第50話 二人の形
「――ということがあってさ」
久しぶりにログインをしてきたヒスイは、地球で起こった不思議な出来事を包み隠さず共有した。
すーちゃんの羽に救われた事も『期待してるわよ』と謎の金髪少女に言われた事もだ。
あれ以来不思議な事は起きてないし、メノウの身に危険があったという事もない。
強いて言えば上司がここ最近ずっと不機嫌で大変だということくらいか。
「待たせちまってすまないな」
「いいよ、ヒスイが無事で良かった」
「すーちゃんも守ってくれてありがとな」
「ふふん! もっとほめて!!」
「よしよしありがとねー」
ヒスイの膝の上ですーちゃんが誇らしげに胸を張る。
ヒスイがこちらへログインできなかった数日の間に、すーちゃんはずいぶんと大きくなった。
このままの成長ペースなら、半年もすれば人並みの大きさになるだろう。
「再会を祝うところすまぬが……本題に入ってもよいかの?」
「ああ、そうだったね」
ほのぼのムードの一行に、アイリスが申し訳なさそうに口を挟む。
現在、4体の神獣全てが既にこの場に集まっている。
ただしその内2体はまだ神獣としては未熟であり、またもう2体は死亡して魂と肉体の情報を保護する『珠』の状態である。
特に『青龍』は、珠の状態でもこのままではいつ消滅してしまってもおかしくないほどに弱ってしまっている。救うには龍神アイリスの復活が不可欠である。
この状態でもアイリスの分けた龍脈を取り出す事はできるが、それを保管できる〝器〟が存在しない。
今のアイリスは精神のみの存在であり、分けた龍脈の力を宿せるほど器の強度が伴っていない。
つまりは最後の仕上げとして、『器』――すなわちアイリスの肉体を取り戻す必用があるのだ。
「その妾の肉体の場所なんじゃが――」
*
出発は四日後だ。
今回は場所が場所なだけに、しっかりとした下準備が必用だ。
……が、いつ消えてしまってもおかしくはない青龍がいる手前、なるべく早急にアイリスの肉体を取り返しに向かう必用があったのだ。
街で食糧を買い込み、オーダーメイドで衣服を用意し、必要になるであろう道具を揃える。
ヒスイが地球でネットで調べた知識も合わせて、準備は着々と進んでゆく。
「ママだいちゅき!!」
「ママもすーちゃんのことだーいすきだよー?」
「ちゅぴー♪」
すーちゃんとイチャイチャ楽しそうなヒスイは、もうすっかりママが板についてきている。
ぴよぴよヒスイにじゃれついては、胸に顔を埋め魔力を吸ってゆく。
完全に二人だけの世界が出来上がっていた。
一方、ジンとメノウは当日は留守番が決まっている。
アイビーと青龍の護衛である。
またヴォルヴァドスがプレイヤーを送り込んでくる可能性もあるため、念のためだ。
「ジンくぅん、ちょっとたくましくなったかなぁ? こことかこことか?」
「メノウお姉ちゃんっ、くすぐったい……」
ジンの服の中に手を突っ込んで腹筋をもみもみするメノウ。
この二人も、手持ちぶさたになればすぐまたいちゃつくので、屋敷へ分身で様子を見に来たアイリスはもううんざりといった様子である。
「お姉さまー!」
そしてこの白いモフモフも、家事の合間に時間ができればいつも通り大好きなコハクにじゃれついている。
「よしよしカリニャン」
「えへへ~♡」
倍以上もの体格差をものともせず、この二人も二人だけの世界を作り出していた。
『ここにいるだけでコーヒーが甘ったるくなりそうじゃのう……』
この惨状に呆れつつも、どこか羨ましそうなアイリスなのであった。
*
その日の夜。
カリニャンの体に合わせた特大サイズのベッドの上で、コハクとカリニャンはいつも通り抱きしめ合いながら眠りにつく。
「今更だけど、ありがとうね。
カリニャンがあのプレイヤーの相手をしてくれたおかげで、ジンくんもアイビーちゃんも救えた」
「それこそわたしもです。お姉さまがいなかったら二人とも助からなかったんですから」
大きくて白いふわふわの手のひらと、小さな紅葉のような手のひらが重なりあう。
コハクの小さな手はカリニャンの桃色の肉球に沈み込み、やがては全身を抱き寄せられ露出したふあふあの中へと包み込まれてゆく。
「ねえ、お姉さま」
「なんだいカリニャン?」
「ふふっ、お姉さま」
「ふふ、カリニャン」
大きな体も白いふわふわも、どこか抜けたところも、少し不器用なところも。
不安になるほどの小さく細い体も、物静かなところも、ちょっぴり怠惰なところも。
その気持ちは、もはや言葉を交わさずとも伝わり合う関係となっていた。
「お姉さまってやっぱり、小さくてかわいいですね」
「そ、そうかなぁ? カリニャンだって大きくて頼もしくも可愛いよ?」
「お姉さまったらふふふ、そんな可愛い顔してたら食べちゃいますよ?」
ぺろっとコハクの頬を一舐めして小悪魔的に微笑むカリニャン。
「か、カリニャンにだったら僕食べられても……」
――二人はやがて、とても長い長い一生を添い遂げることとなる。
互いに足りないものを求め合う、いわば依存的な関係。健全とは言い難くも、何人たりとも引き裂けぬ強い絆がそこにはある。
だが今はまだ、互いに1度も抱いたり抱かれたりしたことはない。
「っ……! お、おやすみカリニャン!!」
自分の発言に思わず紅潮し、必死に誤魔化そうとするコハク。
――もし一線を越えてしまったら、この関係が変わってしまう。
きっとそれは悪いことではないけれど、共にその先へ行くのはまだ怖い。
だから今は、互いの匂いや体温や鼓動を感じ合うところで留まっていた。
でもいつか――
二人が一線を越えるのは、もう少し先のこと。
(お母さん、お父さん……みんな。わたし、幸せです)
今は亡き愛しき人たちに、カリニャンは祈る。
みんなの分まで幸せになること。きっとそれがカリニャンに課せられた使命なのだろう。
それと同時に、仇たるプレイヤーを討ち取る事も決して忘れたことはない。
たとえ死した者たちが望んでいないとしても。
――絶対に、ランリバーを殺し後悔させてみせる。
カリニャンの黒い決意は、コハクでさえ変えることはできなだろう。
もっとも、そのコハクはカリニャンの復讐を応援する側であるが。
今日も二人は共に夢の中へと堕ちてゆく。
また明日会えると信じて疑わないからこそ、安心して眠れるのであった。
――あと1回。
――キミがそれを一体何に使うのか。
――何を選んだとしても、私はキミを尊重するよ。
幸せそうな二人を、無明の闇は優しく見守っていた。




