そんなユルタ砂漠こそが、今回の目的地。
厳密には、その中央――
そこにある、迷宮である。
*
「くそー! 砂漠行きたかったー!!」
残念がるジンとメノウを置いておき、カリニャンとコハク、それからヒスイとすーちゃんはユルタ砂漠へ向けて出発した。
この惑星は地球と同じほどの広さがあり、到着まで最短でも2週間以上はかかる見込みだ。
……が、この世界には転移という移動手段があり、嘗てコハクとヒスイは砂漠の比較的近くに転移可能なポイントを設定している。
それにより、砂漠近くの街までは3日ほどで到着した。
「ここが……ユータリの街」
「暑かったですね……」
「僕も暑いけど、カリニャンはもっとキツそうだね……」
宿へと到着した一行は、カリニャンの氷魔法を利用しながら涼んでいた。
この灼熱の気候は想像以上で、一行はすっかりバテてしまっている。
ちなみに炎の化身でもあるすーちゃんだけは全く平気だが。
「うぅ~……」
暑いことを見越してカリニャンは下着同然なかなり露出した格好をしていたのだが、それでも焼け石に水であった。
現在は氷魔法で自分自身を冷やしながらコハクの膝に顎を乗せている。
そんな大きなにゃんこの頭をなでなでしながら、コハクはまんざらでもない様子だ。
「それにしても……変わった街並みですねぇ」
「地球でも似た場所があるってのは知ってたけど、実際に来てみると不思議な感じだね」
宿の窓から見える街並みは、一行が今まで見たことのない雰囲気を纏っていた。
建物はどれも赤茶色の四角形をしており、土台と骨組みに砂を固めて創る建築様式らしい。
荷物を背負ったラクダやロバがターバンを巻いた人に連れられ往来し、道のあちこちで行商人が出店を開き座り込んでいる。
「お姉さまっ! 壁の中に貝殻が……!」
カリニャンに言われてコハクも気づいたが、壁に塗り込められた形で二枚貝の殻が混ざっていた。
「ここは大昔は港町だったんだっけ」
出発前にアイリスが言っていた。
ここはかつて、砂漠に面しながらも緑豊かな国であったそうだ
しかし欲深で愚かな王がまだ人間だった頃の聖女アイリスを捕まえたことで、この場所の龍脈が呼応するように暴走……そのまま肥沃だった国全土を焼き尽くし、海は沸騰して干上がり、そして不毛の砂漠へと姿を変えたという。
多くの罪なき命が意図せずともアイリスの力で失われた。
アイリスにとって、ここは贖罪の土地なのである。
「砂漠を歩いていたら貝殻とか見つけられるかもですねぇ。いっぱい集めてブレスレットに……ふふ、ちょっぴり楽しみになってきました」
暢気にそんな事を言うカリニャン。
カリニャンはその巨躯とは裏腹に、まだ夢見がちな15歳の子供なのだ。
それから夕方になり涼しくなってきた頃、宿から食事が提供された。
そのメニューはというと、やはり見慣れないものだ。
「お肉をバナナのような植物の葉っぱでくるんで蒸し焼きにした料理はわかりますが、こっちの粒々のものはなんでしょうか……? お米……ではないですし、粟でもない?」
メイドであることに誇りを持つカリニャンは、未知の料理に興味津々だ。
「こいつが気になるのかい、獣人のお嬢ちゃん?
これはスークといってな、この国では定番の食べ物だ。
作り方は粗挽きと細挽きの小麦粉を混ぜたものに水を少量加えて――」
「ふむふむ、なるほどなるほどそういう手が……」
カリニャンはでっかい手のひらの上の小さなメモ帳に必死で調理法を書き込んでゆく。
こうして魔境のお屋敷の食卓にまた新たな一皿が加わることとなった。
「むふー! 期待しててくださいねお姉さま!!」
「ふふっ、楽しみにしてるよ」
お料理のレパートリーが増えてホクホク顔なカリニャンに、コハクも思わず笑みがこぼれるのであった。
*
「涼しくなってきましたねお姉さま……」
「そうだね。ちょっと想像以上に寒くて驚いてるよ」
砂漠が近いこともあり、この街も夜になると昼間の暑さが嘘のように冷え込む。
屋内も過ごせないほどではないが、それなりに冷え込んでいる。
こんな時はカリニャンのふわふわに潜り込むに限るのだ。
「それにしても……」
一行は昼にさまざまな事を街中で聞き込んだ。
まず砂漠では毎日のように遭難者が出ている。
そして、数は少ないが強力な魔物も生息しており、警戒が必用である。
そして、プレイヤーのみを攻撃対象とする魔物が存在すること。
「……油断はできないね」
砂漠というフィールドでなければ、この世界でカリニャンやコハクに敵う存在はそうはいないだろう。
しかしここでは文字通り足元を掬われ、各々の強みを十二分に発揮できない。
対して向こうは地の利を活かして襲ってくるだろう。それ故、常に警戒を怠ってはならないだろう。
*
翌朝。
今日からユルタ砂漠を攻略する。
そのための準備はしてきた。
衣服は頭含めて全身を陽光から覆い隠す薄手の長袖だ。ダブダブなその生地は、風通しが良く暑い中着ていても蒸れたりしないという。
「あづいですぅ……」
ただしカリニャンは除く。
砂漠に足を踏み入れて早々に、カリニャンはもうかなり辛そうだ。
もふもふな毛皮の上に着込むことは、カリニャンにとってただ熱を籠らせるだけなのだ。
とはいえ、この強烈な直射日光に当たるよりはよっぽどマシである。
カリニャンは自分に少しずつ氷魔法をかけ続けることで暑さを凌ぐことにした。
「おひさまぽかぽかきもちいのでちゅ!」
一方のすーちゃんは、全くもって砂漠の気候をものともしていない。
そもそも朱雀が火山地帯でマグマを啜って生きてきた神獣なのだ。この程度の気候はすーちゃん的には『日光浴にちょうどいい』程度らしい。
「う゛う゛、すーちゃんが羨ましいですぅ……」
「はいお水」
「ありがとおねぇさま……」
自己補完の範疇で体を冷やしているので、情けない様子だがカリニャンもまた砂漠を歩く上で問題はない。
「おねぇさまぁ、肉球の間に砂が……」
「しょうがないなぁ。取ってあげるよ」
「お姉さまっ、あっちに水辺がありますよ!」
「蜃気楼だね。騙されちゃダメだよ」
「お姉さま! あそこに――」
暑さで頭をやられたのか、元々の好奇心旺盛な性格が発揮されているのか……。
――そういえば、スナネコとかいう生き物がいたなぁ。ふわっふわで可愛らしくて……。
カリニャンの様子を見ていたら、ふとそんな事が過るコハクなのであった。
 




